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12. 資料室の密会 ①
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その気づきは私をむしろ憂鬱にした。
だって、私にとってはあくまで恋の話だったのだから。
片思いの夫婦なんて冗談にもならない。それだけは絶対いや。榛瑠が私を好きになれば全面解決なのよ。本当に。なのにはぐらかしてばかりだし。
もう、この際嘘でいいから好きってことにしてくれないかしら。うまく騙してくれるならそれでいいから。
……いや、それではあんまりプライドが無いというか、何にもならないよ、一花。さすがに惨めだ。
でも、私は私が持つであろうものを彼に渡したい。そこは本当にそう思うから。
あー。私が折れればいいの?そうなのかな?でもでも。
そんな考えが、重い頭にグルグルしていて、なかなか仕事が進まない。
そんな私を知ってか知らずか、その日の午後、林さんが声をかけてきた。
「勅使川原さん、この書類資料室へ持って行って片付けておいてくれる?」
見ると、ダンボール三箱分に分類された書類がぎっちり入っている。
え、これだけ私一人で?
「急ぎの仕事があれば、その後でいいけど」
「いえ、無いです……」
「あ、一花先輩、私手伝いますよ?この書類終わらせれば急ぐものないですし」
横から篠山さんが言ってくれた。
「ありがとう、でも、大丈夫」
「じゃ、お願いね」
林さんの言葉に急かされダンボールを台車に乗せると、資料室に運び込んだ。それにしても、紙ってなんでこんなに重いかなあ。
それでも、こんな風に仕事の能率が落ちている日は、むしろこんな肉体労働のほうがありがたいくらいだった。
資料室は誰もいなかった。私は薄暗い部屋の中で一人で資料を棚に並べる。意外にこういうのって集中できるんだよね。
「さて、終わり」
最後の書類のファイルを棚にしまった時には、むしろ充実感を感じた。
その時、入口の戸が開く音がして誰かが入ってきたのがわかった。誰だろう、と覗く前に声でわかった。
「外部でエンジニア頼んでいるんですからそちらに頼めばいいじゃないですか」
「だって、めんどくさいもん。ちょっとの事だし。ハルの方が早いよ」
「あなたのちょっとはちょっとで済まないでしょう?まあ、良いですけど」
榛瑠と美園さんだ。椅子に座る音が聞こえる。
部屋の外に出るにはデスクの前を通らないといけない。うう、なんかやだなあ。榛瑠も忙しいのになんでこんなところにいるのよ。
カタカタとパソコンのキーボードを叩く音がする。
「ああ、ここね」榛瑠の声だ。「あなたの方ができるのに私がチェックってどうかという気もしますけどね」
「あら、ダブルチェックって大事じゃない?」
何をしているかイマイチわからないけど、美園さんが良識的なことを言っていてなんだかビックリ。
でも、何やってるの?パソコンのトラブルかな?彼、得意だからなあ。
「そういえばさあ、今朝向こうからメール来てたよ。楽しそうでムカついた」
「彼らはいつだってご機嫌じゃないですか」
「それがムカつく。あたしなんてこんなとこで1日仕事に追われてさ」
「追われているようには見えませんよ、楽勝でしょ、別に」
「そーゆーことじゃない」美園さんが甘えた声で続ける。「ねえ、もうさあ、いい加減帰ろうよ、向こうに」
「帰る場所なんてないですよ」
「なにがっ、みんなめっちゃ待ってるってわかってるくせに。あたし、ここもう飽きた」
「自分で来たいって言ったんですよ。英語話すのに飽きたって言って」
「もう、日本語飽きたわ」
「ワガママ言わない」
仕事をしながらみたいだけど二人でずっと喋っている。なんだか立ち聞き状態になっちゃってるし、ますます出れない。
「それに、アンタのその言葉使いも嫌いなのよ。なんなん、その喋りかた」
「日本語だとどうしてもね。そんなにヘンですか?」
「ヘン。どういう育ちしたんだか」
榛瑠の笑い声が小さく聞こえた。なんだか嫌な気がした。自分が責められているような。
それに、二人とも思ったより仲良くない?
「すごい、らしくない。違う生き物みたい」
「意識せずこうなっているだけですけど」
「だからさあ戻ろうよ。アメリカにいた時の方が、ハルっぽかったって」
「その人らしさが何かをあなたと議論するつもりはないですし、戻るつもりもありません。一人で帰ったら?」
美園さんが不平を言うのが聞こえた。
「……これ、問題ないですね。このまま進めて良いと思いますよ。相変わらず優秀で感心しますね」
なに?美園さんのこと?
