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第 8話 渡る世間はクズばかり
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自宅。
ディミトリが早朝のランニングを終え帰宅すると居間で何やら話し声が聞こえてきた。
「?」
彼が居間を覗くと祖母が電話口に向かって話し込んでいた。
「まあ、敏行がご迷惑を……」
『敏行』というのはタダヤスの父親。相手は父親の元部下からのようだ。
ディミトリはシャワーを浴びるふりをしながら洗面所に向かい、そのまま廊下で会話を盗み聞きしていた。
「それで如何ほどお金を借りていたんでしょうか?」
何でも金を貸していたので返してほしいという内容のようだ。
(ん?)
ここで、不思議に思った。既に葬式も終わってから日にちが経っている点だ。
こういった借金というのは、四十九日が過ぎた辺りで整理するものだと聞いていたからだ。
タダヤスの場合は父親の家のローンなどを弁護士が処理したと聞いている。
(あの時の弁護士に任せればいいのに……)
その事を思い出し祖母に忠告しようかと考えた。
「はあ…… それぐらいの金額でしたら用立て出来ますが……」
どうやら、金額も数万円という少額のようだった。彼女は支払う気でいるようだ。
「はい。 住所は……」
祖母は電話の相手に住所を教えてしまっていた。
(あああ~……)
何とも無防備な人だ。タダヤスの父親の元部下という言葉を信じ込んでいるようだった。
相手は直接受け取りに来る様子だ。
(いやいや…… 本物かどうかの確認が取れてないだろう……)
そこでディミトリは祖母に尋ねてみた。
「ねえ、何となく聞いてたけど…… 父さんは本当に金を借りてたの?」
「あらあら、聞いてたのかい?」
「あれだけ大きい声なら聞こえてしまうよ」
「借用書もあるって言うからねぇ……」
世の中には、故人の死につけこみ、ありもしない借金をでっちあげて返済を求めて来る奴がいる。
今回も『少しでも貰えたら儲けもの』程度の考えで、平然と詐欺まがいの請求をしてくる輩が現れても不思議では無いのだ。
たとえ借用証書を目の前に突き出されたとしても、偽造された可能性を考えるものであろう。
だが、人の良いタダヤスの祖母は信じてしまっているようだ。
何でもタダヤスの父親の様子を細かく教えてくれたのだそうだ。
小一時間もたった頃、一人の男が訪ねてきた。名前は水野と名乗った。
「どうも、初めまして…… 水野と申します」
そう言ってから一枚の名刺を渡してきた。ナントカグローバルと書かれた胡散臭い会社名のものだ。
父親の元部下だが退職して違う会社に居るのだと言う若い男だった。
見た目は爽やかイケメン風を装っている。
「やあ、君がタダヤス君か! お父さんからよく話を聞かせてもらっていたよ!」
「はあ……」
もちろんディミトリに面識など無いし、タダヤスの記憶にも無いだろう。
なので、曖昧な返事しかできなかった。
「まず、御焼香をさせてください……」
「それはそれは丁寧に…… どうぞ、上がってください……」
祖母はそう言うと水野を仏間に案内した。仏間と言ってもそんなに沢山部屋がある訳では無い。
客間と一緒の部屋だ。そこに仏壇が据え付けてあった。
「………………」
水野は仏壇に長いこと手を合わせていた。仏教の祈りの作法らしい。
祖母はその傍で一緒に手を合わせていた。
祈りが終わったのか水野は祖母の方に向き直り、背広の内ポケットから紙を一枚取り出した。
「此方が借用書になります……」
出された紙はA4くらいの紙で金額と名前が入っていた。住所は前に住んでいた場所だ。
借用書の項目には出張代金の立替分と書かれていた。
だが、詳しい内容は書かれていない。パソコンで作られたものだろう。
「はい、息子の字です……」
祖母は長いこと名前を見つめていた。故人の母親がそういうのだから間違いは無いのだろう。
ディミトリには区別が付かなかった。元々知らなかったので無理もない。
だが、直筆であるとは言い切れないと考えていた。元の筆跡を読み込んで貼り付け編集が出来るからだ。
祖母は、暫く見つめた後に仏壇の引き出しから、現金の入った封筒を取り出し水野に渡した。
金額は予め聞いていた金額と心付けが入っているそうだ。
「はい、確かに受け取りました…… では、借用書はお返しいたします」
中身を確認した水野は、丁寧に頭を下げ借用書を祖母に渡した。
「あの…… 息子は他にも借金をしていたのでしょうか?」
祖母は気になるところを聞いてみた。何だか自分が知らない借金が在りそうだからだ。
実際、故人の隠れた借金が見つかることは良く在る話だ。
人間というのは自分の借金に負い目を感じてしまう。なので、人には中々相談しないものだ。
