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6. 不意の昼食会 ①
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月曜日、私は横目でチラチラ榛瑠の座るデスクを見ていた。
週末、私が寝ている明け方の内に彼は帰ってしまっていた。
熱は下がったのかな。見る限り大丈夫そうだけど、どうなのかしら。見た感じがあてにならない人だから……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、榛瑠がフロアの先にある休憩スペースにいるのがちらっと見えた。自販機やカウンターなどがある広いスペースだ。
いつもは人がいるけれどこの時間は珍しくいない。
私は思い切って声をかけた。
「四条課長、今いいですか?」
「どうかしましたか?」
榛瑠が自販機のコーヒーを飲みながら言う。
私は近づくと、小さい声で言った。
「熱、下がったの?」
「大丈夫ですよ、ご心配をおかけしました」
榛瑠はいつもの淡々とした声で言う。
私は本当は内心ドキドキしていた。あんまり近づきたくない、のか、近づきたいのかも混乱している。
でも、こういう時はためらっていると、どんどんおかしな方向に行っちゃうからね。
「本当に下がったの?仕事して平気?」
「平気ですよ、そう見えませんか?」
見た感じで判断できないから聞いてるんでしょ。
榛瑠が声を落として言った。
「お嬢様には大変ご迷惑をおかけしました。いろいろと」
……急に色々フラッシュバックしてきた。顔がほてるのがわかる。ていうか、榛瑠、絶対、今、笑ったでしょ!
「ほんと、ダメダメに弱ってたよね」
頑張って嫌味を言ってみる。
「弱るのもたまにはいいんじゃないですか、お互いに」
お互いってなによ、私は別に!
言い返そうとした時、別の聞き慣れた声がした。
「四条、ここにいたのか。なんだ、一花何やってるんだ?」
「鬼塚さん……」
私は急な係長の登場に、気持ちをお嬢様から戻しきれなくて内心慌てた。
でも、榛瑠は少しも慌てず言った。
「いえ、昨日少し調子を崩したことを口にしたら心配してくれたみたいで。大丈夫なんですけど」
「へ、なに、風邪でもひいたか?」
「まあ、でも大した事ありません」
だから、こっちは心配したんだってば!なんでわかんないのかしら。
「なら、平気だな。仕事してれば治るわ」
鬼塚さんが興味なさそうに言う。本当に、この人たちは!ものすごく同類!
「あの、お言葉ですが、体調と気力は別問題だと思います」
「なんだ、急にどうした一花」
私の勢いに鬼塚さんが面食らったように言う。でも、言わせていただきます!
「お二人とも脳みその欲求にばかり目を向けすぎです」
「なんだそれ」
「ああしたいとか、こうしたいとか、売り上げあげたいとか、タスクを完了したいとか、競争を勝ち抜きたいとか、お金儲けたいとか、女性を手に入れたいとか、えっと、もう、そんなんばっかり!」
「四条、女欲しいの?」
鬼塚さんが榛瑠に言う。
「どうでしょう」
「とにかくそんなんばっか。もっと体の欲求にも耳を傾けるべきです」
「は?」
鬼塚さんが呆れた顔をする。いいもん。こういうことで本気で怒らないこと、わかってるもの。そこ、付け込ませていただきます。
「ちゃんと体の声も聞くべきです。疲れたとか、休みたいとか、聞いてください。だいたい、上司なんて、休むのも仕事のうちですから!うちの会社をブラック化しないでくださいね」
私は言いたいこというと、お時間取らせました、と一礼してその場を離れた。
「なんなんだアレ」
「面白いですね」
「上司に意見したままずらかりやがったけど」
「悪気はないんですよ」
「男が体の欲求に耳を傾けるって、どういう意味になるかわかってないな」
「……純粋培養ですから」
「え?なんだって?」
「いえ、別に。ところで私に何か用でしたか、鬼塚係長」
「お、そうだった。この前の、ミャンマーの工場の件なんだが……」
なんて会話が繰り広げられたことなど、その時の私はもちろん知らないまま、自分のデスクに戻る。
榛瑠はともかく鬼塚さんには流石にまずかったかしら。でも、あの人の下について見てた時もひどかったんだもの。
「どうしたんですか、一花さん」
憮然とした顔をしてたからか、篠山さんが声をかけてきた。
「うん、ちょっと、落ち込むというか、あって。でも、大丈夫」
「なら、あれですよ、やっぱりお肉です!」
はい?
「今日、ランチでトンカツどうですか?行きましょう!」
「いいけど」
「やった!実はデザートサービス券が今日までだったんですけど、トンカツ付き合ってくれる子なかなかいなくて、でも、美味しいですから。大丈夫です!美味しいお肉は無敵です」
この前の焼肉といい、お肉好きなんだなあ。
「うん、お昼楽しみにしてるね。……あの、林さんは?」
私は隣の林さんに声をかけた。船の行方不明の一件から私はなんとなく気まずいままなんだけど、林さんはこれといって気にしてるそぶりは見えない。
「私はお弁当持ってきているから」
「すっごくヘルシーで綺麗なお弁当なんですよ。ご自分で手作りされてて。ヴィーガンに挑戦してるんですって」
篠山さんが言う。
「へえ、すごいなあ」
確かに綺麗なお弁当をいつも持ってきているのは知ってる。そうだったんだ。
でも、今日はお肉派の気分です!
週末、私が寝ている明け方の内に彼は帰ってしまっていた。
熱は下がったのかな。見る限り大丈夫そうだけど、どうなのかしら。見た感じがあてにならない人だから……。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、榛瑠がフロアの先にある休憩スペースにいるのがちらっと見えた。自販機やカウンターなどがある広いスペースだ。
いつもは人がいるけれどこの時間は珍しくいない。
私は思い切って声をかけた。
「四条課長、今いいですか?」
「どうかしましたか?」
榛瑠が自販機のコーヒーを飲みながら言う。
私は近づくと、小さい声で言った。
「熱、下がったの?」
「大丈夫ですよ、ご心配をおかけしました」
榛瑠はいつもの淡々とした声で言う。
私は本当は内心ドキドキしていた。あんまり近づきたくない、のか、近づきたいのかも混乱している。
でも、こういう時はためらっていると、どんどんおかしな方向に行っちゃうからね。
「本当に下がったの?仕事して平気?」
「平気ですよ、そう見えませんか?」
見た感じで判断できないから聞いてるんでしょ。
榛瑠が声を落として言った。
「お嬢様には大変ご迷惑をおかけしました。いろいろと」
……急に色々フラッシュバックしてきた。顔がほてるのがわかる。ていうか、榛瑠、絶対、今、笑ったでしょ!
「ほんと、ダメダメに弱ってたよね」
頑張って嫌味を言ってみる。
「弱るのもたまにはいいんじゃないですか、お互いに」
お互いってなによ、私は別に!
言い返そうとした時、別の聞き慣れた声がした。
「四条、ここにいたのか。なんだ、一花何やってるんだ?」
「鬼塚さん……」
私は急な係長の登場に、気持ちをお嬢様から戻しきれなくて内心慌てた。
でも、榛瑠は少しも慌てず言った。
「いえ、昨日少し調子を崩したことを口にしたら心配してくれたみたいで。大丈夫なんですけど」
「へ、なに、風邪でもひいたか?」
「まあ、でも大した事ありません」
だから、こっちは心配したんだってば!なんでわかんないのかしら。
「なら、平気だな。仕事してれば治るわ」
鬼塚さんが興味なさそうに言う。本当に、この人たちは!ものすごく同類!
「あの、お言葉ですが、体調と気力は別問題だと思います」
「なんだ、急にどうした一花」
私の勢いに鬼塚さんが面食らったように言う。でも、言わせていただきます!
「お二人とも脳みその欲求にばかり目を向けすぎです」
「なんだそれ」
「ああしたいとか、こうしたいとか、売り上げあげたいとか、タスクを完了したいとか、競争を勝ち抜きたいとか、お金儲けたいとか、女性を手に入れたいとか、えっと、もう、そんなんばっかり!」
「四条、女欲しいの?」
鬼塚さんが榛瑠に言う。
「どうでしょう」
「とにかくそんなんばっか。もっと体の欲求にも耳を傾けるべきです」
「は?」
鬼塚さんが呆れた顔をする。いいもん。こういうことで本気で怒らないこと、わかってるもの。そこ、付け込ませていただきます。
「ちゃんと体の声も聞くべきです。疲れたとか、休みたいとか、聞いてください。だいたい、上司なんて、休むのも仕事のうちですから!うちの会社をブラック化しないでくださいね」
私は言いたいこというと、お時間取らせました、と一礼してその場を離れた。
「なんなんだアレ」
「面白いですね」
「上司に意見したままずらかりやがったけど」
「悪気はないんですよ」
「男が体の欲求に耳を傾けるって、どういう意味になるかわかってないな」
「……純粋培養ですから」
「え?なんだって?」
「いえ、別に。ところで私に何か用でしたか、鬼塚係長」
「お、そうだった。この前の、ミャンマーの工場の件なんだが……」
なんて会話が繰り広げられたことなど、その時の私はもちろん知らないまま、自分のデスクに戻る。
榛瑠はともかく鬼塚さんには流石にまずかったかしら。でも、あの人の下について見てた時もひどかったんだもの。
「どうしたんですか、一花さん」
憮然とした顔をしてたからか、篠山さんが声をかけてきた。
「うん、ちょっと、落ち込むというか、あって。でも、大丈夫」
「なら、あれですよ、やっぱりお肉です!」
はい?
「今日、ランチでトンカツどうですか?行きましょう!」
「いいけど」
「やった!実はデザートサービス券が今日までだったんですけど、トンカツ付き合ってくれる子なかなかいなくて、でも、美味しいですから。大丈夫です!美味しいお肉は無敵です」
この前の焼肉といい、お肉好きなんだなあ。
「うん、お昼楽しみにしてるね。……あの、林さんは?」
私は隣の林さんに声をかけた。船の行方不明の一件から私はなんとなく気まずいままなんだけど、林さんはこれといって気にしてるそぶりは見えない。
「私はお弁当持ってきているから」
「すっごくヘルシーで綺麗なお弁当なんですよ。ご自分で手作りされてて。ヴィーガンに挑戦してるんですって」
篠山さんが言う。
「へえ、すごいなあ」
確かに綺麗なお弁当をいつも持ってきているのは知ってる。そうだったんだ。
でも、今日はお肉派の気分です!
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