32 / 50
11. 続・令嬢の憂鬱 ①
しおりを挟む
開けた週の始め、尾崎さんは出社しなかった。
葛城さんは来ていたけど、見事なくらいに私を無視した。
私も気にしないようにして、近寄らなかった。彼女がどこまで関わっていたのか、あるいはなかったのか、問い詰めようとは思わなかった。終わったことに振り回されたくない。
その後の話になるが、結局、尾崎さんは一ヶ月後に退社した。
溜まっていた有給を消化したらしく、ほとんど会社には来なかったらしいが、引き継ぎのために来る日を榛瑠が教えてくれて、そういった日は私はお弁当まで持参して、極力自分の部署の部屋から出ないようにした。
だから、一度も言葉を交わすことなく彼の姿は私の前から消えた。
佐藤さんの「なんか、急な話でさ、辞めるらしくて、あいつ。いつかは変な事言ってごめんね?」
と言う言葉になぜかホッとした。
それからしばらくして葛城さんは移動になり、その後辞めたらしい。それはもうすこし先の話だけど。
この件で、私の事が表に出た気配はなく、また、お父様から何か言ってくることもなかった。
榛瑠が全部自分のところで止めて処理したのだろう。
それも、詳しく聞かなかった。どうせ、教えてはくれないし、そういう事は聞かないようにしているから。
そんな日々の中、榛瑠の私に対する態度は相変わらずそっけなく、そして相変わらずやたらと仕事していて、私達の間に特に何の進展もなかった。
意外な一言を言ったのは鬼塚さんで、彼が唯一、「なんか、一花おかしくないか?緊張顔してなんだよ」って。
尾崎さんが出社予定の日だった。勘違いですよ、と笑いながら、鬼塚さんって本当に侮れない、と思った。
日々が過ぎて少し落ち着いたある日、お父様からいきなり食事のお誘いがあった。
「どうしたの?いきなり。お忙しいのに」
「つれないじゃないか、我が娘は」
高級ホテルのレストランから見える夜景は相変わらず綺麗で、食事に美味しさを加味する。父はニコニコしてなんだか楽しそうだった。
お父様と向き合うのは久しぶり。最近は全くというほど屋敷に戻ってこないし。
「お話があったのでしょう?何?」
まさかと思うけど、新しい縁談じゃないかと実はドキドキしていた。でも、榛瑠との話は一応継続中のはずだし。
「まあまあ。たまにはゆっくり食事でもしようと思っただけだよ。ここの料理好きだったろう?」
「うん……」
確かに美味しいけど……。まあいいか、久しぶりのお父様との時間を楽しもうっと。
「お、そうだ、忘れるところだった。来月の23日あけておきなさい」
「何かあるの?」
「群城グループの新社長の就任パーティーがある。一花も出席しなさい」
「群城?」
なんだっけ。
「知らないのか?前会長が亡くなって孫が後を継いだろう。ほら、お前たちと同じ学校だったはずだぞ。榛瑠の何期か上だったか」
あ、思い出した。
「群城先輩達だ、あ、そうなんだあ。確か榛瑠より二個上の生徒会のメンバーだよ。私は直接は知らないけど」
私はその頃まだ中等部だったもん。でも、群城家の双子は有名だった。二人ともそっくりなイケメンだったからなあ。
「それにしてもまだ若いのにね」
「他にいないからな、あそこは」
そうなんだ。後継かあ。我が家も他人事ではないけど。
「で、お前達はどうなっているんだ?」
はいっ?いきなりっ?
「な、何が?」
「お前と榛瑠だ、どうなっている?」
「どうって、どうも」
なんて説明すればいいのよ。それも父親相手に。
「そうか、一花はあいつと結婚する気は無いのか」
どうしよう、無いと言い切っていいものかな。でも……。
「考え中……」
ずっと拒んでいて調子がいいよね、私も。
いや、そんな事より、今って良いチャンスじゃない?
「あの、お父様、前から思っていたんだけど、榛瑠を直接後継者にしたらどうなの?私の夫とか言わず。彼は優秀だと思うよ」
「それは、もちろん優秀だ。だが、今の状態では無いな。最低限お前との結婚が大前提だ」
「なんで?私がいるせい?私はいいと思ってるよ」
わからない。こう言ってはなんだけど、そこらへんの御曹司よりよっぽどふさわしいと思うのに。
「お前の立場の問題もあるが、まず一義的に彼自身の問題だ」
「でも……」
「一花、お前の言いたいこともわかるが、榛瑠は自分のことをわかっているよ。賢い男だからね」
これ以上、口を出すなってことね。ああ、モヤモヤする。わっかんないし。
「でもそうか、一花は彼では駄目か」
「え、いや、そうじゃなくて、考え中だって言ったじゃない」
「そうだったな、でも思ったより慎重だね。よく知った男だろうに」
「まあ、知ってるぶん……」
我ながら歯切れが悪い。
「まあいい。どちらにしろ、もうすぐ三ヶ月だな。そろそろ答えを出すだろう、あいつも」
「……そういうものかしら?」
「なんだ、聞いてないのか」
なんのこと?
「彼にこの話を振った時に言ってあるんだ。三ヶ月だけ待つ、と。そろそろだろう?」
え?なに?聞いてない!タイムリミットがあるの?
「え、でも、なに?私の選択権は?」
「もちろん一花が選べばいい。だが、期限内に望ましい答えに行き着く手腕も必要だからね」
私は取引材料か!
「まあ、そんな顔するな。最終判断は君が下せばいいだけのことだ」
絶対お父様、仕事とごっちゃになってる。恋の話なのよ、私にとっては!そう簡単に割り切らないで!
