9 / 50
4. 困惑の懇親会 ①
しおりを挟む
「おはよう」
「おはようございます………」
本社ビルの前で会社の人に声をかけられ、力なく挨拶する。
月曜日から最悪の気分。ああ……。それもこれも週末の、ていうか、一昨日の土曜日の……。OLに週末って大事……。
「おはよう、どうした、元気ないな」
フロアまで上がった時、後ろから明るいハツラツとした声がした。
「おはようございます、鬼塚係長。朝から元気ですね」
「当たり前だ。月曜日だぞ。お前こそどうした、ひどい顔してるぞ。」
どんな顔だろう。
「なんか、夢見悪くて……」
「らしくないな」
そう言って、鬼塚さんは私の頭をぐしゃぐしゃした。あーやめてー今日はかまう元気ないのにー。
「おはようございます」
後ろからまた声をかけられる。柔らかい、聞きなれた声。声の主はいつもの柔らかいけど淡々とした表情で、私の隣に立った。
「よお、四条、中国から帰って来たんだな。お疲れ」
鬼塚さんがいう。
「お疲れ様です。……鬼塚さん、それやめた方がいいですよ。」
「あ?何が?」
「頭撫でるのです。クレームものですよ」
「あー、こいつ以外はあんまりやらないよ?ちょうど手の位置がいいんだよな、勅使川原」
なにそれ。まあ、気にしてないし、いいのですが。
「ま、気をつけるよ。じゃあな、気合入れろよ、一花」
そう言って、私の肩をバンと叩くと鬼塚さんは行ってしまった。
「あの人にも、困ったものですね」
榛瑠が横でつぶやく。と、角を曲がったところで、ぐいっと腕を引っ張られた。
ちょうどそこにあった給湯室に入り込む。
え?なに?
「髪が乱れていますよ。直しますからじっとして」
「え、いいよ、ちょっと」
「いいから」
よくないよ!誰かに見られたらどうするの!
でも、なんだか有無を言わせない感じでそこから動けない。この時間、まだ誰も来ないとは思うけど……。
そうこうしているうちに榛瑠が一つに束ねていたヘアアクセをる。
彼が手櫛で髪を整える。指が頭と髪に触れる。息を一瞬止めてしまう。
「確かに元気がないですね。どうしました?」
榛瑠が聞いてくる。あなたのせいよ、と、言いたい。けど、やめとこう。
「月曜日だからだよ。ちゃんと仕事はしますから」
「そうですか。はい、できました」
榛瑠が手を離した。ありがとう、と口の中でもごもごお礼を言う。
彼はそのまま涼しい顔で海外事業部のある部屋に入って行った。
なんだか余計に気が滅入りそう。そう思いながら、女子更衣室に行き、そこにいた人たちと挨拶をしつつ、事務服に着替える。
朝からみんな愚痴ったり、結構賑やかだ。
その声をぼんやり聞きながら下着姿になった時、思い出したくないことが鮮明に蘇って、顔がほてってしまった。
一昨日の朝、目がさめると自分がどこにいるのかすぐには分からなかった。ベットでは寝ている。でも、これ、誰の?どこ?
そしてわかった時、叫びそうになってしまった。榛瑠のベットだ。いつの間に……、って、私って夕べ、えっと……。
そうだ、ソファで眠ってしまったんだ。で、たぶん、運んでくれたんだ。
全く起きなかった自分を責めつつ、動揺しながらも畳んで置いてあった服を着る。
大丈夫、榛瑠が眠ったあとはないし。
でもそこで、本当に小さく叫んでしまった。
って、着替えてる!なんで私、下着姿なの?
しばらくそのままベットに倒れこんでしまったが、頑張って起きると、そっとリビングをのぞいた。
榛瑠は座って新聞を読んでいた。いつもと特に変わりはない。
そして、覗いている私を見つけると言った。
「おはようございます。どうしたんですかそんなところで。珍しく早起きですね。朝食、食べるでしょう?用意しますね」
そう言って立ち上がる。
「あ、あの、私、夕べどうしたんでしょう。」
声が震えてしまう。
「ソファで眠りこけていたので、寝室まで運んで寝かせました。」
「あの、で、どうして、その、服は」
「ああ、シワになるといけないので脱がせたんです。ところで、飲み物はコーヒーにしますか?紅茶にしますか?」
「紅茶で…」
榛瑠はそのままキッチンに行ってしまった。
私は回らない頭で、テーブルに座った。えーと、えーと。脱がしたってことは脱がされたってことは、見られているよね?
たいして待たないうちに目の前に朝食が並べられた。できたてのクロックムッシュと、サラダ、紅茶、フレッシュなフルーツ。
それから私の好きな素朴な味の焼きプリンも。昔よく作ってくれたのとおんなじ味。
そのどれもが美味しくて、食べ終わる頃にはつい、笑顔になっていて、自己嫌悪に陥る。
私が食べ終わると、榛瑠は送って行きますと、立ち上がった。
え?と思ったが断る理由もない。そのまま会話も無く車は私の家まで直行した。
家の車寄せまで来ると、彼はシートベルトを外して助手席の私の方に手を伸ばした。
ドキッとして、思わず目を閉じて身を硬くする。
と、ガチャっと音がして榛瑠が言った。
「どうぞ、着きましたよ」
見ると、助手席側のドアが開いている。
「どうしたんです?帰るでしょう?着きましたよ?」
ええ、ああ、ありがとう、とかなんとか、私は口の中で言った気がする。恥ずかしさでいっぱいだった。だって、キスされるかと思ったんだもの。そう思ったことが、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
そのままフラフラと車を降りようとしたら、右手に手が添えられた。えっと振り返る間も無く、彼は私の耳元にキスをした。
え?え?
気がつくと、私は降りていて、目の前で車のドアが閉められ、榛瑠はそのまま車を走らせ帰って行った。
私は朝の光の中、呆然と一人で佇んでいた。
……最悪。
「おはようございます………」
本社ビルの前で会社の人に声をかけられ、力なく挨拶する。
月曜日から最悪の気分。ああ……。それもこれも週末の、ていうか、一昨日の土曜日の……。OLに週末って大事……。
「おはよう、どうした、元気ないな」
フロアまで上がった時、後ろから明るいハツラツとした声がした。
「おはようございます、鬼塚係長。朝から元気ですね」
「当たり前だ。月曜日だぞ。お前こそどうした、ひどい顔してるぞ。」
どんな顔だろう。
「なんか、夢見悪くて……」
「らしくないな」
そう言って、鬼塚さんは私の頭をぐしゃぐしゃした。あーやめてー今日はかまう元気ないのにー。
「おはようございます」
後ろからまた声をかけられる。柔らかい、聞きなれた声。声の主はいつもの柔らかいけど淡々とした表情で、私の隣に立った。
「よお、四条、中国から帰って来たんだな。お疲れ」
鬼塚さんがいう。
「お疲れ様です。……鬼塚さん、それやめた方がいいですよ。」
「あ?何が?」
「頭撫でるのです。クレームものですよ」
「あー、こいつ以外はあんまりやらないよ?ちょうど手の位置がいいんだよな、勅使川原」
なにそれ。まあ、気にしてないし、いいのですが。
「ま、気をつけるよ。じゃあな、気合入れろよ、一花」
そう言って、私の肩をバンと叩くと鬼塚さんは行ってしまった。
「あの人にも、困ったものですね」
榛瑠が横でつぶやく。と、角を曲がったところで、ぐいっと腕を引っ張られた。
ちょうどそこにあった給湯室に入り込む。
え?なに?
「髪が乱れていますよ。直しますからじっとして」
「え、いいよ、ちょっと」
「いいから」
よくないよ!誰かに見られたらどうするの!
