天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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13. 鬼塚の場所 ①

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「一体何なのよっ、ふたりとも!」

だん、と日本酒の注がれたコップがカウンターに音を立てる。

「一花、落ち着け。だいたい、誰のことだよ」

「鬼塚さんのことじゃないですから、気にしないでくださいっ」

どうしたって気になるだろう、と、鬼塚は思う。最も想像はつくが。

「まあまあ、イチカちゃん、怒るより楽しい方がお酒美味しいよ」

カウンターの向こうから声をかけられて、一花はすみません、と小さくなっている。

ここは鬼塚の兄がやっている日本酒バーだった。

バーといってもそこまでおしゃれなものじゃない。昼間はふつうに小売の酒屋をやっていて、日が沈んでから増設した小さなこのスペースで、日本酒とちょっとしたつまみを出す飲み屋をやっている。

「でも、鬼塚さんの実家がこんな素敵なお店で驚きました」

「ステキなんて代物じゃないだろうが」

「え~、なんで?すごくいいですよ、居心地いいし」

鬼塚としても、一花の素直な感想は嬉しい。連れてきてよかったと思う。

「居心地いいのはいいけど、飲み過ぎるなよ?」

はーいと言いながら楽しそうにグラスを空ける一花を見ながら、ダメだこりゃ、と思う。こちらで気をつけてやらないとな。

一番奥の端の席で半分壁に体を預けながら鬼塚は隣の一花を見る。怒ったり、ニコニコしたり、あいかわらず忙しいなこいつ、と思う。

でも、昼間泣いてたから、つい、連れてきてしまった。

鬼塚は、そのことを思い出して一花から目をそらすと、自分も一口酒を呑みながらカウンター向こうの兄に声をかけた。

「そういえば、兄貴、義姉さんは?」

「あー、今、奥でガキ寝かしつけてるよ。最近なかなか寝なくってさあ、坊主」

「鬼塚さん、甥っ子さんいるんだ?」

「いるぞ。まだろくに動けもしない芋虫みたいなやつが」

「それ、酷くないです?だって、めちゃめちゃ可愛いでしょ、赤ちゃんって」

「おう、めちゃめちゃ可愛いぞ」

「馨、メロメロだぞ、俺の子なのに」

兄が笑うのを聞きながら、一花がきょとんとなっている。

「カオル?」

「おまえ、まさか俺の名前知らないのか?」

「え、あっ、鬼塚さんの名前!そうでした!すみません」

「いいけどよ……」

「似合わないもんな、この顔に」

「うるせーよ、兄貴」

言われた兄の方は笑いながら聞き流し、別の客の相手をしに行く。

「仲、いいですね、お兄さんと」

「そうか?普通だぞ?昔は結構、喧嘩もしたし。今は流石にしないけどな」

「仲いいですよ、私、一人っ子だから羨ましいです。二人兄弟ですか?」

「いや、もう一人、弟がいる」

「へえ、そうなんだ、賑やかですね」

笑顔で一花が話している。こんな風に自分のことを語るのはおかしな感じだと思う。

「なんか、いいなあ。兄弟いて仲よくて。赤ちゃんもいて」

「俺の子じゃないぞ?」

一花が笑った。

「わかってます、ちゃんと聞いてましたよ。でも、赤ちゃん好きな男の人っていいですよ?誰かなんて全然……」

そこで言葉をきると、一花はグラスに手を伸ばした。鬼塚は、誰と比べているんだか、と思ったが口には出さなかった。

「あーあ、いいなあ。私なんてどこいっても一人だしな」

一花が酔いがまわってきたのか、頬杖をつきながら言った。

「付き合ってる男いないのかよ」

「そんなもの……。鬼塚さんこそ彼女いないじゃないですか」

「ほっとけよ」

「鬼塚さんなんて、彼女作ろうと思えばすぐですよ。巨乳好きと、口が悪いのと、顔と態度が怖いのを直せばすぐです」

「うるさい。条件あげすぎだ、お前」

一花が朗らかに笑う。そのままこてっと、カウンターに突っ伏した。

まだ二杯めの途中なのに、思ったより弱い。

「一花、だいじょう……」

「うそですよ」

一花が頭をカウンターにのせたまま、鬼塚の方を見上げながら言った。

「え?」

「嘘です。鬼塚さん、怖くないですよ」

そう言って微笑むと、そのまま目をとじる。

鬼塚はその顔をじっと見た。そして視線をずらすと言った。

「じゃあさ、お前が俺とつきあうか?」

「鬼塚さん、手近すぎ~」

そう言って一花は笑った。

まあ、そうなるよな、とは思う。一花を見ると、目を閉じたままだった。

無防備だな、こいつ、とその顔を見て思う。このまま押せば落とせるならそうするところなんだがな……。

「一花、大丈夫か?」

「大丈夫ですよー。昨日もお父様とのんでえ」

父親を結構な呼び方をする。亭主関白とかか?

「眠いなら奥の部屋貸して貰えばいいぞ?義姉さんいるし。そうするか?」

「へいきですう」

一花がヘラっと笑った。鬼塚はその顔をみて軽くため息をついた。

参ったな、と思う。可愛さだけなら甥っ子といい勝負だ。俺にとっては、だが。

結局、すでに半分寝てしまっている一花の頭に手をやる。

さて、これを争って、勝負になるか?

その時、入り口の戸が開く音がして店の中が一瞬ざわっとした。

目を挙げると、金髪で長身で男から見てもイケメンの奴が、さも当たり前のような顔をして入ってくるところだった。
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