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第 5話 自分の行方
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自室。
ディミトリが自室として割り当てられたのは六畳ほどの部屋だ。
元々はタダヤスの父親が使っていた部屋らしい。勉強机などがそのまま残されていた。
高校を卒業すると同時に大学の寮に入ったので、年に数回帰ってくる時以外は使わなくなったのだそうだ。
「この部屋に有るものは全部使って良いわよ~」
祖母はそう言っていた。
もっとも、大した飾り気の無い部屋だった。空気を入れ替える時以外は、誰も入らなかったのであろう。
少し埃が籠もっているような気がする。
壁には昔の野球やアイドルのポスターなどが張られていた。
本棚には教科書や参考書があり、漫画本も少しだけ置かれていた。
タダヤスの元いた部屋も似たような感じだった。さすがは親子だなとディミトリは思った。
もっとも、タダヤスの部屋のポスターは、アニメのキャラクターだらけだった。
「ネットが出来る環境が必要なんだがな……」
部屋を見回してみるとパソコンが無い事に気がついた。大学の寮に入る時に持っていたのだそうだ。
色々と調べてみるとインターネットに繋ぐための設備は無かった。
「折角、ノートパソコンが有るのにな……」
タダヤスの祖父は物を買うとそこで満足してしまう質だったようだ。
大して使っていなかったらしい。
そこで、祖母に頼み込んで自分用のスマフォを購入し、LTE接続で使えるようにしてもらった。
手短な所でネット環境が整ったので、ディミトリは早速自分を検索してみた。
『NOT FOUND』
何も引っ掛からない。
普通ならフェイスブックとかのSNSに一つくらい掛かりそうだが、見事に無いのだ。
「う~ん……」
思いつくキーワードは色々試すが何も出てこなかった。小学校や中学校の名簿を調べてみたが無かった。
まるでこの世にディミトリが存在しなかったような感じさえある。
「………………」
もっとも、秘匿性の高い作戦に従事することが多かったので、目立ったものは何も出ては来ないと思っていた。
暫く探し回っていたディミトリは違和感を覚えた。
だが、自分が関与した作戦は実際にネットに掲載されているのを見つけている。
もちろん、部隊名や作戦名は出てこないが、新聞記事などから推測出来るのだ。
「俺の妄想では無いのは確かなんだがな……」
記事の内容と自分の記憶に齟齬が余りないことから実際に事件が有ったのは確かだ。
それでは自分に関する記載が無いのがかえって不自然だ。
(――意図的に消されているのか?)
ディミトリは考え込んでしまった。自分が拙い状況に置かれている感じがするからだ。
もしも、何らかのトラブルに巻き込まれているのなら、自宅でネットアクセスするのは悪手だからだ。
専門家の手にかかれば住所などは、簡単に特定出来てしまう。
しかも、自分の最後の雇い主は、その手の事には大変詳しい集団『GRU』だった。
『GRU』とはロシア連邦軍参謀本部情報総局の事でロシアの諜報機関だ。
荒っぽい仕事をする事で有名だ。
(俺はひょっとしなくても拙い立場にいる可能性が高いぞ……)
ディミトリは険しい顔で何も表示されない画面を睨みつけていた。
どうやったのか不明だが人間の脳を移植するような奴らだ。
あの連中は目的のためなら人の命など無に等しい。殺人程度などで躊躇したりしない。
「これは何とかしないと……」
タダヤスの記憶にヒントが無いかと思ったが無さそうだ。
そこでディミトリは気持ちを切り替えて違う方面から探ることにした。
元のタダヤスがどうなったのかについては関心が無い。所詮、他人の子供だ。
だが、自分の本体がこの世に存在しない可能性も調べる必要を感じているのだ。
(あの婆さんを巻き込むのは気が引けるしな……)
ディミトリは老婆のことを考えていた。何日か一緒に暮らしていて人の良さは分かっている。
