転校先で知り合った優等生腐男子と、何でか付き合うようになりました

あきら

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最後のキスになりそうな予感

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 親愛なる、あお君へ

 あなたがこの手紙を読んでいるという事は、あたしはもうこの世にいないのでしょう…。
 なんて、こんなベタベタな「遺書」を書く機会が自分の人生で訪れるとはね。だけど、ずいぶん前から覚悟はしていたつもり。知っての通り、昔から入院したり退院したりの繰り返しだったから。
 思えば、あたしの身体が弱いせいであお君の足を引っ張ってばかりだったよね。他の子みたいに、お弁当を作ってもらえなかったり。サッカーチームの練習で、送り迎えしてもらえなかったり。お母さん、あたしに付きっきりだったからね…。ずっと、申し訳ないと思っていたの。
 何となく、あたしが亡くなってからも状況はそんなに大きく変わらない気がする。いえむしろ、あなたにとって辛く厳しい時期はこれからなのかもね。うちの家族、もう元の状態に戻れるとは思えないから。本当に、自分が情けなくて歯がゆいな…。
 だけどね、あお君。あなたは、ちょっとやそっとの逆境でへこたれない強い子だって信じてる。これからは、あなたの本当の夢に向かって突き進んでちょうだい。周りの事なんて、何も気にする必要はないから。「自己中」で、いいのよ。
 それでも、あなたの人生で「この人だ」と思えるような出会いがあったなら…。どうかその人の事を、全身全霊かけて守ってあげてね。お姉ちゃんからの、たった一つのお願いよ。
 P.S ファーストキス、悪い気分じゃなかったわよ。
 
 あなたの姉 一ノ瀬由香里より


 みなさん、こんにちは。一ノ瀬蒼12歳、ホモです。群馬から東京へ向かう電車の中で、姉からの「遺書」を読み直していました。オーストラリアに発つ前に、一度は実家に帰る必要があるんだよ。
 雪兎と会って、マテリアルの存在を知った時から…。もしこの手紙を実体化したなら、どうなるだろうってずっと考えてた。まさか、由香里姉ちゃんの姿になって現れるのかな?手紙に、「物語性」が認められるか分かんないけどさ。だけど結局、最後の最後まで切り出せなかった。それで正解だったと、今でも心の底から思う。
 新潟の海で母さんに会って、これまでの全てとはきっちり決別したんだ。手紙自体も、海岸で破り捨てようかと思ったけど…。流石に、それはやめといた。この手紙は一生、おれの中に秘めて持っておこう。そうそう、手紙で思い出した。
 雪兎とは、ついさっき別れを告げてきたよ。だけど結局、ロクな挨拶も出来なかった。あいつ、茅ヶ崎の海水浴から帰って以来ずっと体調を崩してたんだよな。新潟の時とは、立場がちょうど逆の状況だ。おれと違って、そこまで熱が高い訳でもないので病院じゃなく自宅で休んでるんだけど。
 だいぶん気温が高くなったとは言え、やっぱり夜の海岸で長く付き合わせたからかなぁ…。と思って、沙都子さんには平謝りに謝ったんだけど。彼女の反応は、至極ケロっとしたもんだった。
 「やぁねぇ。あお君が、気にする必要ないのよぉ。あの子、季節の変わり目にはいつだって体調崩してんだから。それより、オーストラリアに行ってからも身体に気をつけて頑張ってね。おばさん、応援しちゃうから♡」
 すでに8月なんで、「季節の変わり目」って程でもなかったけど…。そう言ってもらって、だいぶ気持ちが楽になったよ。雪兎の調子も比較的ラクになったそうなんで、最後にちょっとだけ挨拶をさせてもらえた。雪兎の寝室で、お互いマスクをつけながらの面会だよ。
 「あお君…。ごめんね本当、こんな状態でさ。晴れの旅立ちなのに、見送りにも行けなくって…。うぅ。自分の事が、情けなくて歯がゆい」
 「いいよ。その気持ちだけで、十分嬉しいから。それより本当、お大事にな。向こうに行っても、連絡するから…。そうだ。たまにはLIMEとかじゃなく、ちゃんとした手紙で送ってみようかな?雪兎のマテリアルで実体化したら、おれの姿に変化したりして。文章力ねぇから、『物語性』が認められるかは分からねぇけどさ。ははっ」
 これまた、冗談で気を紛らわせるだけの発言だったが…。雪兎は首をかしげ、心底不思議そうな顔をして答えた。
 「まて…りあ、る?物語性?あお君、それは一体何の事…?」
 最初は、向こうの方が冗談で言ってるのかと思った。だけど表情は真剣だし、別れの席で間違っても冗談で言うような内容じゃない。これは…。
 何となく、察しがついた。雪兎が、茅ヶ崎の海岸で不安げにしていた事。能力としてのマテリアルは、雪兎の身体から消滅したのか。それとも、ただ単に存在を忘れてしまっただけなのか…。いずれにしても、これが彼自身の成長にとって必要な通過儀礼だったのでは。
 おれが不安に思っている事は、もっと他にもある。雪兎がマテリアルの事を忘れてしまったなら、マテリアルを通して出会ったおれの存在は…。いや、まさかな。そんな事は、ありえない。
 まとまらない気分のままで、雪兎に別れを告げた。しどろもどろで、自分でも何を言ったのかよく覚えていない。そして、雪兎の身体を引き寄せてお互いマスクごしのキスをした…。何となく、これが最後のキスになりそうな予感を胸に秘めながら。
 東京への電車の中で、何の気なくスマホの画面を見て…。予感が、確信に変わった気がした。雪兎とのLIME履歴もアドレスも、彼に関するものは一切合切なくなっていたんだ。これも、マテリアルの消失と何か関係のある出来事なのか。
 スマホへ機種変する前の、お子様ガラケーは?あちらの方なら、SMSの履歴なんかが残ってるんだろうか。本体は捨ててないから、充電すれば確認する事も出来るけど…。何となく、それも怖くて実行する勇気はなかった。


 …それから、どうしたかって?おれはオーストラリアに渡って、サッカー漬けの日々を送ったよ。向こうで実力を認められて、プロ選手になれる日もそう遠くはないだろう。
 結局、雪兎とは一度も連絡を取り合っていない。確かめていないけど、何となくおれを忘れた事は確実であるような気がする。
 雪兎の活躍は、インターネットを通して知っていた。中学の時に、応募した小説が賞を取って今ではちょっとした大御所だって。同じく中学時代に出会った彼と、近くロサンゼルスで挙式する予定だって…。良かった。本当に良かったと、心の底から思う。
 頑張ってるんだな、あいつも。よーし。おれも負けずに、より一層練習に精を出さないと…。

 ~END~
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