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お正月

三日夜 董也(ⅲ)

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 咲歩がゴソゴソと動いた。董也は起こしたかと思ってじっとする。と、咲歩は目を開けないまま丸まって上布団に顔を突っ込む形でまた穏やかな寝息をたて始めた。

 董也は思わず声にしないまま笑みが出る。そっと指の裏で半分でた咲歩の額に触れる。冷たい外気に当たっていたせいか思ったよりひんやりとしていた。
 変わってないよな、と董也は思った。

 こんな感じで丸まって寝るの幼稚園のお昼寝の時から同じだ。あの頃の僕は泣き虫の人見知りだったから、いつも咲歩ちゃんの後ろにひっついていた。……あの頃、「咲歩ちゃん、大きくなったらケッコンしよ」って言ったら、にっこりして「うん!」って言ってくれたのにな。ちぇっ。

 それから高二の二月に告白して付き合うようになった。この時には幼稚園児の気軽さは当然なくて、ものすごくドキドキした。それでなくても高校時代の僕は酷くて、前髪伸ばして顔の半分は見えなかったし、無口で誰に対してもほとんど自分から話すこともなく、陰気で影が薄かった。わざとそうしていた。とにかく人と関わり合うのが嫌で、学校には行っていたが精神的には引きこもりに近いものがあった。
 そんな僕が、なんていうの? 音楽祭実行委員とかを率先してやっちゃうタイプの女の子に告る気持ちを想像してくれ。断られたら学校辞めようと思っていたからね。でも、反面、そんな僕だから勝機はあるとは思っていた。咲歩ちゃんはそういった人間を、それもよく知っている僕を、切り捨てられないって知っていたから。

 それから大学一年の秋にフラれるまでずっと仲良かったし、ずっと一緒にいるつもりだった。

 董也は自分の顔を咲歩に近づける。薄暗い夜の部屋の中、ぼんやりとした視界の代わりにその人のもつ暖かさがはっきり伝わってくる。彼女は石鹸の香りがした。

 ……ああ、キスしたいなあ。でも目を覚ますよなあ。キスだけじゃなくてもっとしたいなあ。でもそんな事したら怒らせるだけじゃ済まないしな、あーあ。……よく僕みたいな人間を側に置いとくよな、この人。人を信じちゃうと警戒心が無くなるの、なんとかすればいいのに。だからヘタな男に捕まって不倫もどきみたいな目にあうんだよ。もっとも不倫だなんて思わないし、そうだとしてもそれ自体はどうでもいいけど。
 ……そんなヤツに泣かされる事ないのに。男はいい気分だったろうな、わかるよ、咲歩ちゃんを欲しがる気持ちは、ね。……泣いてる咲歩を抱くのは最高だったろうさ、馬鹿野郎。

 …………。ダメだな。思考がヤバくなってる。自制心が自分の長所だろ? これ以上だとやらかすな。止マレ、もう寝よ。
 あのね、大好きだよ。



 

  
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