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12. 資料室の密会 ②
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「とか言いながら意外に抵抗しないね。たまってんならいつでも相手してあげる」
美園さんの甘ったるい語尾をあげる声がして、また間が開く。
そして微かにネチャっとした音がした。
間違いない。これ、絶対キスしてる!
何やってるのよ!会社で!
そりゃ、資料室って美園さんが入る前は特に、誰もいない時間が多くてそんな場所だったとかないとか噂は聞いたことあるけど!
今もか!ってかあんたもか!っていうか何?どれもこれも腹立たしい!
次に声がしたのは榛瑠の方だった。
「いいからどいて、美園」
「え~、まだいいじゃない」
甘える声。
「飽きた。どけ」
榛瑠の冷たい低い声。何なの!
美園さんの文句と椅子から立ち上がる音が同時にする。
「ついてくるな」
「トイレ行くだけだよ~」
はしゃいだ声の後、戸が閉まる音がして私はそっと顔を出した。誰もいない。慌てて部屋を出る。
なんなの、一体!あの二人、そういう関係なの?
何よっ!榛瑠ったら人に思わせぶりな事しといて!本当に信用できない!
どこへでも行けばいいのよ!アメリカだろうと、アフリカだろうと!地の果てでも宇宙の彼方でも行っちゃえ!
そう思いながら勢いよく廊下を曲がったところで、人にぶつかりそうになった。
「お、あぶねー。なんだ、一花か」
「鬼塚さん……。すみません。外回りですか?お疲れ様です」
鞄を持った鬼塚さんがそこにいた。
「おお、戻ったところ、って、お前どうした?」
「何がですか」
「何がって……顔が」
「何ですか、それ。失礼なこと言うのも……」
「だって、ほら」
鬼塚さんは足元に鞄を置いた。また、髪をぐしゃっとされるかと身構えたら、違った。
目元に彼の指が触れる。大きな手で包み込むように頬を覆われた。
「泣いてね?お前、目赤いぞ?」
何言ってるんですか、泣いてなんかないです。そう言おうと思って、声が出なかった。
代わりに頬をつたっていくものを感じた。
「うおっ、どうした⁉︎」
鬼塚さんの手が温かすぎるんです。それも言葉にならない。
鬼塚さんは困ったような表情で見つめてくる。私はハンカチを取り出して涙を拭きながら言った。
「……もう、大丈夫です、ありがとうございます」
泣き声が恥ずかしくて、小さな声しか出せない。
「どうしたんだ?」
「……」
私は黙った。言えるわけがない。というか、なぜ泣いたか自分でもわからない。
鬼塚さんがそんな私を見下ろして言った。
「ああ、なんだ、その……。あ、そうだ。一花、今晩空いてるか?」
「え?」
「酒でも飲みに行こうぜ、いい店教えてやる」
「え?」
「ほら、この前トンカツ屋教えてもらったしさ」
鬼塚さんの気遣いが嬉しい。それに気も紛れそうだった。
私は「はい、お願いします」と言って頭下げた。
鬼塚さんは笑うと、私の頭に手をやるとくしゃっとした。なんだか、止まった涙がまた出そうだった。
そしてその時、鬼塚さんが視線をあげた廊下の先に、榛瑠が立っていてこちらを見ていたなんてことには、私は少しも気づいていなかった。
自分のデスクまで戻って座る間も無く、林さんが話しかけてきた。
「ごめんね、勅使川原さん、まだ一箱あったわ。お願いできる?」
「え?」
デスクのすぐ近くに一箱たしかに置いてあった。
「よろしくね」
そう言って林さんは席に着いてしまった。篠山さんも席にいない。まあ、どっちにしろ一人でやるけれども……。
今日は厄日だ。
運ぼうとして、台車を資料室に置いてきたことに気づいた。取りに戻ろうかとも思ったが、それもなんだか面倒でそのまま運べないか箱を持ってみた。
な、なんとか、なる、かな?重いけど。
そのままヨタヨタと廊下に出る。腰痛いかも。普段、重いものなんて全く持たないからなあ。
半分視界も塞がれた状態で危なっかしく歩いていたら、名前を呼ばれた。
「勅使川原さん、何運んでるんですか。手伝いますよ」
榛瑠だった。なんか、もんのすっごく、腹が立ってくる。
「いいです。私の仕事です。大丈夫です」
「資料室まで運べば良いんですね?」
「いいですから、課長は早く仕事に戻ってください。遊んでないで」
そう言って、早足に立ち去ろうとして、箱の重さでよろめいてしまった。
榛瑠が腕を伸ばして支えてくれる。
「ほら、危ないでしょう。運ぶなんて直ぐですよ。貸して」
そう言って、ダンボールを取って行く。彼が持つと軽い荷物みたいに見える。
すごく面白くない。……でも、助かるけど。
資料室はまたしても誰もいなかった。いったい、ここの人たちはちゃんと仕事しているのだろうか。
資料を入れる棚の前にダンボール箱を置いてもらう。
「ありがとうございました。後はやれますので、課長は戻って下さい」
「あなた、何か怒ってます?」
「怒ってませんよっ」
声が怒ってるけど、仕方ないでしょ!
