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15. 終章・光の庭 ②
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「あ、そういえば」と、榛瑠が急に言って私を離した。
「私は好きだって言われてませんけど」
「はい?」
「言いましょうか?ね?」
そう言って私を見てにっこりする。
「言った……みたいなものじゃない!」
「みたい、じゃなくて」
改めて言われるとすっごく恥ずかしい。絶対、からかってるでしょ!
「……いいの!知らない!」
「ずるいですね、お嬢様は」
顔から火が出る。榛瑠はすごく楽しそうだ。そもそもどっちがずるいのよ。
「だいたい、榛瑠がさっさと言ってくれれば私はこんなに悩まなかったのよ。会社の事だってスッキリするし良いことしかないのに。なんで?」
半ば八つ当たりだったけど、聞かずにはいられない。だってそうじゃない?
「だって、あなたに伝えたところでどうせ信じなかったでしょうし」
う……確かにそうかも、だけど。
「あとは、あなたの父親に文句言ってください」
「なんでお父様?」
「期日の話とはべつに条件があったんです。あなたを積極的に口説くなっていうね」
「……え?」
どういうこと?
「私みたいなのが口説いたら自分の純情な娘はすぐ騙されると考えたらしいです。口説かずに落とせって、バカバカしいですよ、実際。あなたが相手でなければ付き合いきれないところですが、まあ、仕方ないので」
「なにそれ……」
私ってばなんか……。
え?あれ?口説かれてない?私は再会してからのあれこれを思い出す。
なに?あれもこれも、平常仕様なの?じゃあ、本気モードだったら……。
ああ、やだ、お父様は正しかったのかも。本気出されたら五分ともたない気がしてきた。
「それにしたってお父様、口出しすぎ。なに考えてるのよ。ていうか、なんで榛瑠もそんな条件のんじゃったのよ」
「たぶんね、あの人は、一花に、自分の後継ぎに、選ばれる人間でなく選ぶ側の人間でいて欲しいのだと思いますよ。その気持ちはわかるので。こちらが選ばれる側ってのも悪くなかったしね」
「なにそれ……」
私はまた同じ言葉を呟くしかない。なにそれ。お父様も榛瑠もなんなのよ。
「他にはもうないでしょうね」
「ないですよ」
「ほんと?だいたいお父様とどんな話になってるの?」そうよ、そもそも「どんなこと言われて戻ってきたの?」
「あなたが気にするようなことは何も」
そう言って榛瑠は微笑する。こういう時はもうなにも聞けない。
「……わかった」
本当は不安になる。まだ何かありそうなんだもの、きちんと聞いておきたい。でも、聞かせないことが最良だと彼が判断するなら、聞かない。そう、昔から決めている。私のやれることは、不安にならないこと。
「でも、かわいそうなことしてるなとは思ってました。あなたが悩んでいたのはわかっていたので。だからってわけでもないのですが、これで許してもらえませんか?」
そう言って榛瑠は私の足元に跪いた。
「え?榛瑠?」
「あのね、せっかく結婚してくれるって言ってくれたけど、実際に結婚するまではまだいろいろあるんです。でも、必ず叶えるから、信じて待っていてください。私の花嫁になってくださいね」
そう私を見上げて言うと、彼は私の両手をとって指にキスした。私は榛瑠の横に真っ白なウエディングドレスを着て立っている自分を想像して胸がいっぱいになる。多分、初めてだ。初めて心からウエディングドレスを着たいと思う。そして気づいたら、左手の薬指に指輪がされていた。
「え?あ……」
それはダイヤのついた婚約指輪、ではなかった。細かく細工が彫られていて、中心に翡翠らしい石が入っている繊細なものだった。
「アンティーク?きれい……」
私は空の光に指をかざした。たぶん、この世に一つしかない指輪。
「婚約指輪としてはおかしいですけどね。亡くなった母のものなんです。嫌でなければあなたに持っていて欲しい」
私は指輪を右手でそっとさわった。冷たいはずの石が温かいものに感じた。
「……嫌なわけないじゃない……」
「一花」
榛瑠に引っ張られてその胸に倒れこむように顔を埋める。優しく抱きしめられる。
「一花、泣かないで」
涙が溢れた。どんなすごい指輪よりも嬉しい。嬉しくて嬉しくて……。
嬉しくて、せつない。
この指輪を彼がずっと持っていなければいけない、そんな運命があったからこそ、私は彼に会えたのだ。
「だいじにするね。いっぱい大事にする」
「ありがとう。でも、所詮はモノだからね。無理しないで」
「無理するもん」
指輪だけじゃない。
私は榛瑠にしがみついた。
「大好きよ」
「……うん」
榛瑠の声は優しい。大好き。大事にする。大事にさせて。何より、あなたをーー。
榛瑠は私が泣き止むまで優しく抱きしめていてくれた。それから、私の頬にキスして呟いた。
「やっぱりなかなかうまくならないな」
「何が?」
私は鼻声で問う。
「ん?泣き止ます方法」
「え、なにそれ」
思わず笑ってしまう。彼はそんな私を見て微笑んでいる。
それからおもむろに横たわった。
「あー長かったー」
どういう意味なんだろう?よくわからない。
「榛瑠、背広汚れるよ」
「いいよ、別に」
眩しいのか腕で目元を隠しながら芝の上に仰向けに寝っ転がっている。
金色の髪が風でゆれる。私は寝転ぶ彼の横に座ってその揺れる髪にそっとさわってみる。
「私は好きだって言われてませんけど」
「はい?」
「言いましょうか?ね?」
そう言って私を見てにっこりする。
「言った……みたいなものじゃない!」
「みたい、じゃなくて」
改めて言われるとすっごく恥ずかしい。絶対、からかってるでしょ!
