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5. 惑溺の低気圧 ③
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もし、って考える。もし、私がこの家の娘でなかったら?もし、彼が引き取られてなかったら?
もし、普通に課長と部下として出会ってたら?もし……。
そんなタラレバは無意味なのは知ってる。そして、もしそうだったら……、
出来の悪い部下として課長に認識されていた、というだけだっただろう。それだけ。
思わずため息が出てしまう。ああ、もう、スヤスヤ寝てるし!
……本気で怒れないのは好きだから。
そして悲しいのは愛されてないから。
9年いなくていきなり現れて、結婚の理由が愛しているから、なんてありえないことぐらいわかる。
今でもお嬢様として大事に思ってくれているのは感じる。でも………。
……別にね、結婚にはそれほど夢はもっていないの。というより、この家に生まれた者としての義務の一つだと思う。
だから、ものすごく嫌いでなければいいし、相手にも、嫌われてなければいいよね?ぐらいに思っている。
だから、お父様が選んだ人で、向こうも選んでくださるならそれでいい。
……榛瑠以外なら。うん。
きっと、彼もそのうち諦める。っていうか、それとは別に普通にお父様の後継者になればいいのよ。もうほとんど、うちの子なんだから。
そう思って、ちょっと笑ってしまった。子って大きさじゃないわ、この人。
客用ベットが小さく感じるもん。でも、体に比べて頭は小さい。脳みそもきっと小さいはずなのに、なんであんなに使えるのかしら。
……頭小さいのにおでこ広いのすき。それを隠す柔らかい髪がすき。スーツの時は髪分けちゃっててちょっとガッカリする。
でも、ときどき、乱れて額に落ちてるのが好き。まつげも長いしなあ。
それから、光の具合によっては金色に見える瞳が好き。
初めて会ったとき、あなたは8歳で、いかにも取り急ぎ揃えたというような、子供用のスーツを着せられて私の前に立っていた。
それまで見たことのないくらい綺麗な子だった。男の子なのか女の子なのかもすぐには分からなかった。
だから、私は思った。お空へ行かれたお母様が代わりに遣わしてくださった天使様に違いないって。
……全然違ったけどね。ほんっとに違ったけどね。
すぐに家出騒ぎ起こして大変だったみたいだし。私はあんまり覚えて無いけど。
そっか、当時も家出したっけ。じゃあ、この前は2回目だわ。きっと次もあるに違いないわよ。
そんな人、側にいらない。
……熱、下がったのかしら。
手を彼の額にあてる。熱も少しは落ち着いた気がする。
そして気づいたら、榛瑠の額にキスしていた。
何してるの、私!
「え、きゃっ」
慌てた弾みでバランス崩して、床にしりもちをついた。あー、いい加減にしなさいよ、一花。
「う……」
声がした。起こしちゃったじゃない!もう、私のバカ!
「お嬢様?」
榛瑠がゆっくり半身を起こした。
「ごめんね、様子見に来ただけなの。まだ寝てて」
「……いや、大丈夫、だいぶ気分いいです。……でも汗をかいて気持ち悪いな……。嶋さんがそこに着替えを用意していってくれたんですが」
「あ、これ」
サイドテーブルにあった白い新しいTシャツを渡す。
「ありがとうございます」
そう言って榛瑠は受け取ると、その場で着ているTシャツを脱ぎ始めた。
なんで、人がいる前で平気で脱ぐのよ!信じられない!私は慌てて違う方向をむく。
「着替えた服、洗ってもらっておくわ。あなたはもう少し休んで」
私は目をそらしながら言った。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。自分でできますから」
そう言って、榛瑠はベットから降りようとした。
「ちょっと、何してるの⁈」
「起きるんです。だいぶ良くなったので」
「まだ熱っぽいわよ、休んで無いとダメ。ほら、ベットに戻って」
私はそう言って、榛瑠をベットに押しやる。
「本当に大丈夫ですよ。まだやることもあるし」
なんか、怒れちゃう。人が心配してるのに。
「絶対だめ。はい、寝ましょう」
そう言って、上布団をかける。榛瑠が軽くため息をつく。
「あのね、お嬢様」
そう言ってまた起き上がろうとする。もう、意地でも寝かしてやるっ。
私は、ベットの上に上ると、榛瑠に頭から布団をかけて押さえつけた。もちろん力ではかなわないけど、意外に抵抗されなかった。観念したかな?
って、あれ?なんか、動かないよ?あれ、あれ?
「榛瑠?ごめん、大丈夫?苦しかった?」
私は顔にかかっていた上布団をあわててめくった。
榛瑠は全く苦しそうではなかったけれど、静かに目を閉じて上を向いていた。
「榛瑠?」
彼がゆっくり目をあけた。金色の瞳が私を見上げる。
やばい、と思った。
彼が手を伸ばして、私の髪を撫でた。どうしよう、動けない。
榛瑠は無表情なまま私を見ていた。その瞳から何も読み取れない。
なのに髪を撫でる手が優しくてどうしたらいいかわからない。
私、いまどんな顔をしてるだろう。
どうしよう、動けない。
榛瑠の手に力が加わる。私の頭が降りていく。
唇が軽く触れる。それだけで体が一瞬しびれる。ああそうか、私、知らないうちに毒を盛られていたんだ。
榛瑠が私を抱きとめて、気づくと、彼が上から見下ろしていた。
相変わらず無表情な綺麗な顔で。
顔が近付いてきて、目を閉じる。首筋に触れるものがあった。それから、頬、額、まぶた…。
痺れたように動けない。この、綺麗な堕天使に、少しづつ、毒を盛られていたんだ。気づかないうちに少しづつ。
そして、気づいた時には動けなくなっている。
唇に、ふれた。舌。
激しくはなかった。でも、優しくもない。
私、食べられてる。
もし、普通に課長と部下として出会ってたら?もし……。
そんなタラレバは無意味なのは知ってる。そして、もしそうだったら……、
出来の悪い部下として課長に認識されていた、というだけだっただろう。それだけ。
思わずため息が出てしまう。ああ、もう、スヤスヤ寝てるし!