私は彼を無視して資料を戻し始めた。榛瑠は後ろで黙っていたが、私が手の届かない一番上の棚に資料をしまおうと背伸びした時、手を伸ばしてしまってくれた。
美園さんの甘ったるい語尾をあげる声がして、また間が開く。
そして微かにネチャっとした音がした。
間違いない。これ、絶対キスしてる!
何やってるのよ!会社で!
そりゃ、資料室って美園さんが入る前は特に、誰もいない時間が多くてそんな場所だったとかないとか噂は聞いたことあるけど!
今もか!ってかあんたもか!っていうか何?どれもこれも腹立たしい!
次に声がしたのは榛瑠の方だった。
「いいからどいて、美園」
「え~、まだいいじゃない」
甘える声。
「飽きた。どけ」
榛瑠の冷たい低い声。何なの!
美園さんの文句と椅子から立ち上がる音が同時にする。
「ついてくるな」
「トイレ行くだけだよ~」
はしゃいだ声の後、戸が閉まる音がして私はそっと顔を出した。誰もいない。慌てて部屋を出る。
なんなの、一体!あの二人、そういう関係なの?
何よっ!榛瑠ったら人に思わせぶりな事しといて!本当に信用できない!
どこへでも行けばいいのよ!アメリカだろうと、アフリカだろうと!地の果てでも宇宙の彼方でも行っちゃえ!
そう思いながら勢いよく廊下を曲がったところで、人にぶつかりそうになった。
「お、あぶねー。なんだ、一花か」
「鬼塚さん……。すみません。外回りですか?お疲れ様です」
鞄を持った鬼塚さんがそこにいた。
「おお、戻ったところ、って、お前どうした?」
「何がですか」
「何がって……顔が」
「何ですか、それ。失礼なこと言うのも……」
「だって、ほら」
鬼塚さんは足元に鞄を置いた。また、髪をぐしゃっとされるかと身構えたら、違った。
目元に彼の指が触れる。大きな手で包み込むように頬を覆われた。
「泣いてね?お前、目赤いぞ?」
何言ってるんですか、泣いてなんかないです。そう言おうと思って、声が出なかった。
代わりに頬をつたっていくものを感じた。
「うおっ、どうした⁉︎」
鬼塚さんの手が温かすぎるんです。それも言葉にならない。
鬼塚さんは困ったような表情で見つめてくる。私はハンカチを取り出して涙を拭きながら言った。
「……もう、大丈夫です、ありがとうございます」
泣き声が恥ずかしくて、小さな声しか出せない。
「どうしたんだ?」
「……」
私は黙った。言えるわけがない。というか、なぜ泣いたか自分でもわからない。
鬼塚さんがそんな私を見下ろして言った。
「ああ、なんだ、その……。あ、そうだ。一花、今晩空いてるか?」
「え?」
「酒でも飲みに行こうぜ、いい店教えてやる」
「え?」
「ほら、この前トンカツ屋教えてもらったしさ」
鬼塚さんの気遣いが嬉しい。それに気も紛れそうだった。
私は「はい、お願いします」と言って頭下げた。
鬼塚さんは笑うと、私の頭に手をやるとくしゃっとした。なんだか、止まった涙がまた出そうだった。
そしてその時、鬼塚さんが視線をあげた廊下の先に、榛瑠が立っていてこちらを見ていたなんてことには、私は少しも気づいていなかった。
自分のデスクまで戻って座る間も無く、林さんが話しかけてきた。
「ごめんね、勅使川原さん、まだ一箱あったわ。お願いできる?」
「え?」
デスクのすぐ近くに一箱たしかに置いてあった。
「よろしくね」
そう言って林さんは席に着いてしまった。篠山さんも席にいない。まあ、どっちにしろ一人でやるけれども……。
今日は厄日だ。
運ぼうとして、台車を資料室に置いてきたことに気づいた。取りに戻ろうかとも思ったが、それもなんだか面倒でそのまま運べないか箱を持ってみた。
な、なんとか、なる、かな?重いけど。
そのままヨタヨタと廊下に出る。腰痛いかも。普段、重いものなんて全く持たないからなあ。
半分視界も塞がれた状態で危なっかしく歩いていたら、名前を呼ばれた。
「勅使川原さん、何運んでるんですか。手伝いますよ」
榛瑠だった。なんか、もんのすっごく、腹が立ってくる。
「いいです。私の仕事です。大丈夫です」
「資料室まで運べば良いんですね?」
「いいですから、課長は早く仕事に戻ってください。遊んでないで」
そう言って、早足に立ち去ろうとして、箱の重さでよろめいてしまった。
榛瑠が腕を伸ばして支えてくれる。
「ほら、危ないでしょう。運ぶなんて直ぐですよ。貸して」
そう言って、ダンボールを取って行く。彼が持つと軽い荷物みたいに見える。
すごく面白くない。……でも、助かるけど。
資料室はまたしても誰もいなかった。いったい、ここの人たちはちゃんと仕事しているのだろうか。
資料を入れる棚の前にダンボール箱を置いてもらう。
「ありがとうございました。後はやれますので、課長は戻って下さい」
「あなた、何か怒ってます?」
「怒ってませんよっ」
声が怒ってるけど、仕方ないでしょ!
私は彼を無視して資料を戻し始めた。榛瑠は後ろで黙っていたが、私が手の届かない一番上の棚に資料をしまおうと背伸びした時、手を伸ばしてしまってくれた。
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