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第11話 不審車

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ランニングの最中。

 最近は身体が馴れてきたのか、十キロ程度のランニングならこなせるようになっていた。
 体力が付き始めているのだ。筋肉強化も合わせてやっているのですこぶる体の調子は良い。
 習い始めた柔道もどんどん勘を取り戻していく。師範から経験があるのかと尋ねられたぐらいだ。

(鍛えがいがありそうだな……)

 スポンジが水を吸い込むように力を蓄えていく、この若い身体がディミトリは嬉しくなっていた。
 ディミトリだった時には二日酔いの頭を醒ますのに苦労したものだ。だが、アルコールを摂取する習慣が無いタダヤスには二日酔いは無縁だった。

(酒に頼らない睡眠とは、随分と快適なものだったんだな……)

 今更な事を考えながら不健康な生活をしていたものだと一人反省していた。
 事実、夜中に作戦行動がない時には、アルコールが汗になって滲み出るのではないかというぐらい呑みまくっていたのだ。

(元の身体に戻っても続けるべきだな)

 そんな事を考えながらシャワーを浴び終えると、学校に行くために着替えた。

(さて、元の身体に戻る手段を考えないとな……)

 勿論、体力作りの他に詐欺グループへの襲撃計画を考えるのも怠っていない。

(やはりスマートフォンを改造して盗聴器を作成するか……)

 外部から操作するので液晶表示は必要ない。そうすればかなり小型化出来るはずだ。電源は二十四時間持てば良いだろう。
 カメラ機能も有効にしておけば不明の面子を解明するのも重要な項目だ。
 後は腕時計型のカメラだ。これならすれ違いざまに撮影が出来るはずだ。
 それとスリングショット。相手を倒す事は出来ないが足止めぐらいには使える。音が小さいのも良い。
 こういった小道具を作成しておく必要を感じていたのだ。

 小道具を調達するのには元手が必要だ。
 そこで祖母に小遣いを頼んでみた。すると、お年玉通帳という謎の銀行口座を教えられた。
 そこには十万に満たない金額が入っているのだそうだ。

 この国には年の初めにお小遣いを渡す謎の風習があるらしい。しかも、本人が使えるのでは無く、母親が銀行に預けてしまうという行事だ。中には母親に没収されてしまうという、理不尽な目に遭う奴もいるらしい。

(意味がわからん……)

 それでも、自分の自由に出来る金が有るのは有り難い。有効に活用させて貰う事にした。
 格安SIMカードと中古のスマートフォンで監視システムを作成しようと考えているのだ。

 小道具の作成にさほど時間がかからなかった。ディミトリは時計職人になりたかったので手先は器用なのだ。
 結局、兵隊になってしまったが、何か物を作る作業は好きなのだ。

(落ち着いたら古民家を買って、自力でリフォームするのも良いな……)

 スリングショットは市販の物では無く自作した。市販のものは嵩張るしゴムの張力が弱いので役に立たないのだ。
 丸い鉄輪に十字形にゴムをかける。こうするとゴムが上下にブレなくて軌道が安定するのだ。
 しかも、コンパクトに折り畳めるようにした。これならポケットに入れて携帯出来る。球は潰れたパチンコ屋で調達した。


 ある日、夕方に詐欺グループのアジトを見張りに行った。見張りと言ってもアジトが移転していないか確かめるためだ。
 外からチラリと見た印象では、移転はしていないようだ。カーテンというか白い紙のような物が張られたままだ。

(今日も変化無し…… と……)

 監視カメラを回収して新しいのを設置しようとしていた。

「ん?」

 ディミトリは一台の車に気がついた。真っ黒な塗装のレクサスだ。

(前にも見た記憶があるぞ……)

 レクサスは高級車だということはネットで見て知っている。特徴的なフォルムをしていたので覚えていたのだ。
 ディミトリはハンビー(米軍の兵員輸送車両)のようなゴツゴツとした武骨な車が好きだった。
 高級車はお高く止まっている印象が好きになれない。

(……)

 何処で見たのかを思い出そうとしていた。
 基本的に家の周りをランニングするか、柔道場に通う為に街なかに自転車で出かけるぐらいだ。
 後は、大型スーパーだろうかと考えていたら、何処で見かけたかを思い出した。

(そうか、ランニングの時に道端に停まっていた事があったな……)

 高そうな車という印象だけだったので、その時には大して気に留めていなかった。
 もちろん、中に誰が乗っているのかは覚えていない。

(見張りかな……)

 中には男が二人乗っているようだ。
 以前に監視カメラを仕掛けた時には居なかったはずだ。見かけていれば今回と同じで気がつくはずだ。

(ひょっとして俺が対象なのか?)

 監視カメラには触れずに素通りした。彼らの意図も素性も分からないからだ。
 わざわざ、此方の手の内を知らせる必要は無いと考えたのだ。

 まず、監視をしている対象が何なのかを調べることにした。
 ディミトリは楽器店のショーウィンドウを見る振りをして観察してみる。

 この手の追いかけっこは少年時代に経験済みだ。二週間ぐらい見張られていたことがあるのだ。
 何の罪状なのかは不明だったが、思い当たることだらけだったので大人しくしていた。
 そして、何日かすると知り合いを見かける事が無くなった。きっと彼の『仕事』関連で疑いがかかったのだと思った。

(麻薬・売春・窃盗・強盗…… 何でもアリのヤバイ奴だったからな……)

 そんな事を考えながらディミトリがショーウィンドウに映る車を見ている。
 彼らの車はジッとして動かない。

(あの時に、俺を見張っていたのはマフィアの連中だったがコイツラは何だ?)

 眼付が悪いのは警察もマフィアも一緒だ。

(どっちも疑り深い性格のせいだけどな……)

 だが、決定的に違うのはマフィアの眼付は、死んだ魚が海に沈むかのように暗く淀んでいることだ。
 それは人を殺めたことの有る人間に共通しているものだ。
 きっと、自分も同じ目をしながら佇んでいるのだろうとディミトリは思っていた。

(あの目付きなら、間違いなく警察だろうな……)

 中の男たちはディミトリをジッと窺っている。相手を値踏みする感じの不愉快にさせる目つきだ。
 時折、手元を覗いているのはビデオカメラでも使っているのかも知れない。
 だが、詐欺グループアジトの監視の可能性もある。

(もう一つ試してみるか……)

 念の為に通りを一つ渡ってから角を曲がってみる。すると、車は同じ方向に走ってくる。
 そして、ランニングするディミトリの脇を走り抜けていく。そのまま少し行ってから角を曲がっていった。
 尾行する時のマニュアル通りだなとディミトリは思った。

(やっぱり監視されているのは俺? でも、なんでだ??)

 ディミトリは訳が分からずに戸惑いを覚えていた。
 『まだ』悪さはしていないつもりだ。
 詐欺グループの売上金を強奪する計画は誰にも話していない。まだ下準備の段階だ。

 だから、余計に分からなくなってしまった。
 ディミトリは一度引き上げて検討することにした。監視カメラの回収も後回しだ。

(それとも詐欺グループの仲間と疑われたかだな……)

 どちらにしろ見張りがいる以上は、慎重に事を運ぶ必要があるからだ。


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