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7. 不測の求愛者 ①
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翌日の昼、私は会社の入っているビルのロビーを、尾崎さんと二人で歩いていた。
佐藤さんは仕事で銀行に出たままで、篠山さんはと言うと、
「それ、絶対に一花さん目当てですって。二人で行ってください」
「違うってば」
「もう、絶対そうだから。私は行きませんからね。先輩頑張ってください。彼、なかなかかっこいいじゃないですか」
「だからあ」
「仕事もできるらしいですよ。お似合いですって、鬼塚さんみたいに怖くないし」
そんなわけで、二人だけでランチに行く羽目になってしまったのだ。正直、ふたりが不参加の時点でまた次の機会にと言われることを期待したが、そうはならなかった。
うーん、なんだか困る。何を話せば。お店はどうしたら?
そんな私の事情なんて関係なく尾崎さんは背中を見せて歩いている。お任せでいいのかなあ。
そうこう考えながら建物を出た時、榛瑠にすれ違った。午前中、外に出ていたのだ。
「勅使川原さん、休憩ですか?」
「あ、はい、課長、お疲れ様です。ランチしてきます」
そう言って、通り過ぎる。二人でいるところを見られて落ち着かない。
って、なんで、私が後ろめたく思わなくちゃいけないのよ!
「何か食べたいものありますか?」
尾崎さんが聞いてくれた。
「なんでも食べられます!たくさん食べられます!」
わ、なんかイライラついでに勢いよく言っちゃった。恥ずかしい。
尾崎さんは声を出して笑った。
尾崎さんとランチを一度一緒したからといって、私の生活に劇的な事が起こるわけでなく。
たまにフロアの廊下ですれ違うと立ち話をしたりするくらいだった。それでも、今までとは違ってずっと話すようになってはいたけど。
そういえば一度榛瑠に、「あの人はやめなさい。だいたい、お嬢様は男を見る目がないんですから」とか言われてめちゃくちゃムカついた事があったなあ。
ほんとに彼こそ何考えているんだか。一瞬、ヤキモチ?って思ったけど、すごく冷ややかな顔していて、何のことない、言葉通りだった。
そんなある日の朝、同じ部署の葛城さんに給湯室で声をかけられた。あまり話したことは無いのだけれど、背が高くて細身で髪が背中まである彼女は、なにげに目に入ってくる、少し寂しいような顔をした美人だった。
「合コン、ですか?」
私は給湯室から戻りながら聞き返してしまった。
「そう、第1営業と。合コンっていうより飲み会ね。私、以前あそこの部署だったでしょ、声かけられて。で、女の子誘って来いって言われちゃって」
ていうか、なんで私?
フロアに入ると、人がぼちぼち集まり出してザワザワしていた。もう仕事を始めている人もいる。
「おはようございます。……どうしたんですか?」
篠山さんがちょうど入ってきて、声をかけてくれた。葛城さんが説明する。篠山さんもどう?とお誘い付きで。
「え、いいじゃないですか、行きましょうよ。楽しそう」
「篠山さんは人が集まるところはなんでも楽しい人だもん」
私が言うと彼女は、
「そうですよ、合コン久しぶり、行きましょ、行きましょ。どうせ、一花さん真面目だからそういうのあんまり行ったことないんでしょう」
篠山さんがワザと意地悪く言う。
悔しいけど本当なんだよね。大学の時誘われて行ったけど、全然ノリについていけなくてやめてしまった。
それに、根本的なところで、そこで素敵な人に出会っても逆に困るのだ。恋にでも落ちたところで、その先の展望が思い描けないんだもの。
私の相手は必然的にうちの会社と家を継ぐ必要が出るんだから。そうそう、ただ好きと言うわけにはいかない。
そう思うと、私って、本当に恋愛に縁遠いんだよね。あーあ。
「おはようございます。楽しそうなのは結構ですが、入り口塞いでますよ?」
私たちの後ろから声がした。榛瑠が入ってきたところだった。
すみません、と二人が言う。篠山さんなんて露骨に嬉しそうだ。私は恋なんてものの事を考えていたせいか、妙に焦ってしまった。
「おはようございます、すみません」
そう言って退こうとして、自分で自分の片方の靴を踏んでしまって、あっと思った時には靴が片方脱げて飛んでいってしまった。
「す、すみません」
「何やってるんですか……」
榛瑠はそう呟いて靴を取ってくれる。
「わ、課長いいですから、すみません」
焦る。会社にいるときは基本的に上司と部下だし、自然とそういう気持ちになっているから、本当に焦る。
こんなことしないでください!靴とばした私が悪いんだけど。
「はい、どうぞ」
そう言って四条課長は屈んで靴を差し出した。
そしてそのまま靴を置くと思ったら、跪いて差し出した。
「!?」
なにやってるのこの人!
「どうぞ」
彼は靴を差し出したまま淡々とした表情で言う。やめてー!と叫びたい。フロアにいる人、みんな見てるよ!
でも、そのままやめそうにもないので、私は靴をそっと履いた。
榛瑠は立ち上がり際、そっと「ほどほどに」と私にささやくと、何食わぬ顔で自分のデスクに向かう。
「すごい!どきどきしたあ~、一花さんシンデレラみたい!」
篠山さんがこっそり言う。私は力なく笑った。
どこがシンデレラよ。ただの嫌がらせだし。榛瑠ってば何考えているのだか。
なんだか隣の葛城さんの視線が冷たい気がする。そりゃそうよね。なんの茶番よ。あーあ。もうイヤ!
