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第59話 時間稼ぎ

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モロモフ号の甲板の上。

 ディミトリはアオイの言った『取引に使うお金』に魅入られていた。

「いやいやいやいやいや、駄目だ」

 ディミトリが首を振りながら否定した。
 確かにここで多額の現金を手に入れるのは魅力的だ。だが、アオイを守りながら戦闘するのは、余りにも分が悪すぎる。
 確実に金になる戦闘しかディミトリはやらない。

(やっぱり駄目か……)

 アオイとしては、船底に閉じ込められている子供を助ける事で、贖罪を果たしたかったのかも知れない。
 だが、肝心の少年が腰が引けている以上は諦めるしか無いかと思った。

「じゃあ、私はゴムボートで待っていれば良いのね?」
「いや、近くにアカリさんが待っているから、彼女と合流していて欲しい……」
「え? アカリが居るの?」
「ああ、どうやって君が居る船に辿り着いたと思ってるの」
「あっ、そうか」
「この携帯で連絡を取って待っていて欲しい。 あの桟橋を回り込めば陸に上がれる階段が有るから……」
「うん、分かった……」

 アオイは縄梯子をそろそろと降り始めた。ディミトリは上から降りていくアオイを見ている。

キンッ

 船の手すりを金属製の何かが掠める音がした。間違いなく銃弾だ。

(銃撃!)

 ディミトリは咄嗟に撃ち返した。発射音は聞こえなかった。恐らく見張りに見つかってしまったのだろう。

「見つかった!」
「え、え、ええ……」

 アオイはまだ縄梯子の半ば辺りだ。降り終わるのにまだ少し時間がかかる。
 ディミトリは姿が見えない敵に銃弾を送り込んだ。
 命中させることが目的では無い。アオイがゴムボートに乗るまでの時間稼ぎのためだ。

(敵もサプレッサーを使っているのか……)

 その時、埠頭に灯りが倒れていく男を映し出した。紛れ当たりを引いたようだ。

(俺も使ってるぐらいだから当然だわな)

 ディミトリは男に近寄っていく。死んだかどうかを確かめるためだ。

(角度から考えると船の壁で跳弾したのが当たったのか……)

 傍によると男は首から血を流して死んでいる。当たった場所から考えると跳弾であろうと思われたのだ。
 ディミトリは男の銃と予備の弾倉を取り上げて眺めた。

(トカレフか……)

 無いよりはマシかと懐にしまった時に、海の方からアオイの悲鳴が聞こえた。

「きゃあっ!」

 ディミトリが慌てて駆けつけると、上のデッキからゴムボートに向かって銃を撃っている奴がいた。
 ゴムボートの周りに小さな水柱が立っていた。アオイは頭を抱えてうずくまっていた。

 銃を撃つ男は彼女以外に目に入らないのか、身を乗り出して銃を撃っていた。
 ディミトリは男を二発の銃弾で仕留めた。彼はバランスを崩して海に落下していった。

『!!!!!』

 すると落水音に反応したのか、船の廊下奥から怒鳴り声が聞こえ始めた。
 ディミトリは拙い状況になりつつあるのを感じていた。

「先に行って!」

 ゴムボートに乗り込んでいるアオイに声を掛けた。今から梯子を降りても連中の的になるだけと判断したらしい。
 だから、アオイを先に逃がすことに決めたのだ。

 懐から銃を取り出し、船内からの出口に向けて銃を構えた。最初に飛び出してくる何人かを仕留めるつもりなのだ。
 アオイが逃げる時間を稼いで、自分は海に飛び込んで逃げようとするつもりらしい。

(出てきた……)

 銃撃戦となったら、物を言うのは弾幕だ。サブマシンガンを持っていない以上は両手に持った拳銃で戦うしか無い。
 先頭の一人は拳銃を持っているのが見えた。

(はいはい、チャイカの仲間なのは決定……)

 ひょっとしたら無関係な船員もいるかもしれないと思っていたが安心して殺せそうだ。
 ディミトリは満面の笑みを浮かべて両手の拳銃から弾丸を送り込んでやった。

 気分良く撃っていると頬を何かが掠めた。銃弾だ。後ろにも回り込まれてしまったのだ。
 ディミトリは右手は出口、左手ではデッキの後方を撃ち出した。

 やがて、左手に持ったトカレフの銃弾が尽きた。マガジンを交換している空きは無い。ディミトリは迷うこと無く銃を捨てた。
 そして、右手の銃を懐にしまうと、下のデッキに移ろうとして飛び降りたのだ。

「うわっと!」

 ところが、デッキの下のデッキの手すりを掴みそこねて更に落下してしまった。

「おっと……」

 舷窓の枠に捕まる事に成功した。そして、腰にぶら下げておいた吸盤を張り付けた。
 指先だけで窓枠に捕まるより楽なのだ。
 そのまま海の中に逃げても良かったが、自分が泳ぐ速度より陸上を移動される方が早いに決まっている。

(もう少し時間を稼ぐ……)

 ディミトリは窓に向かって銃を撃った。しかし、期待したような割れ方をしなかった。
 窓ガラスを銃で撃つが穴が空くだけだった。荒れ狂う波風に耐えることが出来るようにガラスが頑丈なのだ。

「くそっ、なんて頑丈に出来てやがるんだ!」

 穴の開いた窓を蹴飛ばしながら怒鳴った。
 ディミトリは窓の鍵があると思われる部分に、銃弾を集中して浴びせ腕が入る隙間を作り出した。

 その間にも、ビシッビシッと銃弾が降り注ぐ音が通り過ぎていく。停泊しているとはいえ、波による揺れは多少はある。
 彼らでは薄暗い背景に溶け込むような衣装のディミトリを撃ち取れないようだった。

(よしっ! 開いた)

 窓の鍵を開けて室内に潜入するのに成功した。

(小柄な身体が役に立ったぜ……)

 室内に降り立ったディミトリは立ち上がって見渡した。上下二段のベッドが並んでいる。船員用の寝室のようだ。
 すると、一つのベッドで誰かが起き上がって来た。

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