たとえ相談しても、素人ではどうにも成らない段階に成っていることが多い。もちろん、家族にもどうにも出来ない。
返済不可能な借金を抱えて自殺してしまうのもこういうタイプの人間だ。
だから、頭の良い貸主は遺族が遺産の相続を行った後で、借金の返済を遺族に求めるのだそうだ。
一度遺産相続をしてしまうと相続放棄が出来なくなるからだ。
他にも故人が連帯保証人になっているケースもある。保証人も相続対象になってしまうので注意が必要だ。
これの場合は更に悲惨で、借り主では無く連帯保証人に請求出来てしまうのだ。
何しろ遺産相続で金を確実に持っている。貸主としては確実に金を回収したいので持っている方に請求するものだ。
支払いの請求がなされた場合は返済しなければならない。借り主が返さなくても良い。それが連帯保証の怖さだ。
親兄弟といえども連帯保証人になるなと言われる所以である。
「ああ…… 詳しくは分からないのですが、エフナントカって取引で借金を作って大変だったみたいですよ?」
恐らく水野はFX取引の事を言いたかったに違いないとディミトリは思った。
FX取引は少額の見せ金で、何百倍もの金額を取引できる金融取引だ。
自分が掛けた方がプラスになれば儲かるが、そうでなければ金を根こそぎ持っていかれる。
一言で言えば丁半博打のようなものだ。掛け金は無限に大きく出来るので損失も莫大になる。
これで破産する奴の話を何度もネットで見かけた。素人が手を出せる物じゃない。
ちょっと考えれば分かりそうなものだが、何人も引っ掛かている。
「まあ、途中までは良かったみたいですけどね……」
封筒に入った現金をカバンにしまいながら水野は答えていた。だが、本当のところは誰にも分からない。
水野は軽く礼すると帰っていった。
しかし、帰り際に水野の口元がニヤついているのをディミトリは見逃さなかった。
(というか…… コレは典型的な葬式詐欺じゃねぇか?)
少額の借金返済で様子を見て、次に大きい金額を要求する手口と考えた。
『オレオレ詐欺』自体は最近の啓蒙活動のおかげでやり難くなっているらしい。
そこで、警戒心の強い相手に手の込んだ手法を編み出しているようなのだ。
(フフフッ…… どこの国でもクズってのは鼻が利くもんだな……)
本当ならここで祖母に注意をすべきだし、警察に相談しておくべきなのだ。
だが、ディミトリは直感で同類の匂いを嗅ぎつけた。それは金稼ぎ目的の荒っぽいものだった。
ディミトリが早朝のランニングを終え帰宅すると居間で何やら話し声が聞こえてきた。
「?」
彼が居間を覗くと祖母が電話口に向かって話し込んでいた。
「まあ、敏行がご迷惑を……」
『敏行』というのはタダヤスの父親。相手は父親の元部下からのようだ。
ディミトリはシャワーを浴びるふりをしながら洗面所に向かい、そのまま廊下で会話を盗み聞きしていた。
「それで如何ほどお金を借りていたんでしょうか?」
何でも金を貸していたので返してほしいという内容のようだ。
(ん?)
ここで、不思議に思った。既に葬式も終わってから日にちが経っている点だ。
こういった借金というのは、四十九日が過ぎた辺りで整理するものだと聞いていたからだ。
タダヤスの場合は父親の家のローンなどを弁護士が処理したと聞いている。
(あの時の弁護士に任せればいいのに……)
その事を思い出し祖母に忠告しようかと考えた。
「はあ…… それぐらいの金額でしたら用立て出来ますが……」
どうやら、金額も数万円という少額のようだった。彼女は支払う気でいるようだ。
「はい。 住所は……」
祖母は電話の相手に住所を教えてしまっていた。
(あああ~……)
何とも無防備な人だ。タダヤスの父親の元部下という言葉を信じ込んでいるようだった。
相手は直接受け取りに来る様子だ。
(いやいや…… 本物かどうかの確認が取れてないだろう……)
そこでディミトリは祖母に尋ねてみた。
「ねえ、何となく聞いてたけど…… 父さんは本当に金を借りてたの?」
「あらあら、聞いてたのかい?」
「あれだけ大きい声なら聞こえてしまうよ」
「借用書もあるって言うからねぇ……」
世の中には、故人の死につけこみ、ありもしない借金をでっちあげて返済を求めて来る奴がいる。
今回も『少しでも貰えたら儲けもの』程度の考えで、平然と詐欺まがいの請求をしてくる輩が現れても不思議では無いのだ。
たとえ借用証書を目の前に突き出されたとしても、偽造された可能性を考えるものであろう。
だが、人の良いタダヤスの祖母は信じてしまっているようだ。
何でもタダヤスの父親の様子を細かく教えてくれたのだそうだ。
小一時間もたった頃、一人の男が訪ねてきた。名前は水野と名乗った。
「どうも、初めまして…… 水野と申します」