佐藤さんは仕事で銀行に出たままで、篠山さんはと言うと、
「それ、絶対に一花さん目当てですって。二人で行ってください」
「違うってば」
「もう、絶対そうだから。私は行きませんからね。先輩頑張ってください。彼、なかなかかっこいいじゃないですか」
「だからあ」
「仕事もできるらしいですよ。お似合いですって、鬼塚さんみたいに怖くないし」
そんなわけで、二人だけでランチに行く羽目になってしまったのだ。正直、ふたりが不参加の時点でまた次の機会にと言われることを期待したが、そうはならなかった。
うーん、なんだか困る。何を話せば。お店はどうしたら?
そんな私の事情なんて関係なく尾崎さんは背中を見せて歩いている。お任せでいいのかなあ。
そうこう考えながら建物を出た時、榛瑠にすれ違った。午前中、外に出ていたのだ。
「勅使川原さん、休憩ですか?」
「あ、はい、課長、お疲れ様です。ランチしてきます」
そう言って、通り過ぎる。二人でいるところを見られて落ち着かない。
って、なんで、私が後ろめたく思わなくちゃいけないのよ!
「何か食べたいものありますか?」
尾崎さんが聞いてくれた。
「なんでも食べられます!たくさん食べられます!」
わ、なんかイライラついでに勢いよく言っちゃった。恥ずかしい。
尾崎さんは声を出して笑った。
尾崎さんとランチを一度一緒したからといって、私の生活に劇的な事が起こるわけでなく。
たまにフロアの廊下ですれ違うと立ち話をしたりするくらいだった。それでも、今までとは違ってずっと話すようになってはいたけど。
そういえば一度榛瑠に、「あの人はやめなさい。だいたい、お嬢様は男を見る目がないんですから」とか言われてめちゃくちゃムカついた事があったなあ。
ほんとに彼こそ何考えているんだか。一瞬、ヤキモチ?って思ったけど、すごく冷ややかな顔していて、何のことない、言葉通りだった。
そんなある日の朝、同じ部署の葛城さんに給湯室で声をかけられた。あまり話したことは無いのだけれど、背が高くて細身で髪が背中まである彼女は、なにげに目に入ってくる、少し寂しいような顔をした美人だった。
「合コン、ですか?」
私は給湯室から戻りながら聞き返してしまった。
「そう、第1営業と。合コンっていうより飲み会ね。私、以前あそこの部署だったでしょ、声かけられて。で、女の子誘って来いって言われちゃって」
ていうか、なんで私?
フロアに入ると、人がぼちぼち集まり出してザワザワしていた。もう仕事を始めている人もいる。
「おはようございます。……どうしたんですか?」
篠山さんがちょうど入ってきて、声をかけてくれた。葛城さんが説明する。篠山さんもどう?とお誘い付きで。
「え、いいじゃないですか、行きましょうよ。楽しそう」
「篠山さんは人が集まるところはなんでも楽しい人だもん」
私が言うと彼女は、
「そうですよ、合コン久しぶり、行きましょ、行きましょ。どうせ、一花さん真面目だからそういうのあんまり行ったことないんでしょう」
篠山さんがワザと意地悪く言う。
悔しいけど本当なんだよね。大学の時誘われて行ったけど、全然ノリについていけなくてやめてしまった。
それに、根本的なところで、そこで素敵な人に出会っても逆に困るのだ。恋にでも落ちたところで、その先の展望が思い描けないんだもの。
私の相手は必然的にうちの会社と家を継ぐ必要が出るんだから。そうそう、ただ好きと言うわけにはいかない。
そう思うと、私って、本当に恋愛に縁遠いんだよね。あーあ。
「おはようございます。楽しそうなのは結構ですが、入り口塞いでますよ?」
私たちの後ろから声がした。榛瑠が入ってきたところだった。
すみません、と二人が言う。篠山さんなんて露骨に嬉しそうだ。私は恋なんてものの事を考えていたせいか、妙に焦ってしまった。
「おはようございます、すみません」
そう言って退こうとして、自分で自分の片方の靴を踏んでしまって、あっと思った時には靴が片方脱げて飛んでいってしまった。
「す、すみません」
「何やってるんですか……」
榛瑠はそう呟いて靴を取ってくれる。
「わ、課長いいですから、すみません」
焦る。会社にいるときは基本的に上司と部下だし、自然とそういう気持ちになっているから、本当に焦る。
こんなことしないでください!靴とばした私が悪いんだけど。
「はい、どうぞ」
そう言って四条課長は屈んで靴を差し出した。
そしてそのまま靴を置くと思ったら、跪いて差し出した。
「!?」
なにやってるのこの人!
「どうぞ」
彼は靴を差し出したまま淡々とした表情で言う。やめてー!と叫びたい。フロアにいる人、みんな見てるよ!
でも、そのままやめそうにもないので、私は靴をそっと履いた。
榛瑠は立ち上がり際、そっと「ほどほどに」と私にささやくと、何食わぬ顔で自分のデスクに向かう。
「すごい!どきどきしたあ~、一花さんシンデレラみたい!」
篠山さんがこっそり言う。私は力なく笑った。
どこがシンデレラよ。ただの嫌がらせだし。榛瑠ってば何考えているのだか。
なんだか隣の葛城さんの視線が冷たい気がする。そりゃそうよね。なんの茶番よ。あーあ。もうイヤ!
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