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お正月
一日(ⅱ)
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「いつ帰って来たの?」
「今朝。早朝にマンション出た。昨日まで仕事あってさ」
「正月は仕事ないの?」
「うん、今回はちゃんと正月休み貰った」
そう、楽しそうに董也は話す。彼と私は同い年の幼なじみのお隣さんだが、彼は大学途中から一人暮らしを始めた。俳優を本格的に始めた頃からだ。
今では『最近注目の実力派イケメン俳優』ってくくりでテレビでもちょこちょこ見かける、らしい。
「正月に仕事ないって大丈夫なの?」
大丈夫だよ、って笑って董也は言った。笑うと丹精な顔がくしゃっと崩れる。彼は雰囲気は柔らかくて優しい感じなんだけど、顔は甘すぎないというか真面目な感じが滲み出ていて、それが笑うとくしゃって崩れるのが女性ファンの心をくすぐる、らしい。知らんけど。
渡邊家に入るとそのまま台所に直行した。
「育子さん、あけましておめでとうございます」
董也の母親である彼女はコンロの前に立ったまま、「おめでとう」と言った。
ちょっと小太りの育子さんはいつものエプロンをつけてニコニコしている。背も普通くらいだしぱっと見、董也に似ていない。でも優しい目元が実はそっくりだと思う。
「あ、これ新年のご挨拶に。今年もよろしくお願い申し上げまする」
私は持ってきた包みをうやうやしく差し出した。
「これはこれはご丁寧に。心配めさるな、貴公の好きな蒟蒻もネギも購入してあるからして」
「これはかたじけない。魚心あれば水心でございますな」
「二人とも何言ってるの」
横から董也が口を挟んだ。
「あんたが早く大河ドラマにでも出ないかって話よ」
「うわ、いたいなあ、母さん」
笑い声が満ちる。即されるまま、台所のテーブルに座るとお雑煮がでてきて、ありがたくいただく。あったかくてお出汁が美味しい。
渡邊家の台所はいつもと同じように料理好きな育子さんが使いやすいようにいろいろな物が出しっぱなしでごちゃごちゃしていたが、いつも通りきちんと掃除されていて居心地がいい。テーブルクロスも赤いチェックの新品にかえられている。
襖のむこうのリビングでは、董也の父親がコタツで横になっていた。その向こうのテレビがつけっぱなしで賑やかな正月番組がやっていた。
「咲歩ちゃん飲む?」
董也が一升瓶を抱えて座った。
飲む、と言う前にお猪口が用意される。
「かんつける?」
「いい。このままで」
董也が注いでくれる。辛口の日本酒。うまーい。
「これもどう? おせちもあるわよ?」
そう言って育子さんがおせちとナマコの酢の物を出してくれた。食べたらおいしくて涙出そうだった。この家には神様が住んでるよ。
「めちゃくちゃお酒にあうわ。おいちゃん、そりゃ飲んじゃうよ」
「数の子もいい感じだよ」
そう言って董也がおせちをつまんでいる。
「あ、ごめん。董也についでなかった」
一升瓶を取ろうとして董也が遮った。
「僕はいいよ。それより食べたら近くの神社行かない?」
「え、どうして?」
「どうしてって正月だもん、初詣」
「行かない」
「なんで」
「寒いもん」
「えー、あったかい格好すれば大丈夫だよ。りんご飴たべたくない? おみくじひこうよ」
絶対いやだわ、と思う。董也と行くと絶対誰かに気づかれるもの。地元の人だからまだいいけど、やっぱり億劫だ。
「おみくじならSiri が答えてくれるよ。小吉だった」
そうなの? と言って彼はスマホで試しだした。その時違う方向から董也の声がした。
テレビに董也がアップで写ってチョコレートを食べている。商品名を言う彼の声はいつもよりなんだか艶っぽいというか……。声も人気なんだっけ、この人。
「今朝。早朝にマンション出た。昨日まで仕事あってさ」
「正月は仕事ないの?」
「うん、今回はちゃんと正月休み貰った」
そう、楽しそうに董也は話す。彼と私は同い年の幼なじみのお隣さんだが、彼は大学途中から一人暮らしを始めた。俳優を本格的に始めた頃からだ。
今では『最近注目の実力派イケメン俳優』ってくくりでテレビでもちょこちょこ見かける、らしい。
「正月に仕事ないって大丈夫なの?」
大丈夫だよ、って笑って董也は言った。笑うと丹精な顔がくしゃっと崩れる。彼は雰囲気は柔らかくて優しい感じなんだけど、顔は甘すぎないというか真面目な感じが滲み出ていて、それが笑うとくしゃって崩れるのが女性ファンの心をくすぐる、らしい。知らんけど。
渡邊家に入るとそのまま台所に直行した。
「育子さん、あけましておめでとうございます」
董也の母親である彼女はコンロの前に立ったまま、「おめでとう」と言った。
ちょっと小太りの育子さんはいつものエプロンをつけてニコニコしている。背も普通くらいだしぱっと見、董也に似ていない。でも優しい目元が実はそっくりだと思う。
「あ、これ新年のご挨拶に。今年もよろしくお願い申し上げまする」
私は持ってきた包みをうやうやしく差し出した。
「これはこれはご丁寧に。心配めさるな、貴公の好きな蒟蒻もネギも購入してあるからして」
「これはかたじけない。魚心あれば水心でございますな」
「二人とも何言ってるの」
横から董也が口を挟んだ。
「あんたが早く大河ドラマにでも出ないかって話よ」
「うわ、いたいなあ、母さん」
笑い声が満ちる。即されるまま、台所のテーブルに座るとお雑煮がでてきて、ありがたくいただく。あったかくてお出汁が美味しい。
渡邊家の台所はいつもと同じように料理好きな育子さんが使いやすいようにいろいろな物が出しっぱなしでごちゃごちゃしていたが、いつも通りきちんと掃除されていて居心地がいい。テーブルクロスも赤いチェックの新品にかえられている。
襖のむこうのリビングでは、董也の父親がコタツで横になっていた。その向こうのテレビがつけっぱなしで賑やかな正月番組がやっていた。
「咲歩ちゃん飲む?」
董也が一升瓶を抱えて座った。
飲む、と言う前にお猪口が用意される。
「かんつける?」
「いい。このままで」
董也が注いでくれる。辛口の日本酒。うまーい。
「これもどう? おせちもあるわよ?」
そう言って育子さんがおせちとナマコの酢の物を出してくれた。食べたらおいしくて涙出そうだった。この家には神様が住んでるよ。
「めちゃくちゃお酒にあうわ。おいちゃん、そりゃ飲んじゃうよ」
「数の子もいい感じだよ」
そう言って董也がおせちをつまんでいる。
「あ、ごめん。董也についでなかった」
一升瓶を取ろうとして董也が遮った。
「僕はいいよ。それより食べたら近くの神社行かない?」
「え、どうして?」
「どうしてって正月だもん、初詣」
「行かない」
「なんで」
「寒いもん」
「えー、あったかい格好すれば大丈夫だよ。りんご飴たべたくない? おみくじひこうよ」
絶対いやだわ、と思う。董也と行くと絶対誰かに気づかれるもの。地元の人だからまだいいけど、やっぱり億劫だ。
「おみくじならSiri が答えてくれるよ。小吉だった」
そうなの? と言って彼はスマホで試しだした。その時違う方向から董也の声がした。
テレビに董也がアップで写ってチョコレートを食べている。商品名を言う彼の声はいつもよりなんだか艶っぽいというか……。声も人気なんだっけ、この人。
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