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第 7話 眠れぬ夜の堂々巡り

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自室。

 ディミトリは早々と部屋の明かりを消してベッドの中にいた。遅くまで起きていると祖母が心配してしまうのだ。
 彼は祖母に心配掛けるのはイヤなのでベッドに入って寝たフリをしていた。意識は他人とはいえ、自分の祖母に何となく似ている彼女を嫌いになれないでいる。

(別に善人を気取るつもりは無いがな……)

 天井に張られたポスターを見ながらフフフッと笑った。

(恐らくはタダヤスの記憶が混じっているんだろうなあ……)

 ささやかだが他人を思いやるなどと考えたことが無いディミトリはそう考えた。

(まあ、只のクズ野郎であるのは変わらないがな……)

 そう考えて自分の手を見た。見慣れたゴツゴツとした兵士の手ではなく、スラリとした如何にも十代の少年の手だ。

(さて、これからどうしたもんだか……)

 取り敢えず自分の身体に還ることは決めている。そのための手段を講じなければならない。
 ディミトリが最後に覚えているのはシリアのダマスカス郊外の工場だ。まず、そこに行かなければ始まらないと考えていた。

(そのためには金がいるんだよな……)
(金が欲しいがどうやれば良いのかが分からん)

 仕事をしようにもタダヤスは義務教育が必要な年齢だ。雇ってくれる所など無い。

(銀行でも襲うか? いや、警備システムを探り出す手段も伝手も無いしな)
(現金輸送車…… 同じことか……)

 ディミトリはベッドの中で身体の向きをゴロゴロと変えながら考えていた。

(んーーーーーー……)
(そもそも武器を手に入れたいが手段が分からん……)

 ディミトリは考えがまとまらないでいた。自分の住んでいた街では、街のゴロツキを手懐ければチープな銃であれば手に入る。
 もう少し金回りが良ければ軍の正規銃ですら手に入ったものだ。
 ところが、この国では銀行にすら護身用の銃は無いときた。

(この国の人たちは、どうやって自分の身を守っているんだろう……)

 この国に住んでみて分かったのは、自分の身を護ってくれるのは他人だと信じ込んでいることだ。
 その為なのか護身用の武器などは表立って売られていない。マニアなどが利用する店などで護身用と称する玩具だけだ。


(そういえば…… 夜中に女の子が一人で歩いていたな……)

 眠れない夜中になんとなく星を見ている事がある。
 そんな時に、明らかに若い女性がトコトコと歩いているの見て驚愕したものだ。
 ディミトリが生まれ育った国で見かけた事が無い光景だ。兵士として傭兵として渡り歩いた様々な国でも見た事が無かった。
 もっとも、ディミトリが必要とされるのは、お世辞にも治安が良い国では無かったのも事実だ。

 しかし、それを差し引いても異様な光景には違いないと思った。

(防犯意識が低いか、或いは女の子を誘拐してどうこうする奴が少ないかだな……)

 警察組織がしっかりとしているので、治安は良いと思い込んでいるらしい。
 困ったことに治安と水は、外国でも同じだと勘違いしたまま行動する人が多いのだ。
 そして、犯罪に巻き込まれてしまう。犯罪に鈍感なのも罪なモノだとディミトリは考えた。

(でも…… その割には物騒な事件が多いみたいだけどな……)

 何日か前の新聞報道で、自殺志願者を次々と殺した男の話を報道していたのを思い出した。
 だが、報道はいつの間にか立ち消えた。

 次は街なかで包丁を持って歩行者を次々と刺殺した男の話も途中で立ち消えた。
 被害者なら氏名まで公表されるのに、この件では犯人の名前どころか年格好まで報道されなかった。
 恣意的な報道規制が働くのだ。

 この国の自称マスコミは、針小棒大で無責任な報道をするのをディミトリはまだ知らない。
 彼らはニュースが大きく取り上げられれば良いだけだ。なので、報道内容に質は求めていない。

 自分たちの発言に責任を持たないので、いい加減な仕事で構わないのだ。どうせ、国民もそんな事は求めていない。
 身の丈に合った『知る権利』で満足しているらしい。知りたくない情報は遮断してしまう事で足りているのだ。

(まあ、偉そうにふんぞり返っているのはロクデナシと決まっているがな)

 そう考えて、日本も自分が関わった国々と変わらず、クソッタレが牛耳っていることに安心した。
 悪事を働いても平気でいられるからだ。

(日本で銃を手に入れるにはどうすれば良いんだろうか……)

 ネットで色々と調べてみると、日本では銃などを普通の市民が購入することは出来ないのだそうだ。
 ディミトリは日本の裏社会には何もコネが無いのだ。これではどうにもならない。

(これがシリアやロシアなら軍上がりの武器屋から買えるんだがな……)

 だが、直ぐに考えを追い出した。無いものねだりしても仕方無いからだ。
 ある程度の金があれば密輸する手立てもあるが、非常に高額になるのは目に見えている。

(取り敢えずは自分で工夫して武器を仕立てるか……)

 手元にある材料で武器を作った事はある。
 戦闘地域にいると物流が当てにならないのだ。だから、手短な日用品で武器を作る訓練も受けたことがあった。
 訓練と言っても元スペツナズの隊員達から簡単なレクチャーを受けただけだ。

(後、訓練内容もどうにかしないと……)

 日頃の運動のおかげで基礎的な体力は付いたと思う。次は実践的な訓練メニューを熟したいと考えた。

(人目につかない空き家を利用するか……)

 朝晩のランニングで適当な家に目処は付けていた。後はメニューと装備を用意するだけだ。
 次は移動手段の確保だ。しかし、日本では車を運転できるのは十八歳以上であるらしい。それは四年後だ。

(自転車?)

 これなら狭い路地でも入っていけるし手に入れやすい。

(これは使えるな……)

 スマートフォンの欲しいものリストに書き加えた。
 他にも口腔ルーペや内視鏡や双眼鏡をリストに加えていった。いずれも傭兵時代に愛用していた小道具だ。

(仲間はどうする?)

 一人ではできる事に限りがある。何人かの手助けがあればかなり捗る。
 襲撃は開始より終了のほうが難しいものだ。脱出ルートを安全に確保してくれる仲間の存在は大きい。

 ディミトリは軍人上がりの傭兵だった。
 傭兵と言っても一人で行動することはまず無い。計画を立案する者。兵站を整える者。移動手段を提供する者。
 それぞれが役割を完璧に熟して作戦は成功するのだ。

(でも、素人連中を引き込んでも足手まといになるのは目に見えているしな……)

 仲間が必要ではあるが絶対では無い。そう思い直した。
 この国は大きな戦争をした後に、七十年以上もの長い時間戦いの場から離れている。
 戦闘を経験しているのと無いのとでは雲泥の差がある。
 ぬるま湯に浸りきった奴を仲間にしてもしょうがないなとも考えたのだ。

(待て待て、今出来ることを考えるんだ……)

 雑多な事を考えていると益々目が冴えていく。まあ、良くある事だ。自分の境遇が不安を感じさせ脳を活性化させてしまう。
 漠然とした不安という奴であろう。ディミトリは分かっているつもりだった。
 若い頃に取り憑かれて眠れない夜を過ごしたのも覚えている。焦ってもどうにも成らなかったのも理解してる。
 その夜は思考が堂々巡りのままで、いつの間にか眠ってしまった。

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