お父様は笑うと、もうその話には触れなかった。
私はとにかく腹が立ったので、ワインをガブガブ飲んで気を晴らした。
葛城さんは来ていたけど、見事なくらいに私を無視した。
私も気にしないようにして、近寄らなかった。彼女がどこまで関わっていたのか、あるいはなかったのか、問い詰めようとは思わなかった。終わったことに振り回されたくない。
その後の話になるが、結局、尾崎さんは一ヶ月後に退社した。
溜まっていた有給を消化したらしく、ほとんど会社には来なかったらしいが、引き継ぎのために来る日を榛瑠が教えてくれて、そういった日は私はお弁当まで持参して、極力自分の部署の部屋から出ないようにした。
だから、一度も言葉を交わすことなく彼の姿は私の前から消えた。
佐藤さんの「なんか、急な話でさ、辞めるらしくて、あいつ。いつかは変な事言ってごめんね?」
と言う言葉になぜかホッとした。
それからしばらくして葛城さんは移動になり、その後辞めたらしい。それはもうすこし先の話だけど。
この件で、私の事が表に出た気配はなく、また、お父様から何か言ってくることもなかった。
榛瑠が全部自分のところで止めて処理したのだろう。
それも、詳しく聞かなかった。どうせ、教えてはくれないし、そういう事は聞かないようにしているから。
そんな日々の中、榛瑠の私に対する態度は相変わらずそっけなく、そして相変わらずやたらと仕事していて、私達の間に特に何の進展もなかった。
意外な一言を言ったのは鬼塚さんで、彼が唯一、「なんか、一花おかしくないか?緊張顔してなんだよ」って。
尾崎さんが出社予定の日だった。勘違いですよ、と笑いながら、鬼塚さんって本当に侮れない、と思った。
日々が過ぎて少し落ち着いたある日、お父様からいきなり食事のお誘いがあった。
「どうしたの?いきなり。お忙しいのに」
「つれないじゃないか、我が娘は」
高級ホテルのレストランから見える夜景は相変わらず綺麗で、食事に美味しさを加味する。父はニコニコしてなんだか楽しそうだった。
お父様と向き合うのは久しぶり。最近は全くというほど屋敷に戻ってこないし。
「お話があったのでしょう?何?」
まさかと思うけど、新しい縁談じゃないかと実はドキドキしていた。でも、榛瑠との話は一応継続中のはずだし。
「まあまあ。たまにはゆっくり食事でもしようと思っただけだよ。ここの料理好きだったろう?」
「うん……」
確かに美味しいけど……。まあいいか、久しぶりのお父様との時間を楽しもうっと。
「お、そうだ、忘れるところだった。来月の23日あけておきなさい」
「何かあるの?」
「群城グループの新社長の就任パーティーがある。一花も出席しなさい」
「群城?」
なんだっけ。
「知らないのか?前会長が亡くなって孫が後を継いだろう。ほら、お前たちと同じ学校だったはずだぞ。榛瑠の何期か上だったか」
あ、思い出した。
「群城先輩達だ、あ、そうなんだあ。確か榛瑠より二個上の生徒会のメンバーだよ。私は直接は知らないけど」
私はその頃まだ中等部だったもん。でも、群城家の双子は有名だった。二人ともそっくりなイケメンだったからなあ。
「それにしてもまだ若いのにね」
「他にいないからな、あそこは」
そうなんだ。後継かあ。我が家も他人事ではないけど。
「で、お前達はどうなっているんだ?」
はいっ?いきなりっ?
「な、何が?」
「お前と榛瑠だ、どうなっている?」
「どうって、どうも」
なんて説明すればいいのよ。それも父親相手に。
「そうか、一花はあいつと結婚する気は無いのか」
どうしよう、無いと言い切っていいものかな。でも……。
「考え中……」
ずっと拒んでいて調子がいいよね、私も。
いや、そんな事より、今って良いチャンスじゃない?
「あの、お父様、前から思っていたんだけど、榛瑠を直接後継者にしたらどうなの?私の夫とか言わず。彼は優秀だと思うよ」
「それは、もちろん優秀だ。だが、今の状態では無いな。最低限お前との結婚が大前提だ」
「なんで?私がいるせい?私はいいと思ってるよ」
わからない。こう言ってはなんだけど、そこらへんの御曹司よりよっぽどふさわしいと思うのに。
「お前の立場の問題もあるが、まず一義的に彼自身の問題だ」
「でも……」
「一花、お前の言いたいこともわかるが、榛瑠は自分のことをわかっているよ。賢い男だからね」
これ以上、口を出すなってことね。ああ、モヤモヤする。わっかんないし。
「でもそうか、一花は彼では駄目か」
「え、いや、そうじゃなくて、考え中だって言ったじゃない」
「そうだったな、でも思ったより慎重だね。よく知った男だろうに」
「まあ、知ってるぶん……」
我ながら歯切れが悪い。
「まあいい。どちらにしろ、もうすぐ三ヶ月だな。そろそろ答えを出すだろう、あいつも」
「……そういうものかしら?」
「なんだ、聞いてないのか」
なんのこと?
「彼にこの話を振った時に言ってあるんだ。三ヶ月だけ待つ、と。そろそろだろう?」
え?なに?聞いてない!タイムリミットがあるの?
「え、でも、なに?私の選択権は?」
「もちろん一花が選べばいい。だが、期限内に望ましい答えに行き着く手腕も必要だからね」
私は取引材料か!
「まあ、そんな顔するな。最終判断は君が下せばいいだけのことだ」
絶対お父様、仕事とごっちゃになってる。恋の話なのよ、私にとっては!そう簡単に割り切らないで!
お父様は笑うと、もうその話には触れなかった。
私はとにかく腹が立ったので、ワインをガブガブ飲んで気を晴らした。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる