24 / 58
ルナとエスティアス村
24話
しおりを挟む 殺到する敵に半ば囲まれながら、孫三郎は血刀を振るってそれを押し止めている。
そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫の舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。
黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒だ。
「クッ、南蛮渡来のモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星の六郷』だな」
「然り。一矢万矢の副首領がひとり、六郷典膳信之だ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」
孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
頭から爪先まで全身を覆っている漆黒の甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。
孫三郎の常識外れな驍勇に攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にも怯まずに突出。
六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束ない。
ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。
「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」
言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
そして暫くゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。
「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」
孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
そして刃毀れの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大で歪な形状の火縄銃を抱え上げた。
これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送り』。
大筒や石火矢の類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。
「惑うな、ハリボテに決まっている!」
そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。
「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」
憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。
※※※
荒い呼吸に釣られて千々に乱れる思考を宥め、アトリは状況を分析する。
周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。
少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄と――他には何があったか。
どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。
「ふおるぁぁああ――があっ!」
半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
まだやれる、まだ大丈夫。
だがいずれ、集中力は途切れる。
その時が危ない。
そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
針――吹き矢か。
飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。
「真行寺久四郎……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕は鈍ってないみたいだなぁ、アトリよ」
久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、纏っている雰囲気はまるで異なる。
正に偉丈夫といった風貌の右近は剣の達人だが、久四郎は細面で、武家の出でありながら異形の武器や暗器の類を好んで用いる変わり者。
そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。
「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」
含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
それは、正確に分類すると刀ではない。
兜割と呼ばれる、打撃を主とする武器だ。
乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。
突き込まれた長巻を払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。
「もらったああああああ、あ? あぱっ――」
アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫びを封じる。
口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先は、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。