彼女を巻き込むのを嫌がっていた。人の良い老人が殺されてしまっては、寝覚めが悪くなってしまう。
それは避けたかったようだ。
(善人には向かないけどな……)
傭兵とは雇い主の命令には逆らわない。彼らが対象を殺せというのなら、躊躇わずに引き金を引いていた。
正規軍の兵士だった時も同じ。ディミトリは良心を、家を出る時に捨ててきたのだ。
(漫画喫茶……)
不意にキーワードが頭に浮かんできた。タダヤスだった時の記憶が繋がったのであろう。
最初は何の事なのか不明だったが、目の前のノートパソコンを操作して理解できた。
(漫画喫茶とはコミックを読む所でネットも出来るのか……)
全くの匿名では無いが、ある程度なら偽装が可能かも知れない。
彼が渡り歩いた国々にも似たような施設はあった。
ディミトリは早速自分の住む街にある漫画喫茶を調べてみた。駅前に数軒ほど有るらしい。
(当然ながら金が必要だな……)
今、ディミトリのサイフには小銭が少々入っているだけだ。当然、活動資金が足りない。
この先、海外への渡航が必要になると、中学生が持っている金では足りないのは明らかだ。
タダヤスの貯金が有るらしいが、引き出すためには暗証番号が必要だった。
勿論のこと知らない。突発的に思い出すかも知れないが当てにならない。
(なんてこった……)
どうも、タダヤスの記憶は肝心な部分で役立たずのようだ。
(まあ、金を手に入れる方法を考えるか……)
それは、この国で生き抜く重要なポイントだ。
(その前に…… このヒョロヒョロの身体をどうにかしないと……)
パソコンを操作する手を見ながら考え込んだ。
こんなガリガリな身体では話にならない。戦闘になった時に指先だけで叩きのめされる。
そこで体力と筋力を付けるために、ランニングを始めているがそれだけでは不足なのは明らかだ。
片手でパソコンを操作しながら、開いている片手で水を入れたペットボトルの上下トレーニングを行う。
本当はダンベルが欲しかったが、直ぐには手に入らないのでペットボトルで代用していた。
何しろ筋肉がゼロに等しいので、これだけでも結構な運動になると考えていた。
(なんで見ず知らずの国でこんな事をやっているっ!)
苦笑しながら今後のことなどを考えながらトレーニングを続けた。
(そういえば故郷の家でも同じことをやっていたな……)
早く一人前になりたくて金のかからないペットボトルでの筋肉強化トレーニングを続けていた。
そんな彼が気に入らないのか両親に『汗臭い!』と怒鳴られていた。
思い出すのは憎しみの目で睨みつける父親と、狂気の目で見つめる母親だった。
そればかり思い出す。考えてみれば戦場でも同じような目で見られていた。
もっともな感情だなと当時は思っていたが、同時に自分が毎日苛ついていた原因でもある。
(俺の心の弱さは親への憎悪が原因だな……)
自分の事なのに、医者みたいに冷静に判断していた。
そして、そんな事を考えている自分にフッと笑ってしまっていた。
(ふふふっ…… 俺は思春期の小僧かよ……)
彼は今も言葉通りに『自分探しの旅』をしているままだったのだ。
ディミトリは溜息を吐いた。見た目はその通りなので間違いでは無いだろう。
すると――
ズキンズキン……
いきなり頭痛が襲い始めた。心臓の鼓動に合わせるかのような痛みが襲ってくる。
(くそっ! 偏頭痛って訳じゃないな……)
顔を歪ませながら頭を抱えてしまった。
(な、なんだっ! この頭痛は……)
呼吸が荒くなり額から脂汗が滲み出て来ている。そして、視覚嗅覚聴覚とあらゆる刺激が痛みに変換されていった。
「ぐ、ぐぅぅぅ……」
叫びにならない悲鳴が口から漏れる。
窓から入ってくる光すら痛く感じるようだ。
(ひ、光が痛い……)
昏睡状態から目が覚めた時も、頭痛が酷かったが何だか違うような感じを覚えた。
天井も床もぐわんぐわんと音を立てるかのように歪んで見えている。
壁伝いに歩こうと手をついてやっと立ち上がった。しかし、一歩も前に踏み出せない。
勝手に世界が回っているからだ。上下の区別がつかなくなってきているのだ。
彼はそのまま崩れるように膝を突いた。
「こ、これは流石に拙いかも……」
