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5. 惑溺の低気圧 ①
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時折吹く強風が窓ガラスに雨を打ち付けていた。
朝方から降り出した雨はだんだんと激しくなり、午後に入る頃には嵐のようになっていた。
「はあ」
私は自室のベットの上で寝転びながら窓の外を見た。なんでこんな天気の日に、わざわざ榛瑠はうちに来ているのだろう。
本人に聞けばいいことだが、まだ顔を合わせていない。
昨晩のことが色々気になって、逆に顔を合わせられなかった。
昨日は結局、榛瑠はサトさんとどこかへ飲みに行ってしまったのだ。ついていくと言う美園さんを穏やかに、だけど有無を言わせず拒否して。
残されたメンバーは何となくみんなキョトンとしていた。今頃いろんなところにいろんな情報が飛び交っていて、月曜日までには何らかのストーリーが出来上がっているにちがいない。
榛瑠にしては珍しく失態に思える。それとも、そんな事は気にならないのかな。
なんだかすごく楽しそうだったし。日本に戻ってきてからあんな表情の彼を見たのは初めてな気がする。
そんな事を考えながらゴロゴロしていると部屋がノックされた。
返事をすると、うちで働いてくれている女性が顔を出し、お茶とお菓子を部屋に持ってくるか聞いてくれる。
「そうね。ううん、やっぱりいつもの部屋でお願いします」
彼女が出て行ってから一呼吸置いて自室を出る。
ダイニングとは違う、軽食をとったりするこじんまりとした部屋へ向かう。
扉を開ける前に軽く深呼吸をした。多分、ここにヤツはいる。
開けると案の定、榛瑠がいてノートパソコンにむかっていた。
すでにお茶一式が用意されている。丸テーブルの彼の横の席に。いつもならそこで問題ないんだけどね……。
「邪魔ならどきますが」
榛瑠はちらっとこちらを向いて言った。
「大丈夫よ」
そう言って私も座る。なーんかね、気まずいんだよね。
でも極力、素知らぬふりをしてお茶をいただく。
榛瑠は右肘をついて顎を支えながら左手でスクロールしている。なんだかいつもより機嫌悪い気が……。
二日酔い?まさかね。
窓に何かがあたる音がして、見ると、風に飛ばされた葉があたったようだった。
おやつはマカロンだった。私の好きなお店のものだ。うれしい。思わず顔がほころんじゃう。
その可愛らしいお菓子を口にしながら、そういえば、最初にこのお菓子を食べたのは榛瑠が作ったものだったな、と思い出す。
あ、やだ、変なことに気づいちゃった。
私、もしかしてこの先もおかしを食べるたびに似たようなことを思うんじゃあ……。
どこかで恋人らしき人とお茶をしている妄想が頭に浮かぶ。で、デザートに出てくるお菓子を見て……。
私は、軽く頭をふった。やめよう、冗談にならない。
榛瑠は話しかけてこない。私は沈黙に耐えかねて言ってみた。
「昨日は遅かったの?」
「そんなことはありません、雨が降り出す前には帰りました」
彼はパソコンを見たまま言う。って、それほとんど夜明けじゃないの⁈ もう、何やってたんだか。……カンケイナイケド。
「お嬢様こそ無事帰られましたか?」
榛瑠が私を見て言った。
「うん、帰ったよ。鬼塚さんが途中まで送ってくれたし。って、昨日の夜にも説明したよ?」
昨夜遅く榛瑠はわざわざ家まで電話してきたのだ。
「そうですけど。家についているからって必ず無事とは限りませんし」
この人、なんの心配してるのかしら。
「心配しすぎだよ。だいたい、榛瑠が鬼塚さんに私のこと送れって頼んだんじゃない。鬼塚さん気を使って、わざわざ遠回りまでしてくれたのに!榛瑠は遊びに行っちゃったくせに!」
そうよ、榛瑠が去り際、酔っていて心配だからよろしくとかなんとか言うから!って、私、駄々っ子みたいなこと言ってないよね?