「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
「畏まりました、姫様っ!」
ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、朱に染まった直刀を構え直した。
そしてまた一人、寄せ手の首筋を裂いて血煙を散らせたが、赤い飛沫の舞う空間に突如として黒い影が躍り込んできた。
黒尽くめの、見慣れぬ甲冑――
その存在を視認した瞬間、飛来した流れ星が孫三郎の刀を破壊する。
刀を折り砕いたのは、星のような鉄球の付いた金砕棒だ。
「クッ、南蛮渡来のモルゲンステルンか!」
「ほぉ、よく知っておる」
「すると、お主が『明星の六郷』だな」
「然り。一矢万矢の副首領がひとり、六郷典膳信之だ。息絶えるまでの短い間、見知りおけ」
孫三郎と同程度に大柄な六郷は、三貫(約十一キロ)はありそうな鉄製の鈍器を小枝のように軽々振り回している。
頭から爪先まで全身を覆っている漆黒の甲冑も、武器と一緒に手に入れた南蛮からの品だろう。
孫三郎の常識外れな驍勇に攻めあぐねていた盗賊達は、圧倒的な怪力を振るう六郷の優勢を見て取ると、再び攻勢へと転じ始めた。
ガラクタと化した刀を捨てた孫三郎は、脇差を抜いて構える。
勢いに乗った敵勢は、孫三郎の斬撃にも弥衛門の射撃にも怯まずに突出。
六郷からの攻撃はひたすらに避け、他の連中の攻撃は脇差で受け流して対応するが、これでは先行きは相当に暗い。
弥衛門の援護射撃はあるが、焦りで狙いが定まらないようで、効果は覚束ない。
ここらが限界だと判断した孫三郎は、大きく踏み込んできた坊主頭の槍の柄を斬り飛ばし、つんのめった男の膝を蹴り砕きながら大声で告げる。
「弥衛門、アレの出番だっ! 準備を頼む!」
「りょっ、了解っ!」
言われた弥衛門は、火縄を手にして少し離れた場所にある岩陰へと走り込む。
そして暫くゴソゴソと作業した後、精一杯の大声で叫ぶ。
「準備完了、だよっ!」
「御苦労!」
孫三郎は斬りかかってきた相手の腹に前蹴りを突き入れ、後続ごと押し返すと弥衛門の所まで駆け寄る。
そして刃毀れの目立ち始めた脇差を鞘に収めると、岩陰に置かれた巨大で歪な形状の火縄銃を抱え上げた。
これこそが、かつて孫三郎が静馬に語った秘密兵器の正体で、今回の作戦の不安要素である人手不足への懸念を一掃した代物『野辺送り』。
大筒や石火矢の類に近い形状だが、束ねられた七つの銃身から時間差で銃弾を放つ連発式のカラクリは、おそらく現在の日本で唯一無二だ。
盗賊達は、今までに見たことのない奇妙な物体の出現に戸惑い、一瞬動きを止める。
「惑うな、ハリボテに決まっている!」
そう断言した六郷が堂々と進撃するのに励まされ、止まった足は再び動き出した。
「愚か者めが。得体の知れぬ相手に出会えば、野の獣ですら警戒するというに」
憐れみを含んだ孫三郎の呟きは、野辺送りの発射音に掻き消された。
※※※
荒い呼吸に釣られて千々に乱れる思考を宥め、アトリは状況を分析する。
周囲には少なくとも五人の敵、そして救援は期待できない。
三人に致命傷を与えたのと引き換えに、四箇所の手傷を負っていた。
どれも浅いとはえ、戦いの中で自分の血を見るのも数年ぶりだった。
少なからぬ動揺を抑えつけ、この場を切り抜ける方法を探す。
残った武器は手にした直刀と懐のクナイ、それと鉤縄と――他には何があったか。
どうにか光明を見出そうとするアトリだが、果てしなく降って来る斬撃と突きと矢弾に対処しながらでは、落ち着いた判断など望むべくもない。
「ふおるぁぁああ――があっ!」
半端な気合と共に飛び込んで来た、毛むくじゃらな男の腕を斬り上げた。
大型の斧が、両手に握られたまま空中を回転し、岩場へと突き刺さる。
まだやれる、まだ大丈夫。
だがいずれ、集中力は途切れる。
その時が危ない。
そんな警戒が心に湧いた瞬間、視界の隅に異物を捉えた。
反応が間に合って叩き落したが、同じものがまた飛んでくる。
針――吹き矢か。
飛び道具は総じて厄介だが、吹き矢は予備動作が殆どなく、相手が仕掛けてくる呼吸が計り辛い上に、近距離から使われるので単純に避け辛い。
二本目の針を転がるようにかわしたアトリだが、その行動によって更に足場の悪い場所へと追い込まれてしまう。
「真行寺久四郎……あなたですか」
「ガキのお守りばかりでも、腕は鈍ってないみたいだなぁ、アトリよ」
久四郎は兄の右近に似た顔立ちだが、纏っている雰囲気はまるで異なる。
正に偉丈夫といった風貌の右近は剣の達人だが、久四郎は細面で、武家の出でありながら異形の武器や暗器の類を好んで用いる変わり者。
そしてアトリにとっては、かつて同じ師に学んだ兄弟子でもあった。
「俺のやった刀をまだ使ってるとは、嬉しいじゃねぇか。使い勝手はどうだ?」
「遠からず、切れ味は身をもって知れるかと」
含み笑いをしながら久四郎は妙な曲刀を抜き、アトリと正対する。
それは、正確に分類すると刀ではない。
兜割と呼ばれる、打撃を主とする武器だ。
乱戦を得意とする久四郎と、この状況で対決するのは自殺行為に等しい。
強気で応じながらも、その事実を認めざるを得ないアトリは、どうにか打開策を探ろうとするのだが、今は寄せ手への反撃で精一杯だ。
突き込まれた長巻を払った直後、足場の岩が崩れて体勢が揺らぐ。
そこを逃さず、反対側から槍が伸びてくる。
アトリがそれを察知した時には、既に手遅れの間合いに詰められていた。
敗北を予感し、反射的に両目を閉じかけた瞬間。
「もらったああああああ、あ? あぱっ――」
アトリの頭上を飛び越えた矢が、勝利を確信した男の雄叫びを封じる。
口中を射抜かれた男は斜面を転落し、横腹を貫こうとしていた穂先は、アトリの左腕に薄い切り傷を負わせるだけに終わった。
「待たせたな、アトリ! 取り急ぎ、雑魚を蹴散らそうぞ」
「畏まりました、姫様っ!」
ユキの登場で瞳に生気を戻したアトリは、朱に染まった直刀を構え直した。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる