天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

文字の大きさ
上 下
18 / 50

6. 不意の昼食会 ②

しおりを挟む
篠山さんが案内してくれたお店はランチということもあってか混んでいた。

少し待ってから案内され、四人がけテーブルに二人で座る。オーダーして待っていると、相席をお願いされた。

「あ、佐藤先輩、どうぞどうぞ、いいですよね?」

篠山さんが私に確認する。もちろん、と答える。同じ課の佐藤さんと、もう一人の男性は……

「あ、こっちは同期で営業一課の尾崎、こちらはうちの部の篠山さんと、」

「勅使川原さんですよね、以前営業二課にいた」

私は頷いた。どうして知っているのだろう。その思いが顔に出たのか、尾崎さんが続けて言った。

「鬼塚係長と組んでたでしょう、よく怒られてたの見かけたので」

「うわっ、恥ずかしいんですけど。できれば忘れてください」

「そう言いながらいまだに一花さん、係長に怒られてますよね」

篠山さんが明るい声で言うと笑った。

そうなのよね、なんでかわからないけど、縁が切れないと言うか……。

「もしかして鬼塚さんと付き合っているとか?」

はい⁉︎ 何言ってるの、この尾崎さんって人⁉︎

「ち、ちがいます、なんですかそれ、ありえませんから!」

私は首を振りながら全力で否定した。

その場のみんなが笑う。冗談かあ、あーびっくりした。

そうこうしてるうちに私たちのトンカツ定食がきた。男性二人に断って先にいただく。

ここは結構以前からあるらしい少し古びたトンカツ屋さんなんだけど、その分、画一的な味じゃなくて美味しかった。

衣サクサクだし、お肉はジューシーだし、熱々を口にすると、油がじゅわって。添えられた自家製の白菜の漬け物も、さっぱりとして、みずみずしくて、口直しにも最高。あーおいしい!

家では基本的に体のことを考えた、ヘルシーで添加物なんかも出来るだけ排除したものが出される。

それはもちろんおいしいし、ありがたいのだけれど、でも正直、働きに出て何が嬉しかったって、このなんでも好きなものを選んで食べられるランチタイムだった。

「二人ともおいしそうに食べるねえ」

佐藤さんが言った。なんだか急に恥ずかしくなる。

「美味しいもの食べてるんだから当たり前ですって」

篠山さんが言い返す。

それはそうだ、と佐藤さんが明るい声で笑った。

佐藤さんは、国際事業部の中で特に目立つ方ではなかったが、丁寧な仕事ぶりとやわらかな明るさを持った人で、多分、この人を悪く言う人はいないのではないか、と思わせる人だ。

となりに座ってる尾崎さんって人は、はっきりとした顔立ちでカッコいいと言ってもいい容姿だと思うし、落ち着いていて、なんだろ、自信みたいのが透けて見える。多分この人、営業成績良いのではないだろうか。

後からきた男性二人が食べ終わる頃、私と篠山さんはゆっくりデザートを味わっていた。

手作りわらび餅。わらび粉で作ったわけではなさそうだが、でも冷たくて、きな粉がほんのり甘くて、ぷるんとしてて、自然に口元が微笑んでしまう。

榛瑠の作る和菓子もそういえば結構おいしいんだよね、今度わらび餅作ってもらおうかなあ……。
って、ちがうでしょ、一花。

「ああ、やっぱりデザート券無駄にしなくてよかったあ」

篠山さんが食べながら言う。

「本当だね、ありがとうね、誘ってくれて」

「いえ、いえ、一花さんとご飯するの嬉しいです。また一緒してくださいね」

篠山さんがそう言ってくれて、なんだか嬉しい気持ちになる。

「あれだね、勅使川原さんってすごく綺麗に食べるね」

尾崎さんが唐突に言った。え、たしかに残さず食べるけど!?食べすぎかな。なんか、ちょっと恥ずかしいかも。

「そうなんですよ、一花さん、食べる所作がすごい綺麗なの」

篠山さんが言う。あ、そっち。でも、そうかなあ。

「そうかな、特に気にしてないんだけど」

「一花さん、仕事中なんかも姿勢いいよね。見てて気持ちがいいくらい」

今度は佐藤さんだ。

「ありがとうございます。そんなに言っても、何にも出ませんからね」

嬉しいんだけど、なんだかこそばゆい。

「もう、一花先輩、自己評価低すぎなんだからあ」

「そんなことないと思うんだけどなあ」

「二人ともうちの部の人気者だよ」

「でしょ、佐藤先輩、わかってる!」

篠山さんの言葉にみんなで笑う。

それから四人揃って店を出て、話しながら会社まで歩いた。天気がよくって暖かい。

美味しいもの食べたし、また午後から頑張らなくっちゃ。

「あれ、課長じゃない?」

篠山さんがいきなり立ち止まって言った。視線の先、車道を超えた向こう側の歩道を四条課長が歩いていた。

「一緒にいるのって早川女史?」

彼の横に女性がいた。うちの会社の秘書課でチーフをしている早川さんだった。

早川さんは、いい女ってこう言う人なのだろうと思わせる人だった。

ハイヒールの似合う細い足首、すらっと長い足、形のいいヒップとくびれた腰、整った胸と小さい頭と、そして整いすぎて美しさを忘れそうな顔立ち。豊かな髪をストイックに結んで、さっそうと歩く。

当然仕事もできて、欠点が見当たらない。お父様も彼女をとても評価しているのを知ってる。本当にこんな人も世の中にはいるのよねえ。
我が社の男性社員だけでなく、外部でもファンは多い。

「相変わらず綺麗だな、女史」

尾崎さんが言った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...