ディミトリは祖母の所に行こうとして気を失ってしまった。
ディミトリが自室として割り当てられたのは六畳ほどの部屋だ。
元々はタダヤスの父親が使っていた部屋らしい。勉強机などがそのまま残されていた。
高校を卒業すると同時に大学の寮に入ったので、年に数回帰ってくる時以外は使わなくなったのだそうだ。
「この部屋に有るものは全部使って良いわよ~」
祖母はそう言っていた。
もっとも、大した飾り気の無い部屋だった。空気を入れ替える時以外は、誰も入らなかったのであろう。
少し埃が籠もっているような気がする。
壁には昔の野球やアイドルのポスターなどが張られていた。
本棚には教科書や参考書があり、漫画本も少しだけ置かれていた。
タダヤスの元いた部屋も似たような感じだった。さすがは親子だなとディミトリは思った。
もっとも、タダヤスの部屋のポスターは、アニメのキャラクターだらけだった。
「ネットが出来る環境が必要なんだがな……」
部屋を見回してみるとパソコンが無い事に気がついた。大学の寮に入る時に持っていたのだそうだ。
色々と調べてみるとインターネットに繋ぐための設備は無かった。
「折角、ノートパソコンが有るのにな……」
タダヤスの祖父は物を買うとそこで満足してしまう質だったようだ。
大して使っていなかったらしい。
そこで、祖母に頼み込んで自分用のスマフォを購入し、LTE接続で使えるようにしてもらった。
手短な所でネット環境が整ったので、ディミトリは早速自分を検索してみた。
『NOT FOUND』
何も引っ掛からない。
普通ならフェイスブックとかのSNSに一つくらい掛かりそうだが、見事に無いのだ。
「う~ん……」
思いつくキーワードは色々試すが何も出てこなかった。小学校や中学校の名簿を調べてみたが無かった。
まるでこの世にディミトリが存在しなかったような感じさえある。
「………………」
もっとも、秘匿性の高い作戦に従事することが多かったので、目立ったものは何も出ては来ないと思っていた。
暫く探し回っていたディミトリは違和感を覚えた。
だが、自分が関与した作戦は実際にネットに掲載されているのを見つけている。
もちろん、部隊名や作戦名は出てこないが、新聞記事などから推測出来るのだ。
「俺の妄想では無いのは確かなんだがな……」
記事の内容と自分の記憶に齟齬が余りないことから実際に事件が有ったのは確かだ。
それでは自分に関する記載が無いのがかえって不自然だ。
(――意図的に消されているのか?)
ディミトリは考え込んでしまった。自分が拙い状況に置かれている感じがするからだ。
もしも、何らかのトラブルに巻き込まれているのなら、自宅でネットアクセスするのは悪手だからだ。
専門家の手にかかれば住所などは、簡単に特定出来てしまう。
しかも、自分の最後の雇い主は、その手の事には大変詳しい集団『GRU』だった。
『GRU』とはロシア連邦軍参謀本部情報総局の事でロシアの諜報機関だ。
荒っぽい仕事をする事で有名だ。
(俺はひょっとしなくても拙い立場にいる可能性が高いぞ……)
ディミトリは険しい顔で何も表示されない画面を睨みつけていた。
どうやったのか不明だが人間の脳を移植するような奴らだ。
あの連中は目的のためなら人の命など無に等しい。殺人程度などで躊躇したりしない。
「これは何とかしないと……」
タダヤスの記憶にヒントが無いかと思ったが無さそうだ。
そこでディミトリは気持ちを切り替えて違う方面から探ることにした。
元のタダヤスがどうなったのかについては関心が無い。所詮、他人の子供だ。
だが、自分の本体がこの世に存在しない可能性も調べる必要を感じているのだ。
(あの婆さんを巻き込むのは気が引けるしな……)
ディミトリは老婆のことを考えていた。何日か一緒に暮らしていて人の良さは分かっている。
彼女を巻き込むのを嫌がっていた。人の良い老人が殺されてしまっては、寝覚めが悪くなってしまう。
それは避けたかったようだ。
(善人には向かないけどな……)
傭兵とは雇い主の命令には逆らわない。彼らが対象を殺せというのなら、躊躇わずに引き金を引いていた。