「それ言うあんたもね。そーゆーとこめっちゃ好き。一人で帰ったらハルいないじゃん。いい男いないなんてヤダ」
それからちょっと静かになった。次に聞こえたのは榛瑠の声。
「美園、前みえない。どいて」
美園さんのなんだか艶っぽい楽しそうな笑い声がした。
「本当に動じないよね、大好き。女ったらすの上手いんだから。あ、あんたの場合男もか」
「つまらない事言ってないで……」
そこでまた間が開いた。なんなの?なんか嫌な感じ……。
だって、私にとってはあくまで恋の話だったのだから。
片思いの夫婦なんて冗談にもならない。それだけは絶対いや。榛瑠が私を好きになれば全面解決なのよ。本当に。なのにはぐらかしてばかりだし。
もう、この際嘘でいいから好きってことにしてくれないかしら。うまく騙してくれるならそれでいいから。
……いや、それではあんまりプライドが無いというか、何にもならないよ、一花。さすがに惨めだ。
でも、私は私が持つであろうものを彼に渡したい。そこは本当にそう思うから。
あー。私が折れればいいの?そうなのかな?でもでも。
そんな考えが、重い頭にグルグルしていて、なかなか仕事が進まない。
そんな私を知ってか知らずか、その日の午後、林さんが声をかけてきた。
「勅使川原さん、この書類資料室へ持って行って片付けておいてくれる?」
見ると、ダンボール三箱分に分類された書類がぎっちり入っている。
え、これだけ私一人で?
「急ぎの仕事があれば、その後でいいけど」
「いえ、無いです……」
「あ、一花先輩、私手伝いますよ?この書類終わらせれば急ぐものないですし」
横から篠山さんが言ってくれた。
「ありがとう、でも、大丈夫」
「じゃ、お願いね」
林さんの言葉に急かされダンボールを台車に乗せると、資料室に運び込んだ。それにしても、紙ってなんでこんなに重いかなあ。
それでも、こんな風に仕事の能率が落ちている日は、むしろこんな肉体労働のほうがありがたいくらいだった。
資料室は誰もいなかった。私は薄暗い部屋の中で一人で資料を棚に並べる。意外にこういうのって集中できるんだよね。
「さて、終わり」
最後の書類のファイルを棚にしまった時には、むしろ充実感を感じた。
その時、入口の戸が開く音がして誰かが入ってきたのがわかった。誰だろう、と覗く前に声でわかった。
「外部でエンジニア頼んでいるんですからそちらに頼めばいいじゃないですか」
「だって、めんどくさいもん。ちょっとの事だし。ハルの方が早いよ」
「あなたのちょっとはちょっとで済まないでしょう?まあ、良いですけど」
榛瑠と美園さんだ。椅子に座る音が聞こえる。
部屋の外に出るにはデスクの前を通らないといけない。うう、なんかやだなあ。榛瑠も忙しいのになんでこんなところにいるのよ。
カタカタとパソコンのキーボードを叩く音がする。
「ああ、ここね」榛瑠の声だ。「あなたの方ができるのに私がチェックってどうかという気もしますけどね」
「あら、ダブルチェックって大事じゃない?」
何をしているかイマイチわからないけど、美園さんが良識的なことを言っていてなんだかビックリ。
でも、何やってるの?パソコンのトラブルかな?彼、得意だからなあ。
「そういえばさあ、今朝向こうからメール来てたよ。楽しそうでムカついた」
「彼らはいつだってご機嫌じゃないですか」
「それがムカつく。あたしなんてこんなとこで1日仕事に追われてさ」
「追われているようには見えませんよ、楽勝でしょ、別に」
「そーゆーことじゃない」美園さんが甘えた声で続ける。「ねえ、もうさあ、いい加減帰ろうよ、向こうに」
「帰る場所なんてないですよ」
「なにがっ、みんなめっちゃ待ってるってわかってるくせに。あたし、ここもう飽きた」
「自分で来たいって言ったんですよ。英語話すのに飽きたって言って」
「もう、日本語飽きたわ」
「ワガママ言わない」
仕事をしながらみたいだけど二人でずっと喋っている。なんだか立ち聞き状態になっちゃってるし、ますます出れない。
「それに、アンタのその言葉使いも嫌いなのよ。なんなん、その喋りかた」
「日本語だとどうしてもね。そんなにヘンですか?」
「ヘン。どういう育ちしたんだか」
榛瑠の笑い声が小さく聞こえた。なんだか嫌な気がした。自分が責められているような。
それに、二人とも思ったより仲良くない?
「すごい、らしくない。違う生き物みたい」
「意識せずこうなっているだけですけど」
「だからさあ戻ろうよ。アメリカにいた時の方が、ハルっぽかったって」
「その人らしさが何かをあなたと議論するつもりはないですし、戻るつもりもありません。一人で帰ったら?」
美園さんが不平を言うのが聞こえた。
「……これ、問題ないですね。このまま進めて良いと思いますよ。相変わらず優秀で感心しますね」
なに?美園さんのこと?
「それ言うあんたもね。そーゆーとこめっちゃ好き。一人で帰ったらハルいないじゃん。いい男いないなんてヤダ」
それからちょっと静かになった。次に聞こえたのは榛瑠の声。
「美園、前みえない。どいて」
美園さんのなんだか艶っぽい楽しそうな笑い声がした。
「本当に動じないよね、大好き。女ったらすの上手いんだから。あ、あんたの場合男もか」
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