「……いいの!知らない!」
「ずるいですね、お嬢様は」
顔から火が出る。榛瑠はすごく楽しそうだ。そもそもどっちがずるいのよ。
「だいたい、榛瑠がさっさと言ってくれれば私はこんなに悩まなかったのよ。会社の事だってスッキリするし良いことしかないのに。なんで?」
半ば八つ当たりだったけど、聞かずにはいられない。だってそうじゃない?
「だって、あなたに伝えたところでどうせ信じなかったでしょうし」
う……確かにそうかも、だけど。
「あとは、あなたの父親に文句言ってください」
「なんでお父様?」
「期日の話とはべつに条件があったんです。あなたを積極的に口説くなっていうね」
「……え?」
どういうこと?
「私みたいなのが口説いたら自分の純情な娘はすぐ騙されると考えたらしいです。口説かずに落とせって、バカバカしいですよ、実際。あなたが相手でなければ付き合いきれないところですが、まあ、仕方ないので」
「なにそれ……」
私ってばなんか……。
え?あれ?口説かれてない?私は再会してからのあれこれを思い出す。
なに?あれもこれも、平常仕様なの?じゃあ、本気モードだったら……。
ああ、やだ、お父様は正しかったのかも。本気出されたら五分ともたない気がしてきた。
「それにしたってお父様、口出しすぎ。なに考えてるのよ。ていうか、なんで榛瑠もそんな条件のんじゃったのよ」
「たぶんね、あの人は、一花に、自分の後継ぎに、選ばれる人間でなく選ぶ側の人間でいて欲しいのだと思いますよ。その気持ちはわかるので。こちらが選ばれる側ってのも悪くなかったしね」
「なにそれ……」
私はまた同じ言葉を呟くしかない。なにそれ。お父様も榛瑠もなんなのよ。
「他にはもうないでしょうね」
「ないですよ」
「ほんと?だいたいお父様とどんな話になってるの?」そうよ、そもそも「どんなこと言われて戻ってきたの?」
「あなたが気にするようなことは何も」
そう言って榛瑠は微笑する。こういう時はもうなにも聞けない。
「……わかった」
本当は不安になる。まだ何かありそうなんだもの、きちんと聞いておきたい。でも、聞かせないことが最良だと彼が判断するなら、聞かない。そう、昔から決めている。私のやれることは、不安にならないこと。
「でも、かわいそうなことしてるなとは思ってました。あなたが悩んでいたのはわかっていたので。だからってわけでもないのですが、これで許してもらえませんか?」
そう言って榛瑠は私の足元に跪いた。
「え?榛瑠?」
「あのね、せっかく結婚してくれるって言ってくれたけど、実際に結婚するまではまだいろいろあるんです。でも、必ず叶えるから、信じて待っていてください。私の花嫁になってくださいね」
そう私を見上げて言うと、彼は私の両手をとって指にキスした。私は榛瑠の横に真っ白なウエディングドレスを着て立っている自分を想像して胸がいっぱいになる。多分、初めてだ。初めて心からウエディングドレスを着たいと思う。そして気づいたら、左手の薬指に指輪がされていた。
「え?あ……」
それはダイヤのついた婚約指輪、ではなかった。細かく細工が彫られていて、中心に翡翠らしい石が入っている繊細なものだった。
「アンティーク?きれい……」
私は空の光に指をかざした。たぶん、この世に一つしかない指輪。
「婚約指輪としてはおかしいですけどね。亡くなった母のものなんです。嫌でなければあなたに持っていて欲しい」
私は指輪を右手でそっとさわった。冷たいはずの石が温かいものに感じた。
「……嫌なわけないじゃない……」
「一花」
榛瑠に引っ張られてその胸に倒れこむように顔を埋める。優しく抱きしめられる。
「一花、泣かないで」
涙が溢れた。どんなすごい指輪よりも嬉しい。嬉しくて嬉しくて……。
嬉しくて、せつない。
この指輪を彼がずっと持っていなければいけない、そんな運命があったからこそ、私は彼に会えたのだ。
「だいじにするね。いっぱい大事にする」
「ありがとう。でも、所詮はモノだからね。無理しないで」
「無理するもん」
指輪だけじゃない。
私は榛瑠にしがみついた。
「大好きよ」
「……うん」
榛瑠の声は優しい。大好き。大事にする。大事にさせて。何より、あなたをーー。
榛瑠は私が泣き止むまで優しく抱きしめていてくれた。それから、私の頬にキスして呟いた。
「やっぱりなかなかうまくならないな」
「何が?」
私は鼻声で問う。
「ん?泣き止ます方法」
「え、なにそれ」
思わず笑ってしまう。彼はそんな私を見て微笑んでいる。
それからおもむろに横たわった。
「あー長かったー」
どういう意味なんだろう?よくわからない。
「榛瑠、背広汚れるよ」
「いいよ、別に」
眩しいのか腕で目元を隠しながら芝の上に仰向けに寝っ転がっている。
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