正規軍の兵士だった時も同じ。ディミトリは良心を、家を出る時に捨ててきたのだ。
(漫画喫茶……)
不意にキーワードが頭に浮かんできた。タダヤスだった時の記憶が繋がったのであろう。
最初は何の事なのか不明だったが、目の前のノートパソコンを操作して理解できた。
(漫画喫茶とはコミックを読む所でネットも出来るのか……)
全くの匿名では無いが、ある程度なら偽装が可能かも知れない。
彼が渡り歩いた国々にも似たような施設はあった。
ディミトリは早速自分の住む街にある漫画喫茶を調べてみた。駅前に数軒ほど有るらしい。
(当然ながら金が必要だな……)
今、ディミトリのサイフには小銭が少々入っているだけだ。当然、活動資金が足りない。
この先、海外への渡航が必要になると、中学生が持っている金では足りないのは明らかだ。
タダヤスの貯金が有るらしいが、引き出すためには暗証番号が必要だった。
勿論のこと知らない。突発的に思い出すかも知れないが当てにならない。
(なんてこった……)
どうも、タダヤスの記憶は肝心な部分で役立たずのようだ。
(まあ、金を手に入れる方法を考えるか……)
それは、この国で生き抜く重要なポイントだ。
(その前に…… このヒョロヒョロの身体をどうにかしないと……)
パソコンを操作する手を見ながら考え込んだ。
こんなガリガリな身体では話にならない。戦闘になった時に指先だけで叩きのめされる。
そこで体力と筋力を付けるために、ランニングを始めているがそれだけでは不足なのは明らかだ。
片手でパソコンを操作しながら、開いている片手で水を入れたペットボトルの上下トレーニングを行う。
本当はダンベルが欲しかったが、直ぐには手に入らないのでペットボトルで代用していた。
何しろ筋肉がゼロに等しいので、これだけでも結構な運動になると考えていた。
(なんで見ず知らずの国でこんな事をやっているっ!)
苦笑しながら今後のことなどを考えながらトレーニングを続けた。
(そういえば故郷の家でも同じことをやっていたな……)
早く一人前になりたくて金のかからないペットボトルでの筋肉強化トレーニングを続けていた。
そんな彼が気に入らないのか両親に『汗臭い!』と怒鳴られていた。
思い出すのは憎しみの目で睨みつける父親と、狂気の目で見つめる母親だった。
そればかり思い出す。考えてみれば戦場でも同じような目で見られていた。
もっともな感情だなと当時は思っていたが、同時に自分が毎日苛ついていた原因でもある。
(俺の心の弱さは親への憎悪が原因だな……)
自分の事なのに、医者みたいに冷静に判断していた。
そして、そんな事を考えている自分にフッと笑ってしまっていた。
(ふふふっ…… 俺は思春期の小僧かよ……)
彼は今も言葉通りに『自分探しの旅』をしているままだったのだ。
ディミトリは溜息を吐いた。見た目はその通りなので間違いでは無いだろう。
すると――
ズキンズキン……
いきなり頭痛が襲い始めた。心臓の鼓動に合わせるかのような痛みが襲ってくる。
(くそっ! 偏頭痛って訳じゃないな……)
顔を歪ませながら頭を抱えてしまった。
(な、なんだっ! この頭痛は……)
呼吸が荒くなり額から脂汗が滲み出て来ている。そして、視覚嗅覚聴覚とあらゆる刺激が痛みに変換されていった。
「ぐ、ぐぅぅぅ……」
叫びにならない悲鳴が口から漏れる。
窓から入ってくる光すら痛く感じるようだ。
(ひ、光が痛い……)
昏睡状態から目が覚めた時も、頭痛が酷かったが何だか違うような感じを覚えた。
天井も床もぐわんぐわんと音を立てるかのように歪んで見えている。
壁伝いに歩こうと手をついてやっと立ち上がった。しかし、一歩も前に踏み出せない。
勝手に世界が回っているからだ。上下の区別がつかなくなってきているのだ。
彼はそのまま崩れるように膝を突いた。
「こ、これは流石に拙いかも……」
ディミトリは祖母の所に行こうとして気を失ってしまった。
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