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第39話 聴きなれた言葉

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再び廃工場。

 工場に到着したディミトリはアカリに頼んでビデオカメラを回収して貰った。レーザーポインターも同様だ。
 その間にディミトリは自分の出血の跡を始末していた。腹を撃たれた際にかなりの出血をしていたのだ。
 床の血溜まりを綺麗に拭い、その後には漂白剤を撒いておいた。DNA情報を破壊する為だ。
 なるべく自分の痕跡は消しておきたかったのだ。

 それから短髪男の胸ポケットにスマートフォンを入れておいた。もちろん、通話状態のままだ。

(二度と使わないんだから、電話料金は気にしないだろ?)

 そんなディミトリの様子をアカリは不思議そうに見ていた。彼女はディミトリが自宅に帰るものと考えていたのだ。

(何だか、警察の人みたいな気がする……)

 もちろん、違うがテキパキと作業をこなすディミトリを見てそう思ったらしい。
 後始末を終えた二人は、廃工場のシャッター側が見える地点まで移動した。
 きっと、来るであろう短髪男の『飼い主』を観察するためだ。

「すまないが今夜は付き合ってくれ……」
「え?」

 アカリは身構えた。それはそうだろう。相手が中学生の坊やとはいえ男の子だ。
 女の身としては警戒するのは当然だ。

「ああ、変な意味じゃない…… この傷だから激しい運動は出来ないから安心して……」
「……」
「あの工場を見張る必要が有るんだよ……」
「……」

 ディミトリはそう言って工場の方を見つめていた。
 アカリはディミトリにつられて工場を見た。電気は点いていないので暗闇に包まれている。

 夜遅くにになってディミトリは祖母に電話を入れた。勉強が捗らないので大串の家に泊まり込むと嘘を付いた。
 こうしないと心配した彼女が捜索願を出しかねないからだ。

 やがて時刻は日付を跨ごうとする時間になった。

「見込み違いだったか……」

 ポツリと漏らした。ディミトリが気にしたのは短髪男が口にした『お宝のありかを言え』だった。
 これは『若森忠恭』では無く、『ディミトリ・ゴヴァノフ』としての正体を知っているのではないかと考えたのだ。

 だが、時間が立つに連れ杞憂だったのではないかと思い始めていた。何も変化が無いのだ。
 このまま朝まで誰もやって来なかったら、中にある遺体の始末する方法を考えねばならなかった。

 ところが深夜一時を少し回った頃に、一台の車が到着した。車は暫く停車していたかと思うと、四人ほどの男が降りてきた。
 そして、車から降りた男たちはシャッター横の入り口から中に入っていった。

 ディミトリの読みは当たったようだ。短髪男の関係者なのだろう。
 一人だけ大柄な男が居ることに気が付いた。だが、暗くて良く見えなかった。

 ディミトリはスマートフォンに繋げたイヤホンに集中しはじめた。
 男たちの足音も含めて音は明瞭に聞こえる。

「くそったれ」
「全員、殺られているじゃねぇかっ!」
「随分と手慣れているな奴だな……」

 どうやら、四人の遺体を見つけたらしい。口々に罵っていた。

「何で消毒液の匂いがするんだ?」
「消毒液じゃねぇよ漂白剤の匂いだ。 血液に含まれているDNAを壊す為に撒くんだそうだ」
「日本人はやらなぇよ。 主に外人たちが好んで使う方法だ」

「本当にアンタの言っていた小僧が殺ったのか?」
「――――――――――――――――――?」

 英語らしいが発音が酷くて聞き取れなかった。一般的に日本人は英語の発音が得意では無い。
 中学・高校と六年も教育を受けるのに喋るのも聞くのも下手なのだ。机上の空論でしか物事考えない連中の弊害であろう。

(ん? あの大柄な奴は外人だったのか?)

 ディミトリが訝しんでいると外人の男が何かを喋った。コイツも英語の発音が酷かった。

「――――――!」
「その通りだ…… と、言ってます」
「―――――――!」
「次は自分の言う通りにしてくれと…… と、言ってます」
「ああ、そうするよ」
「俺たちでは手が出せねぇ相手みたいだな…… 若森って小僧は……」
「出来ればアンタの部下を使ってくれ」
「――――――――――――――!」
「―――――――!」

 英語で何かやり取りしているが聞き取れない。どうやら外人の部下の取り扱いで揉めているらしかった。

 シャッター横の出入り口から一人の男が出てきた。日本人ではない。
 そして、手にはスマートフォンを握っている。それはディミトリが短髪男の胸ポケットに入れた物だ。
 きっと、自分の部下とやらと連絡を取るのだろう。

『やっぱりアイツじゃねぇのか?』

 白人と思われる男は独り言を言っていた。それもディミトリには懐かしいロシア語だった。
 すると車が一台通りがかった。車のライトが外人の顔を照らし出した。

「!」

 彼を見たディミトリは言葉に詰まってしまった。それほど驚愕したのだ。
 ディミトリは彼を知っていた。

(チャイカじゃねぇか……)

 短い言葉だったが、その聞き慣れた独特の発音は、懐かしい戦友のものだったのだ。

(久し振りだな……)

 チャイカが捕虜になった時の救出作戦で知り合った。彼は舌の先をハサミで切られている最中だったのだ。
 ディミトリは寝ずに看病し弱気になっている彼を励まし続けた。
 その後は同じ戦場で何度も助け合い、共通の戦友の死に涙したものだ。

(そう言えば……)

 ディミトリは瞬きを忘れたかのようにチャイカをジッと見つめている。

(あの爆発現場に、何故かお前は居なかったな……)

 工場が爆破される寸前。隊のメンバーは全員居たのに彼だけは居なかったのだ。
 本来なら窓から外側を警戒しているはずだった。爆炎に包まれながら見た最後の光景に彼の姿は無かった。

『何故なんだ? チャイカ……』

 ディミトリはチャイカを単眼鏡で観察しながらロシア語で呟いていた。

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