天使は金の瞳で毒を盛る

藤野ひま

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4. 困惑の懇親会 ①

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「おはよう」

「おはようございます………」

本社ビルの前で会社の人に声をかけられ、力なく挨拶する。

月曜日から最悪の気分。ああ……。それもこれも週末の、ていうか、一昨日の土曜日の……。OLに週末って大事……。

「おはよう、どうした、元気ないな」

フロアまで上がった時、後ろから明るいハツラツとした声がした。

「おはようございます、鬼塚係長。朝から元気ですね」

「当たり前だ。月曜日だぞ。お前こそどうした、ひどい顔してるぞ。」

どんな顔だろう。

「なんか、夢見悪くて……」

「らしくないな」

そう言って、鬼塚さんは私の頭をぐしゃぐしゃした。あーやめてー今日はかまう元気ないのにー。

「おはようございます」

後ろからまた声をかけられる。柔らかい、聞きなれた声。声の主はいつもの柔らかいけど淡々とした表情で、私の隣に立った。

「よお、四条、中国から帰って来たんだな。お疲れ」

鬼塚さんがいう。

「お疲れ様です。……鬼塚さん、それやめた方がいいですよ。」

「あ?何が?」

「頭撫でるのです。クレームものですよ」

「あー、こいつ以外はあんまりやらないよ?ちょうど手の位置がいいんだよな、勅使川原」

なにそれ。まあ、気にしてないし、いいのですが。

「ま、気をつけるよ。じゃあな、気合入れろよ、一花」

そう言って、私の肩をバンと叩くと鬼塚さんは行ってしまった。

「あの人にも、困ったものですね」

榛瑠が横でつぶやく。と、角を曲がったところで、ぐいっと腕を引っ張られた。

ちょうどそこにあった給湯室に入り込む。

え?なに?

「髪が乱れていますよ。直しますからじっとして」

「え、いいよ、ちょっと」

「いいから」

よくないよ!誰かに見られたらどうするの!

でも、なんだか有無を言わせない感じでそこから動けない。この時間、まだ誰も来ないとは思うけど……。

そうこうしているうちに榛瑠が一つに束ねていたヘアアクセをる。

彼が手櫛で髪を整える。指が頭と髪に触れる。息を一瞬止めてしまう。

「確かに元気がないですね。どうしました?」

榛瑠が聞いてくる。あなたのせいよ、と、言いたい。けど、やめとこう。

「月曜日だからだよ。ちゃんと仕事はしますから」

「そうですか。はい、できました」

榛瑠が手を離した。ありがとう、と口の中でもごもごお礼を言う。

彼はそのまま涼しい顔で海外事業部のある部屋に入って行った。

なんだか余計に気が滅入りそう。そう思いながら、女子更衣室に行き、そこにいた人たちと挨拶をしつつ、事務服に着替える。

朝からみんな愚痴ったり、結構賑やかだ。

その声をぼんやり聞きながら下着姿になった時、思い出したくないことが鮮明に蘇って、顔がほてってしまった。

一昨日の朝、目がさめると自分がどこにいるのかすぐには分からなかった。ベットでは寝ている。でも、これ、誰の?どこ?

そしてわかった時、叫びそうになってしまった。榛瑠のベットだ。いつの間に……、って、私って夕べ、えっと……。

そうだ、ソファで眠ってしまったんだ。で、たぶん、運んでくれたんだ。

全く起きなかった自分を責めつつ、動揺しながらも畳んで置いてあった服を着る。

大丈夫、榛瑠が眠ったあとはないし。

でもそこで、本当に小さく叫んでしまった。

って、着替えてる!なんで私、下着姿なの?

しばらくそのままベットに倒れこんでしまったが、頑張って起きると、そっとリビングをのぞいた。

榛瑠は座って新聞を読んでいた。いつもと特に変わりはない。

そして、覗いている私を見つけると言った。

「おはようございます。どうしたんですかそんなところで。珍しく早起きですね。朝食、食べるでしょう?用意しますね」

そう言って立ち上がる。

「あ、あの、私、夕べどうしたんでしょう。」

声が震えてしまう。

「ソファで眠りこけていたので、寝室まで運んで寝かせました。」

「あの、で、どうして、その、服は」

「ああ、シワになるといけないので脱がせたんです。ところで、飲み物はコーヒーにしますか?紅茶にしますか?」

「紅茶で…」

榛瑠はそのままキッチンに行ってしまった。

私は回らない頭で、テーブルに座った。えーと、えーと。脱がしたってことは脱がされたってことは、見られているよね?

たいして待たないうちに目の前に朝食が並べられた。できたてのクロックムッシュと、サラダ、紅茶、フレッシュなフルーツ。

それから私の好きな素朴な味の焼きプリンも。昔よく作ってくれたのとおんなじ味。

そのどれもが美味しくて、食べ終わる頃にはつい、笑顔になっていて、自己嫌悪に陥る。

私が食べ終わると、榛瑠は送って行きますと、立ち上がった。

え?と思ったが断る理由もない。そのまま会話も無く車は私の家まで直行した。

家の車寄せまで来ると、彼はシートベルトを外して助手席の私の方に手を伸ばした。

ドキッとして、思わず目を閉じて身を硬くする。

と、ガチャっと音がして榛瑠が言った。

「どうぞ、着きましたよ」

見ると、助手席側のドアが開いている。

「どうしたんです?帰るでしょう?着きましたよ?」

ええ、ああ、ありがとう、とかなんとか、私は口の中で言った気がする。恥ずかしさでいっぱいだった。だって、キスされるかと思ったんだもの。そう思ったことが、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

そのままフラフラと車を降りようとしたら、右手に手が添えられた。えっと振り返る間も無く、彼は私の耳元にキスをした。

え?え?

気がつくと、私は降りていて、目の前で車のドアが閉められ、榛瑠はそのまま車を走らせ帰って行った。

私は朝の光の中、呆然と一人で佇んでいた。

……最悪。
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