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迷子1.
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♢ ♢ ♢ ♢
ざわつきが遠くから聞こえてくるも、病室内は静かだった。
存在そのものがざわついてるというような、騒がしい美園は今日は来ていない。
榛瑠は個室の白いベットの上で、窓から入ってくる白っぽい光を浴びながら、その静けさを楽しんでいた。
と、わずかに部屋の入り口の戸が動いた。女性の声が漏れてくる。
「一人で大丈夫よ、高橋さん。少し待っててね」
引き戸が開いた。女性が入ってくる。聞いていた時間通りだった。
背格好は女性の平均といったところだろうか。セミロングの柔らかそうな髪をしている。特別な美人ではないが、丸っこい黒目がちな目をしていて十分にかわいらしい。
その瞳にわずかな戸惑いを浮かべつつ、それでも微笑みながら、彼女は言った。
「こんにちは」
「こんにちは」
榛瑠も笑みを浮かべて答える。
「あの、大丈夫? 体……」
「大丈夫ですよ。お見舞いありがとうございます。……お嬢様」
彼女はクスッと笑った。
「高橋さんや嶋さんの真似をしなくてもいいのに」
「そうですね」
そう言って笑顔を返すと、彼女の緊張がほぐれるのが見てとれた。
そのまま彼女はベット脇で立つと、榛瑠の顔を覗き込みながら言う。
「ほんとうに大丈夫? どこか痛いとか、気分が優れないとかない? 顔色は悪くないけど」
「本当に大丈夫です。苦痛があるとしたらベットの上にいなくてはいけないことかな。いい加減飽きました」
「明後日、退院って聞いたわ」
「その予定です」
「あの、私、付き添おうか?」
心配げな、でもどこか遠慮がちな問いに榛瑠は笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ。高橋さんが有り難い事に車を都合してくれますし。それに、平日なので仕事でしょう?」
「うん、そうだけど。退院したら仕事戻るの?」
「そのつもりです。すぐとはいかないでしょうが。ドクターもその方が良いだろうと」
「そっか。榛瑠ならすぐ慣れるよ。……きっと」
そう言って覗き込む愛らしい瞳にゆっくりと涙が浮かんでいくのを、榛瑠はまるで映像でも見るような気持ちで目を離すことなく見ていた。
やがて、その涙がゆっくりと一粒頬にながれる。何ともいえない不思議な感覚がして、気づいたら榛瑠は彼女のその涙を指でぬぐっていた。
不意に、華奢な腕が首に巻きつけられる。抱きつかれながら、耳元で絞り出すような震える声が聞こえた。
「よかった。無事で、ほんとうによかった」
榛瑠がとっさに答えられないでいると、もう一度の「よかった」という呟きとともに、ぎゅっと抱きしめられた。
……この時、僕は間違ったのだ。何も考えずただ、彼女を抱きしめれば良かった。
それで、良かったのに。
ざわつきが遠くから聞こえてくるも、病室内は静かだった。
存在そのものがざわついてるというような、騒がしい美園は今日は来ていない。
榛瑠は個室の白いベットの上で、窓から入ってくる白っぽい光を浴びながら、その静けさを楽しんでいた。
と、わずかに部屋の入り口の戸が動いた。女性の声が漏れてくる。
「一人で大丈夫よ、高橋さん。少し待っててね」
引き戸が開いた。女性が入ってくる。聞いていた時間通りだった。
背格好は女性の平均といったところだろうか。セミロングの柔らかそうな髪をしている。特別な美人ではないが、丸っこい黒目がちな目をしていて十分にかわいらしい。
その瞳にわずかな戸惑いを浮かべつつ、それでも微笑みながら、彼女は言った。
「こんにちは」
「こんにちは」
榛瑠も笑みを浮かべて答える。
「あの、大丈夫? 体……」
「大丈夫ですよ。お見舞いありがとうございます。……お嬢様」
彼女はクスッと笑った。
「高橋さんや嶋さんの真似をしなくてもいいのに」
「そうですね」
そう言って笑顔を返すと、彼女の緊張がほぐれるのが見てとれた。
そのまま彼女はベット脇で立つと、榛瑠の顔を覗き込みながら言う。
「ほんとうに大丈夫? どこか痛いとか、気分が優れないとかない? 顔色は悪くないけど」
「本当に大丈夫です。苦痛があるとしたらベットの上にいなくてはいけないことかな。いい加減飽きました」
「明後日、退院って聞いたわ」
「その予定です」
「あの、私、付き添おうか?」
心配げな、でもどこか遠慮がちな問いに榛瑠は笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ。高橋さんが有り難い事に車を都合してくれますし。それに、平日なので仕事でしょう?」
「うん、そうだけど。退院したら仕事戻るの?」
「そのつもりです。すぐとはいかないでしょうが。ドクターもその方が良いだろうと」
「そっか。榛瑠ならすぐ慣れるよ。……きっと」
そう言って覗き込む愛らしい瞳にゆっくりと涙が浮かんでいくのを、榛瑠はまるで映像でも見るような気持ちで目を離すことなく見ていた。
やがて、その涙がゆっくりと一粒頬にながれる。何ともいえない不思議な感覚がして、気づいたら榛瑠は彼女のその涙を指でぬぐっていた。
不意に、華奢な腕が首に巻きつけられる。抱きつかれながら、耳元で絞り出すような震える声が聞こえた。
「よかった。無事で、ほんとうによかった」
榛瑠がとっさに答えられないでいると、もう一度の「よかった」という呟きとともに、ぎゅっと抱きしめられた。
……この時、僕は間違ったのだ。何も考えずただ、彼女を抱きしめれば良かった。
それで、良かったのに。
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