そう言ってから一枚の名刺を渡してきた。ナントカグローバルと書かれた胡散臭い会社名のものだ。
父親の元部下だが退職して違う会社に居るのだと言う若い男だった。
見た目は爽やかイケメン風を装っている。
「やあ、君がタダヤス君か! お父さんからよく話を聞かせてもらっていたよ!」
「はあ……」
もちろんディミトリに面識など無いし、タダヤスの記憶にも無いだろう。
なので、曖昧な返事しかできなかった。
「まず、御焼香をさせてください……」
「それはそれは丁寧に…… どうぞ、上がってください……」
祖母はそう言うと水野を仏間に案内した。仏間と言ってもそんなに沢山部屋がある訳では無い。
客間と一緒の部屋だ。そこに仏壇が据え付けてあった。
「………………」
水野は仏壇に長いこと手を合わせていた。仏教の祈りの作法らしい。
祖母はその傍で一緒に手を合わせていた。
祈りが終わったのか水野は祖母の方に向き直り、背広の内ポケットから紙を一枚取り出した。
「此方が借用書になります……」
出された紙はA4くらいの紙で金額と名前が入っていた。住所は前に住んでいた場所だ。
借用書の項目には出張代金の立替分と書かれていた。
だが、詳しい内容は書かれていない。パソコンで作られたものだろう。
「はい、息子の字です……」
祖母は長いこと名前を見つめていた。故人の母親がそういうのだから間違いは無いのだろう。
ディミトリには区別が付かなかった。元々知らなかったので無理もない。
だが、直筆であるとは言い切れないと考えていた。元の筆跡を読み込んで貼り付け編集が出来るからだ。
祖母は、暫く見つめた後に仏壇の引き出しから、現金の入った封筒を取り出し水野に渡した。
金額は予め聞いていた金額と心付けが入っているそうだ。
「はい、確かに受け取りました…… では、借用書はお返しいたします」
中身を確認した水野は、丁寧に頭を下げ借用書を祖母に渡した。
「あの…… 息子は他にも借金をしていたのでしょうか?」
祖母は気になるところを聞いてみた。何だか自分が知らない借金が在りそうだからだ。
実際、故人の隠れた借金が見つかることは良く在る話だ。
人間というのは自分の借金に負い目を感じてしまう。なので、人には中々相談しないものだ。
たとえ相談しても、素人ではどうにも成らない段階に成っていることが多い。もちろん、家族にもどうにも出来ない。
返済不可能な借金を抱えて自殺してしまうのもこういうタイプの人間だ。
だから、頭の良い貸主は遺族が遺産の相続を行った後で、借金の返済を遺族に求めるのだそうだ。
一度遺産相続をしてしまうと相続放棄が出来なくなるからだ。
他にも故人が連帯保証人になっているケースもある。保証人も相続対象になってしまうので注意が必要だ。
これの場合は更に悲惨で、借り主では無く連帯保証人に請求出来てしまうのだ。
何しろ遺産相続で金を確実に持っている。貸主としては確実に金を回収したいので持っている方に請求するものだ。
支払いの請求がなされた場合は返済しなければならない。借り主が返さなくても良い。それが連帯保証の怖さだ。
親兄弟といえども連帯保証人になるなと言われる所以である。
「ああ…… 詳しくは分からないのですが、エフナントカって取引で借金を作って大変だったみたいですよ?」
恐らく水野はFX取引の事を言いたかったに違いないとディミトリは思った。
FX取引は少額の見せ金で、何百倍もの金額を取引できる金融取引だ。
自分が掛けた方がプラスになれば儲かるが、そうでなければ金を根こそぎ持っていかれる。
一言で言えば丁半博打のようなものだ。掛け金は無限に大きく出来るので損失も莫大になる。
これで破産する奴の話を何度もネットで見かけた。素人が手を出せる物じゃない。
ちょっと考えれば分かりそうなものだが、何人も引っ掛かている。
「まあ、途中までは良かったみたいですけどね……」
封筒に入った現金をカバンにしまいながら水野は答えていた。だが、本当のところは誰にも分からない。
水野は軽く礼すると帰っていった。
しかし、帰り際に水野の口元がニヤついているのをディミトリは見逃さなかった。
(というか…… コレは典型的な葬式詐欺じゃねぇか?)
少額の借金返済で様子を見て、次に大きい金額を要求する手口と考えた。
『オレオレ詐欺』自体は最近の啓蒙活動のおかげでやり難くなっているらしい。
そこで、警戒心の強い相手に手の込んだ手法を編み出しているようなのだ。
(フフフッ…… どこの国でもクズってのは鼻が利くもんだな……)
本当ならここで祖母に注意をすべきだし、警察に相談しておくべきなのだ。
だが、ディミトリは直感で同類の匂いを嗅ぎつけた。それは金稼ぎ目的の荒っぽいものだった。
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