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第36話 車中の密談

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田口兄の車の中。

 ディミトリを友月橋で降ろしてからも、車内は沈黙のままだった。最初に口を開いたのは散々どつかれた田口兄だった。

「アイツ…… 本当に中学生かよ……」

 田口の兄は愚痴を言い始めた。全員の前で銃でボコボコにされたり、自分のうっかりミスを指摘されたり散々だった。
 何よりも中学生に間抜け呼ばわりされたことでプライドを傷つけられたのだ。

「ああ、同級生だ……」

 大串が答える。最も、あそこまで凶悪だとは思っていなかったようだ。

「あの人。 ヤクザたち相手に問答無用で引き金引いてたわ……」
「え?」
「命乞いする相手にもよ……」

 大串の彼女は自分を肩を抱えて身震いしていた。彼女は目の前でディミトリが売人たちを射殺している様子を目の当たりにしていたのだ。
 怯えない方がおかしい。

「警察に言ったらおふくろを殺るって本当かな?」

 田口弟が話しだした。他人に粗暴な振る舞いを平気でするが、自分に悪意を向けられるのは慣れていないらしい。
 分かりやすく言うと『ビビって居る』のだ。

「全員で引っ越してから警察に通報するとか……」

 田口兄が言い出した。彼はディミトリのヤバさがまだピンと来ていないようだ。
 何しろ実際に会ったのは今日が最初だ。見た目は大人し目の中学生といった風貌に騙されているのだ。

「そんな事をしたら、確実に殺りに来るでしょうね……」

 大串の彼女が言い返した。彼女はディミトリの恐ろしさを理解しているつもりだ。それは相手を殺すことに躊躇しない点だ。

「みんなは、あの男が無表情で相手を殺しているのを見てないから呑気な事が言えるのよ」

 大串の彼女が話し出す。彼女はディミトリが相手に情けなど掛けない種類の人間であるのを確信しているのだ。

「人間相手に銃の引き金を引くのは、根性がいると聞いたことがあるけど……」

 大串がネットで仕入れた知識を語りだした。古今東西、大量殺人鬼だろうと、人間相手に引き金を引くのは勇気が居るものだ。
 兵隊はそれを克服するための訓練を嫌というほどやらされる。そうしないと自分が引き金を引かれる立ち場になるからだ。
 最も、どういう風に根性が居るのかは、大串も知らなかった。

「アイツ、絶対に他にも人を殺してるわ……」

 大串の彼女はディミトリが四人を撃っている様子を話し始めた。最初に短髪男の腹を撃って、その影に隠れながら他の三人の腹を次々と撃っていったのだ。
 相手に近かったというのも在るが、反動も激しい拳銃で相手に命中させるのはかなり難しい。
 それを難なく熟しているので経験があるに違いないというのが彼女の主張だった。そして、他の三人はきっとそうなんだろうと考えていた。

 ディミトリが腹を撃つのは的が大きいからだった。慣れていない奴は、相手の頭を狙ってしまう。それでは命中が難しくなってしまうものだ。
 これは初年兵の訓練でやらされる事だ。腹を撃って動きを止めてから、頭を撃って確実に相手を殺る。そうしないと、次の瞬間に自分が撃たれる方に回ってしまうのだと教官に教わっていたのだ。

 もっとも、彼女はディミトリの事など詳しくは知らない。他にも殺っていると言い当てたのは女の勘であろう。

「……」
「……」
「アイツ…… ヤバクね?」

 関わると火傷で済まない相手なのだと、四人とも考えを新たにしたようだ。

「だから…… 関わったら危ない奴だって言ったじゃないか」

 田口弟が抗議していた。彼はディミトリに関わるのは嫌だと言っていたのだった。

「危ない処の話じゃねぇな……」

 田口兄と短髪男の舎弟は知り合いだった。その舎弟が売人と繋がりが有った。
 売人の後輩がやられた話を、田口兄が酒の席で聞いたらしかった。

「あの大崎の兄貴があっさりと殺られてしまうとはなあ……」

 大崎の兄貴とは短髪男の事だ。暴力団に所属はしてないが、喧嘩上等の半グレのメンバーだったらしい。
 弟からディミトリが喧嘩が強いというのは聞いていた。だが、強いとかそう言うレベルの話では無かったのだ。

 田口兄は聞いた話を何となく弟にしたのだ。日常会話の延長のような感じでだ。
 すると、ひょっとしたらクラスメートの奴かもしれないと田口弟が言ったのだ。ディミトリが病院に通院しているのは誰もが知っている事だ。時々、午後から登校しているのだ。

 そこで、自分の携帯にあったディミトリの画像を、田口兄が舎弟宛に送ると当人だと判明したのだった。
 その画像は田口弟が大串たちと一緒に写した時に、ディミトリが偶然通りがかっていた奴だ。横顔だけだったが、眼付が一緒なので分かったそうだ。

 それからは話が早かった。ディミトリを罠に嵌める案を田口兄が考えて、短髪男が計画を実行する事になったのだ。
 大串としても生意気な転校生をギャフンと言わせたかった。彼はディミトリが自分を無視するのが気に入らなかったらしい。
 だから、自分の彼女に協力を頼んだのだ。

「死んだ連中と知り合いだなんてバレたら拙いな……」
「黙っててよ……」
「ああ……」
「……」

 田口の兄はため息をついてしまった。彼が黙るのと他の三人が黙るのは同時だった。
 今、命が無事なのは彼の気まぐれに違いないと、彼らは四人は確信したのだ。

 助手席のシートの背もたれには、後部座席用にポケットが付いている。
 その中に通話状態になったスマートフォンが、入っている事を四人は知る由もなかった。


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