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第38話 懺悔する値打ち

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アオイのアパート。

 ディミトリは手術が終わったので帰宅しようとしていた。麻酔が効いているのか痛みはさほど無い。
 それでも身体が重いと感じていた。

(ああ、しまった…… 帰りの足が無いや……)

 ディミトリは自転車を大串の家に置いてきてしまったのを思い出したのだ。
 流石に、大串の家まで徒歩で行って、自転車を漕いで帰るのは嫌だった。

「なあ、別に金を弾むから車で送ってくれないか?」

 ディミトリがアオイに頼み込んだ。アオイが了解したとばかりに鞄から車の鍵を取り出した。
 すると台所からアカリが顔を覗かせた。

「それなら私がやるからお姉ちゃんは休んでてよ」

 なんとアカリが運転を申し出てくれた。きっと、台所でアオイの話を聞いていたのであろう。
 彼女なりに気を使っているのだ。

「じゃあ、お願いするわ…… 私は消毒とかしなきゃならないから……」
「うん……」

 アカリは自動車のキーを受け取り、ディミトリを載せて車を走らせた。車はディミトリの言った場所を目指して走っている。
 目的地は廃工場だ。 

(さて、家に帰る前にやることをやっておかないと……)

 車の助手席に座りながら、ディミトリはスマートフォンを操作していた。廃工場で始末した男たちが持っていたスマートフォンだ。
 一台は田口兄の車で盗聴するのに使ったので残りは三台。その三台に位置情報通知アプリを仕込むのだ。

(アイツラの話だけだと俺のバックボーンは知らないみたいだな……)

 大串たちの話を盗聴した限りでは、彼らは『若森忠恭』が謎の組織と揉めているのを知らないでいた。
 最初は大串たちがディミトリを叩くために人に頼んだのかと思っていた。だが、短髪男が口にした台詞が気になっているのだ。

(気になるのは短髪男が言っていたお宝が何を意味するかだな……)

 銃で撃たれたとは言え、短髪男を始末したのは早計だったかと後悔した。短髪男の背後関係を調べるべきだったのだ。
 しかし、始末してしまったのはしょうがない。今は出来ることを実行しようと考えていた。

(俺の考えが合っていれば、連中の安否を確かめに来るはずだ……)

 ディミトリは短髪男が何かを吹き込まれて、乗り出してきた可能性を考えていたのだ。
 その為にも、連中が行動する前に、もう一度廃工場に行く必要が有った。

(ビデオカメラを回収しないとな……)

 動画はレーザーポインターで見えなくなっていても、音声は有効なままのはずだ。カメラを仕掛けてた連中は回収に来るだろう。
 そこで死体を発見すれば一緒に回収するはずだとディミトリは予測している。
 スマートフォンを死体のポケットに入れて短髪男の『飼い主』を炙りだそうと考えていた。


 ディミトリが今後の予定をアレコレ考えていると、運転していたアカリが話し掛けて来た。

「姉の事を警察に言わないでくれてありがとうございます……」
「ああ? 俺には事故のことについては興味が無いだけだよ」

 ディミトリはぶっきら棒に答える。本当に興味が無かったのだ。
 病院の駐車場でアオイの車を見かけなかったら思い出しもしなかっただろう。

「姉を責めないでください……」
「責めてなどいないよ……」

 でも、利用はしている。これからも『大い』に役立ってもらおうと考えても居る。

「この傷を見て分かる通り、人の事をアレコレ言えるまともな人生を送ってなどいないからね」

 そう言ってディミトリは自分の腹をなでていた。麻酔の効果が薄れてきたのか、痛みが出てきたようだ。

「今日以外にも、人を殺した事が有るんですか?」
「ああ……」
「何人くらい?」
「アンタは今ままで生きて来て、食った飯の数を数えたことが有るのか?」
「……」

 ディミトリはアカリの質問のくだらなさに辟易した。人は善人であろうとするのは良いが、押し付けてくる奴は大嫌いだったのだ。
 傭兵の時にフリージャーナリストとやらのインタビューを受けたが、『人権』だの『罪悪』だの言い出したので叩き出したことがある。そんな物は、空調の効いていて弾丸が飛んでこない、安全な部屋に籠もっている奴が考えることだ。自分ではない。

「貴方は神様に許しを請うたりしないの?」
「ははは、俺の懺悔に値打ちなんか無いよ」

 そう言ってディミトリは再び笑いながら言った。これは本音だった。
 彼が人を殺めて来たのは戦場だ。お互いに死ぬ事が仕事なのだ。双方に納得尽くで戦うのであれば誰かに許してもらう必要など無い。それがディミトリの考えだった。

「一度でも人を殺した人間は、自分で自分を許せなくなるもんさ」

 神様へ許しを求めても鼻先で笑われるのが関の山だ。

「出口のない迷路の中で同じところをグルグル廻る事になる」
「……」
「お姉ちゃんが人を殺したのは彼女が選んだ事だ。 切っ掛けが君に有ったとしても、それを選択したのは彼女だ」
「……」
「その事を悔やむ必要はどこにも無い」
「じゃあ、私はどうすれば良いの?」
「自分が幸せになる事だけを考えれば良いんじゃないかな?」

 自分の生き方を決めるのは自分だけだとディミトリは思っている。そこに肉親であろうと付け入る隙間は無いのだ。

「それだと姉に申し訳なくて……」
「君たち姉妹は、お互いの許しを得ようとしているだけさ」

 何に対して申し訳ないとアカリが思っているのかは知らない。だが、二人はお互いの傷を撫でているだけなのだとディミトリは思った。それでは、いつまで立っても解決などしない。

「……」
「お姉ちゃんが自分を許せるかどうかは彼女にしかわからんよ」

 それはディミトリも一緒だ。もっともディミトリの場合は自分を許す事など無いだろうと思っている。
 彼の心の底にあるのは愛情を向けてくれなかった親への増悪だけだ。

「君たちはお互いに依存し過ぎている。 離れて暮らすことを勧めるね……」
「そう……」

 ディミトリが言うと、何か思う所があるのか彼女は黙ってしまった。

「そうね……」

 彼女は再び呟くと黙りこくってしまった。無言の二人を載せた車は廃工場へと向かっていった。


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