でも、なんだか有無を言わせない感じでそこから動けない。この時間、まだ誰も来ないとは思うけど……。
そうこうしているうちに榛瑠が一つに束ねていたヘアアクセをる。
彼が手櫛で髪を整える。指が頭と髪に触れる。息を一瞬止めてしまう。
「確かに元気がないですね。どうしました?」
榛瑠が聞いてくる。あなたのせいよ、と、言いたい。けど、やめとこう。
「月曜日だからだよ。ちゃんと仕事はしますから」
「そうですか。はい、できました」
榛瑠が手を離した。ありがとう、と口の中でもごもごお礼を言う。
彼はそのまま涼しい顔で海外事業部のある部屋に入って行った。
なんだか余計に気が滅入りそう。そう思いながら、女子更衣室に行き、そこにいた人たちと挨拶をしつつ、事務服に着替える。
朝からみんな愚痴ったり、結構賑やかだ。
その声をぼんやり聞きながら下着姿になった時、思い出したくないことが鮮明に蘇って、顔がほてってしまった。
一昨日の朝、目がさめると自分がどこにいるのかすぐには分からなかった。ベットでは寝ている。でも、これ、誰の?どこ?
そしてわかった時、叫びそうになってしまった。榛瑠のベットだ。いつの間に……、って、私って夕べ、えっと……。
そうだ、ソファで眠ってしまったんだ。で、たぶん、運んでくれたんだ。
全く起きなかった自分を責めつつ、動揺しながらも畳んで置いてあった服を着る。
大丈夫、榛瑠が眠ったあとはないし。
でもそこで、本当に小さく叫んでしまった。
って、着替えてる!なんで私、下着姿なの?
しばらくそのままベットに倒れこんでしまったが、頑張って起きると、そっとリビングをのぞいた。
榛瑠は座って新聞を読んでいた。いつもと特に変わりはない。
そして、覗いている私を見つけると言った。
「おはようございます。どうしたんですかそんなところで。珍しく早起きですね。朝食、食べるでしょう?用意しますね」
そう言って立ち上がる。
「あ、あの、私、夕べどうしたんでしょう。」
声が震えてしまう。
「ソファで眠りこけていたので、寝室まで運んで寝かせました。」
「あの、で、どうして、その、服は」
「ああ、シワになるといけないので脱がせたんです。ところで、飲み物はコーヒーにしますか?紅茶にしますか?」
「紅茶で…」
榛瑠はそのままキッチンに行ってしまった。
私は回らない頭で、テーブルに座った。えーと、えーと。脱がしたってことは脱がされたってことは、見られているよね?
たいして待たないうちに目の前に朝食が並べられた。できたてのクロックムッシュと、サラダ、紅茶、フレッシュなフルーツ。
それから私の好きな素朴な味の焼きプリンも。昔よく作ってくれたのとおんなじ味。
そのどれもが美味しくて、食べ終わる頃にはつい、笑顔になっていて、自己嫌悪に陥る。
私が食べ終わると、榛瑠は送って行きますと、立ち上がった。
え?と思ったが断る理由もない。そのまま会話も無く車は私の家まで直行した。
家の車寄せまで来ると、彼はシートベルトを外して助手席の私の方に手を伸ばした。
ドキッとして、思わず目を閉じて身を硬くする。
と、ガチャっと音がして榛瑠が言った。
「どうぞ、着きましたよ」
見ると、助手席側のドアが開いている。
「どうしたんです?帰るでしょう?着きましたよ?」
ええ、ああ、ありがとう、とかなんとか、私は口の中で言った気がする。恥ずかしさでいっぱいだった。だって、キスされるかと思ったんだもの。そう思ったことが、めちゃくちゃ恥ずかしかった。
そのままフラフラと車を降りようとしたら、右手に手が添えられた。えっと振り返る間も無く、彼は私の耳元にキスをした。
え?え?
気がつくと、私は降りていて、目の前で車のドアが閉められ、榛瑠はそのまま車を走らせ帰って行った。
私は朝の光の中、呆然と一人で佇んでいた。
……最悪。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる