フラれたので、記憶喪失になってみました。この事は一生誰にも内緒です。

三毛猫

文字の大きさ
上 下
10 / 169

記憶喪失-裏-

しおりを挟む
 妹の肩を支えたまま元の場所に戻ると、従者にガラスの靴を差し出されたシンデレラが今にもそれに足を入れようとしているところだった。
 
 皆が見守る中、シンデレラがガラスの靴に右足を入れると、少しもつっかえることもなく、ぴたりと入る。
 
「おお……! 貴方こそがシンデレラだったのですね……」
 
 まるでシンデレラのためにあつらえたようにぴたりとはまり、従者が感嘆の声をあげた。
 
「そんな……。まさかシンデレラが……。ありえないわ……」
 
 母上は信じられないといった様子で目を見開いているし、落胆したような一番目の妹、二番目の妹にいたってはギリギリと悔しそうに歯ぎしりをしている。
 
 私にいたっては、ある程度予測出来ていた状況なので驚いてはいない。
 
 私が履いていた靴だが、シンデレラも私と同じく小さな足であるし、それに元々シンデレラの魔法で出した靴だ。ぴたりとはまるのも無理はないだろう。
 
「本当に、君が?」
「ええ、私がシンデレラでございます」
 
 ガラスの靴がぴたりとはまっても、まだ信じられない様子のエリオット様にシンデレラは小さく礼をする。
 
「少し二人で話せるかな?」
 
 そうエリオット様に告げられると、シンデレラはちらりと私を見てから、うやうやしく頷き、にこりと微笑む。
 
「はい、もちろんでございます。兄も一緒でよろしいでしょうか?」
 
 なぜ私も? シンデレラ、お前は一体何を考えているんだ。シンデレラの考えが全く分からなかったが、断るわけにもいかない。
 
 まだ呆然としている母上や妹たち、それからエリオット様の従者をその場に残し、仕方なく三人で客室へと向かうことになった。
 
 *
 
「いきなりで悪いんだけど、本当に君がシンデレラなのか確信が持てないんだ」
 
 三人だけになってからしばらくして、やはり困ったような笑みをお浮かべになられたエリオット様にもシンデレラは動じることなく口を開く。
 
「この姿では無理もございません。お見苦しい姿で失礼いたしました」
 
 二人から少し離れたところで控えていると、シンデレラはスカートから濡れたハンカチを取り出し、おもむろに顔をふきだす。
 
「.......、っ」
 
 シンデレラがすすだらけの顔をふき、白い肌があらわれると、なんとその顔は私と瓜二つ。
 
 なんと……、なんということだ。こんなこと、ありえるはずがない。
 
 思わず声を上げそうになってしまったが、すんでのところで息をこらえ堪える。
 
 エリオット様のご様子を伺うと、たいそう驚いていらしたが、それでもシンデレラしか見えないといったご様子でくぎづけになっていらっしゃった。
 
 エリオット様……。仕方ないことだとは分かっていても、シンデレラをお見つめになるエリオット様に胸がひどく痛む。
 
 ご自身の衣服が汚れることも気にされず、シンデレラのすすだらけの手をしっかりと握ったエリオット様をシンデレラもうっとりと見つめる。
 
 完全に二人の世界といった様子にやはり胸が切り裂かれるような痛みはやまず、ついに見ていられなくなって目を伏せてしまった。
 
 エリオット様は王子様であらせられるだけではなく、見目麗しく、人の心を掴む不思議な魅力溢れるお方。シンデレラは心に決めた人がいると言っていたが、エリオット様を拝見して心が変わったとしても何もおかしくはない。
 
 そもそも私はもとよりシンデレラの代役であったわけだし、シンデレラがエリオット様のおそばにいたいと言うのなら、私は譲るべきだろう。しかし……。
 
 昨晩の娘は私でございます、お慕い申し上げております。本当は、今にもそう叫びたくてたまらない。
 
 たった一晩のわずかな時間ではあったが、私は一瞬で恋に落ちてしまった。
 
 これを人に言えば、浅はかで無知だと言われるだろうが、それでもこれはシンデレラの言っていたような「本物の恋」に間違いないと自分でははっきりと確信している。
 
 しかし、常に騎士として自分を律してきた習性のためか、何一つ口に出すことができないまま、ただその場に控えることしかできなかった。
 
 エリオット様のお顔を拝見すると、砂糖菓子のようにふわふわと甘く幸せがこみ上げてくる。しかし、そのまなざしが他の娘に注がれているかと思うと、身が切り裂かれるかのような痛みを感じる。
 
 こんな気持ちは、今まで知らなかった。
 
 自分の身に恋などということが訪れるなどと思いもしなかったが、それだけに頭からつま先まで全身が支配されてしまうほどの抗えない感情がわき起こる。
 
いっそ知らなかった方が良かったとさえ思ってしまうほどだったが、しかし今さらなかったことになんてできるわけもない。もう私は、確かに「恋」を知ってしまったのだから。
 
「一目見た瞬間から君のことが頭から離れないんだ。どうか、僕の妻となってほしい」
 
 エリオット様のそのお言葉に伏せていた顔をあげてそのお姿を拝見すると、今までよりもいっそう胸が締め付けられ、剣で身体を貫かれたような痛みが走った。
 
 王子様ともあろうお方が片膝をつき、シンデレラの手を取り求婚なさっている。
 
 ああ……、シンデレラがひどくうらやましく妬ましくて仕方ない。
 
 本来であれば、エリオット様に愛される幸せな娘は私であったはずなのに。いや、そもそも私は代役だったのだから、そんなことを思うのは筋違いではあることは十分に分かっている。
 
 シンデレラを恨むのも羨ましく思うことも道理ではないと分かってはいるのだが、そう思わずにはいられない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...