上 下
13 / 21

可哀想と好きは、一緒だ

しおりを挟む
 家族全員で旅行したって経験は、ほとんど無いんだけど…。
 すごく幼い頃に、一度だけ軽井沢の避暑地に行った事があるんだ。親父の会社の、保有施設だってさ。空気がいいから、由香里姉ちゃんの療養にもなるしね。
 ある晩、その別荘に大きな虫が現れたんだ。カブトムシかクワガタかと思って、近づいて採ろうとしたら…。思いっ切り指噛まれて、泣きそうになった。ってか、実際に大泣きした。すごくでっかい、カミキリムシだったんだ。
 何が言いたいかって言うと、つい何時間か前に「人前で泣いた記憶がない」とかドヤってたよね。スマン、ありゃ嘘だった。だって、仕方ないじゃん。子供心に、地獄みたいな痛さだったんだよ。
 姉ちゃんも最初のうちは「あお君、大丈夫!?」とか心配してたけど、途中からそんなおれの姿を見て爆笑しやがったんだよな。つられて、親父も母さんも大笑いし始めた。人が苦しんでるのに、何がおかしいねんって思ってたけど…。
 楽しかったよな、あの頃は。

 みなさんこんにちは。一ノ瀬蒼12歳、ホモです。電車の旅を終えて、新潟県は柏崎の海までやって来ました。有名な海水浴場ではあるけど、まだまだ海開きには遠くて泳げるような状態ではありません。今日は特に気温も低いし、水着も持ってきていないし。ってかまぁ、泳ぐのが目的で来た訳じゃありませんけどね。
 可哀想に、雪兎はこの場にそぐわぬ薄着のため少し震えています。重ね重ね、急に思い立っての逃避行でしたからね。大して変わりゃしないけど、おれの上着を羽織らせてあげました。元々、季節の変わり目とかに風邪引きやすいって聞いてたから。おれは、いいんだ。生まれてこの方、風邪なんて引いた事ないし。
 「ところで、恥ずかしい話だけど…。おれ、未だに海で泳いだ事ってないんだよな。ってか、ちゃんとした海を見るのもこれが初めて。いや、東京湾くらいは見た事あるよ」
 「そうなんだ。別に、恥ずかしくは無くない?うちも海無し県だから、海で泳いだ事無いって子が結構いるよ。蛍兄さんの時代には、小学校で臨海学校もあったんだけど…。今はもう、無くなったからね。そうだ。夏になったら、うちの家族と海水浴に行かない?たぶん新潟方面じゃなくて、横浜の海になるんだけどね」
 「あぁ、いいな。楽しみ。今日ももうちょい寒くなけりゃ、海辺に足くらいつけて歩きたいけどな。何だっけ?『蟹と遊ぶくらいしか、やる事ねぇ』みたいな」
 「『われ泣きぬれて、蟹とたわむる』ね。石川啄木。ちなみに啄木はあぁ見えて結構なクズ男なんで、うかつに同情しちゃ駄目ですよ」
 「マジかよ、啄木最悪だな。それじゃ、あれは?その…『鳥が染まるとか、染まらねぇとか』みたいな」
 「『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』ね。若山牧水。アル中で、一日に一升の酒を開けてたって人だよ」
 「文豪って、どいつもこいつもロクでもねぇ奴らばっかだな。雪兎は小説家になっても、そんな風にはなるなよ…。鳥だって気ままに飛んでんだから、悲しそうとか言われる筋合いもねぇと思うけどな」
 「原文はひらがなだから、『愛しい』=『かなしい』って解釈する向きもあるらしいね。文脈的に、あり得ないだろうけど。『白鳥は、誰かを愛おしくないのだろうか』。もしくは、『誰かが、白鳥を愛おしくないのだろうか』。悪くないんじゃない?」
 「あぁ…。そうだな、悪くないな。むしろ、そっちの方がいい。広い世界、そんな意味で解釈してる奴らがいてもおかしくないよな」
 もしくは…どっちの意味も、そう大して変わらないのかもな。可哀想と好きは、一緒だって言うから。おれも雪兎の事を考える度、好きだって気持ちが湧き上がると同時に何だか無性に切なくなるんだ。
 ところで、その雪兎がそろそろ限界だ。薄手のパーカーを羽織らせてやっただけじゃ、やっぱり寒さは凌げなかったか。どうしよう。いい加減に、見切りをつけて帰るべきか。だけど、ちょうどいい頃合いではあるんだよな…。
 と思った瞬間、砂浜の向こうから歩いてくる姿が見えた。そして、おれの姿を認めて目を見張ってこう言った。
 「あお君!?どうして、こんな所にいるの?…って、私に会いに来たんでしょうけど」
 おれの、母親…。一ノ瀬美登里さん、その人だった。これが、はるばる新潟の海までやって来た目的だよ。

 え?彼女こそが、この作品におけるラスボスなのかって?知らないけど、多分そうじゃない?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど

野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。 愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。 それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。  ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。 イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?! □■ 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです! 完結しました。 応援していただきありがとうございます! □■ 第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

ハッピーエンド

藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。 レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。 ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。 それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。 ※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。

太陽に恋する花は口から出すには大きすぎる

きよひ
BL
片想い拗らせDK×親友を救おうと必死のDK 高校三年生の蒼井(あおい)は花吐き病を患っている。 花吐き病とは、片想いを拗らせると発症するという奇病だ。 親友の日向(ひゅうが)は蒼井の片想いの相手が自分だと知って、恋人ごっこを提案した。 両思いになるのを諦めている蒼井と、なんとしても両思いになりたい日向の行末は……。

処理中です...