……本気で怒れないのは好きだから。
そして悲しいのは愛されてないから。
9年いなくていきなり現れて、結婚の理由が愛しているから、なんてありえないことぐらいわかる。
今でもお嬢様として大事に思ってくれているのは感じる。でも………。
……別にね、結婚にはそれほど夢はもっていないの。というより、この家に生まれた者としての義務の一つだと思う。
だから、ものすごく嫌いでなければいいし、相手にも、嫌われてなければいいよね?ぐらいに思っている。
だから、お父様が選んだ人で、向こうも選んでくださるならそれでいい。
……榛瑠以外なら。うん。
きっと、彼もそのうち諦める。っていうか、それとは別に普通にお父様の後継者になればいいのよ。もうほとんど、うちの子なんだから。
そう思って、ちょっと笑ってしまった。子って大きさじゃないわ、この人。
客用ベットが小さく感じるもん。でも、体に比べて頭は小さい。脳みそもきっと小さいはずなのに、なんであんなに使えるのかしら。
……頭小さいのにおでこ広いのすき。それを隠す柔らかい髪がすき。スーツの時は髪分けちゃっててちょっとガッカリする。
でも、ときどき、乱れて額に落ちてるのが好き。まつげも長いしなあ。
それから、光の具合によっては金色に見える瞳が好き。
初めて会ったとき、あなたは8歳で、いかにも取り急ぎ揃えたというような、子供用のスーツを着せられて私の前に立っていた。
それまで見たことのないくらい綺麗な子だった。男の子なのか女の子なのかもすぐには分からなかった。
だから、私は思った。お空へ行かれたお母様が代わりに遣わしてくださった天使様に違いないって。
……全然違ったけどね。ほんっとに違ったけどね。
すぐに家出騒ぎ起こして大変だったみたいだし。私はあんまり覚えて無いけど。
そっか、当時も家出したっけ。じゃあ、この前は2回目だわ。きっと次もあるに違いないわよ。
そんな人、側にいらない。
……熱、下がったのかしら。
手を彼の額にあてる。熱も少しは落ち着いた気がする。
そして気づいたら、榛瑠の額にキスしていた。
何してるの、私!
「え、きゃっ」
慌てた弾みでバランス崩して、床にしりもちをついた。あー、いい加減にしなさいよ、一花。
「う……」
声がした。起こしちゃったじゃない!もう、私のバカ!
「お嬢様?」
榛瑠がゆっくり半身を起こした。
「ごめんね、様子見に来ただけなの。まだ寝てて」
「……いや、大丈夫、だいぶ気分いいです。……でも汗をかいて気持ち悪いな……。嶋さんがそこに着替えを用意していってくれたんですが」
「あ、これ」
サイドテーブルにあった白い新しいTシャツを渡す。
「ありがとうございます」
そう言って榛瑠は受け取ると、その場で着ているTシャツを脱ぎ始めた。
なんで、人がいる前で平気で脱ぐのよ!信じられない!私は慌てて違う方向をむく。
「着替えた服、洗ってもらっておくわ。あなたはもう少し休んで」
私は目をそらしながら言った。
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。自分でできますから」
そう言って、榛瑠はベットから降りようとした。
「ちょっと、何してるの⁈」
「起きるんです。だいぶ良くなったので」
「まだ熱っぽいわよ、休んで無いとダメ。ほら、ベットに戻って」
私はそう言って、榛瑠をベットに押しやる。
「本当に大丈夫ですよ。まだやることもあるし」
なんか、怒れちゃう。人が心配してるのに。
「絶対だめ。はい、寝ましょう」
そう言って、上布団をかける。榛瑠が軽くため息をつく。
「あのね、お嬢様」
そう言ってまた起き上がろうとする。もう、意地でも寝かしてやるっ。
私は、ベットの上に上ると、榛瑠に頭から布団をかけて押さえつけた。もちろん力ではかなわないけど、意外に抵抗されなかった。観念したかな?
って、あれ?なんか、動かないよ?あれ、あれ?
「榛瑠?ごめん、大丈夫?苦しかった?」
私は顔にかかっていた上布団をあわててめくった。
榛瑠は全く苦しそうではなかったけれど、静かに目を閉じて上を向いていた。
「榛瑠?」
彼がゆっくり目をあけた。金色の瞳が私を見上げる。
やばい、と思った。
彼が手を伸ばして、私の髪を撫でた。どうしよう、動けない。
榛瑠は無表情なまま私を見ていた。その瞳から何も読み取れない。
なのに髪を撫でる手が優しくてどうしたらいいかわからない。
私、いまどんな顔をしてるだろう。
どうしよう、動けない。
榛瑠の手に力が加わる。私の頭が降りていく。
唇が軽く触れる。それだけで体が一瞬しびれる。ああそうか、私、知らないうちに毒を盛られていたんだ。
榛瑠が私を抱きとめて、気づくと、彼が上から見下ろしていた。
相変わらず無表情な綺麗な顔で。
顔が近付いてきて、目を閉じる。首筋に触れるものがあった。それから、頬、額、まぶた…。
痺れたように動けない。この、綺麗な堕天使に、少しづつ、毒を盛られていたんだ。気づかないうちに少しづつ。
そして、気づいた時には動けなくなっている。
唇に、ふれた。舌。
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私、食べられてる。
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