「そうですね。すみませんでした。ちゃんと私がお送りしたかったのですが、サトがあなたのことを感づいていたようだったので、とりあえず引き離すのを優先しました。すみません」
「え、そうなの?彼、じゃなくて、彼女、昔の知り合い?」
榛瑠は頷くと、また、画面を見る。深入りした話をしたがってないのが丸わかりなんだけど。
でも、私のせいだったのか。ごめんなさい。
また、会話がなくなる。
手持ち無沙汰なせいもあって、なんとなく榛瑠が何をしているのか知りたくなった。
立ち上がって彼の左肩後方からそっと覗き込む。画面がなんなのか全然わからない。だって、全部英語なんだもの。
榛瑠は気にしたそぶりもなく英文を読み続けている。
そうなんだよね、と思う。
実は大概、彼のやっていることなんてわからない。今もだけど、子供の時の三歳差は大きくて側にいるくせに分からなかった。榛瑠が高等部で生徒会長だった時なんて、私は中等部で、友達と一緒にその活躍を噂で聞くという感じで。
そのくせ家に帰ると、手作りおやつを作って待っていてくれたりするものだから、なんだか嬉しくてせつなくていっぱいワガママ言った気がする。
だからかなあ……。
って、やめよう。彼がいなくなった理由を探すのは。
なんにしろ、もう時間は過ぎていってしまっているのだから。
沈黙が続く。
雨は変わらず降り続いている。
朝方から降り出した雨はだんだんと激しくなり、午後に入る頃には嵐のようになっていた。
「はあ」
私は自室のベットの上で寝転びながら窓の外を見た。なんでこんな天気の日に、わざわざ榛瑠はうちに来ているのだろう。
本人に聞けばいいことだが、まだ顔を合わせていない。
昨晩のことが色々気になって、逆に顔を合わせられなかった。
昨日は結局、榛瑠はサトさんとどこかへ飲みに行ってしまったのだ。ついていくと言う美園さんを穏やかに、だけど有無を言わせず拒否して。
残されたメンバーは何となくみんなキョトンとしていた。今頃いろんなところにいろんな情報が飛び交っていて、月曜日までには何らかのストーリーが出来上がっているにちがいない。
榛瑠にしては珍しく失態に思える。それとも、そんな事は気にならないのかな。
なんだかすごく楽しそうだったし。日本に戻ってきてからあんな表情の彼を見たのは初めてな気がする。
そんな事を考えながらゴロゴロしていると部屋がノックされた。
返事をすると、うちで働いてくれている女性が顔を出し、お茶とお菓子を部屋に持ってくるか聞いてくれる。
「そうね。ううん、やっぱりいつもの部屋でお願いします」
彼女が出て行ってから一呼吸置いて自室を出る。
ダイニングとは違う、軽食をとったりするこじんまりとした部屋へ向かう。
扉を開ける前に軽く深呼吸をした。多分、ここにヤツはいる。
開けると案の定、榛瑠がいてノートパソコンにむかっていた。
すでにお茶一式が用意されている。丸テーブルの彼の横の席に。いつもならそこで問題ないんだけどね……。
「邪魔ならどきますが」
榛瑠はちらっとこちらを向いて言った。
「大丈夫よ」
そう言って私も座る。なーんかね、気まずいんだよね。
でも極力、素知らぬふりをしてお茶をいただく。
榛瑠は右肘をついて顎を支えながら左手でスクロールしている。なんだかいつもより機嫌悪い気が……。
二日酔い?まさかね。
窓に何かがあたる音がして、見ると、風に飛ばされた葉があたったようだった。
おやつはマカロンだった。私の好きなお店のものだ。うれしい。思わず顔がほころんじゃう。
その可愛らしいお菓子を口にしながら、そういえば、最初にこのお菓子を食べたのは榛瑠が作ったものだったな、と思い出す。
あ、やだ、変なことに気づいちゃった。
私、もしかしてこの先もおかしを食べるたびに似たようなことを思うんじゃあ……。
どこかで恋人らしき人とお茶をしている妄想が頭に浮かぶ。で、デザートに出てくるお菓子を見て……。
私は、軽く頭をふった。やめよう、冗談にならない。
榛瑠は話しかけてこない。私は沈黙に耐えかねて言ってみた。
「昨日は遅かったの?」
「そんなことはありません、雨が降り出す前には帰りました」
彼はパソコンを見たまま言う。って、それほとんど夜明けじゃないの⁈ もう、何やってたんだか。……カンケイナイケド。
「お嬢様こそ無事帰られましたか?」
榛瑠が私を見て言った。
「うん、帰ったよ。鬼塚さんが途中まで送ってくれたし。って、昨日の夜にも説明したよ?」
昨夜遅く榛瑠はわざわざ家まで電話してきたのだ。
「そうですけど。家についているからって必ず無事とは限りませんし」
この人、なんの心配してるのかしら。
「心配しすぎだよ。だいたい、榛瑠が鬼塚さんに私のこと送れって頼んだんじゃない。鬼塚さん気を使って、わざわざ遠回りまでしてくれたのに!榛瑠は遊びに行っちゃったくせに!」
そうよ、榛瑠が去り際、酔っていて心配だからよろしくとかなんとか言うから!って、私、駄々っ子みたいなこと言ってないよね?
「そうですね。すみませんでした。ちゃんと私がお送りしたかったのですが、サトがあなたのことを感づいていたようだったので、とりあえず引き離すのを優先しました。すみません」
「え、そうなの?彼、じゃなくて、彼女、昔の知り合い?」
榛瑠は頷くと、また、画面を見る。深入りした話をしたがってないのが丸わかりなんだけど。
でも、私のせいだったのか。ごめんなさい。
また、会話がなくなる。
手持ち無沙汰なせいもあって、なんとなく榛瑠が何をしているのか知りたくなった。
立ち上がって彼の左肩後方からそっと覗き込む。画面がなんなのか全然わからない。だって、全部英語なんだもの。
榛瑠は気にしたそぶりもなく英文を読み続けている。
そうなんだよね、と思う。
実は大概、彼のやっていることなんてわからない。今もだけど、子供の時の三歳差は大きくて側にいるくせに分からなかった。榛瑠が高等部で生徒会長だった時なんて、私は中等部で、友達と一緒にその活躍を噂で聞くという感じで。
そのくせ家に帰ると、手作りおやつを作って待っていてくれたりするものだから、なんだか嬉しくてせつなくていっぱいワガママ言った気がする。
だからかなあ……。
って、やめよう。彼がいなくなった理由を探すのは。
なんにしろ、もう時間は過ぎていってしまっているのだから。
沈黙が続く。
雨は変わらず降り続いている。
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