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可哀想と好きは、一緒だ
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家族全員で旅行したって経験は、ほとんど無いんだけど…。
すごく幼い頃に、一度だけ軽井沢の避暑地に行った事があるんだ。親父の会社の、保有施設だってさ。空気がいいから、由香里姉ちゃんの療養にもなるしね。
ある晩、その別荘に大きな虫が現れたんだ。カブトムシかクワガタかと思って、近づいて採ろうとしたら…。思いっ切り指噛まれて、泣きそうになった。ってか、実際に大泣きした。すごくでっかい、カミキリムシだったんだ。
何が言いたいかって言うと、つい何時間か前に「人前で泣いた記憶がない」とかドヤってたよね。スマン、ありゃ嘘だった。だって、仕方ないじゃん。子供心に、地獄みたいな痛さだったんだよ。
姉ちゃんも最初のうちは「あお君、大丈夫!?」とか心配してたけど、途中からそんなおれの姿を見て爆笑しやがったんだよな。つられて、親父も母さんも大笑いし始めた。人が苦しんでるのに、何がおかしいねんって思ってたけど…。
楽しかったよな、あの頃は。
みなさんこんにちは。一ノ瀬蒼12歳、ホモです。電車の旅を終えて、新潟県は柏崎の海までやって来ました。有名な海水浴場ではあるけど、まだまだ海開きには遠くて泳げるような状態ではありません。今日は特に気温も低いし、水着も持ってきていないし。ってかまぁ、泳ぐのが目的で来た訳じゃありませんけどね。
可哀想に、雪兎はこの場にそぐわぬ薄着のため少し震えています。重ね重ね、急に思い立っての逃避行でしたからね。大して変わりゃしないけど、おれの上着を羽織らせてあげました。元々、季節の変わり目とかに風邪引きやすいって聞いてたから。おれは、いいんだ。生まれてこの方、風邪なんて引いた事ないし。
「ところで、恥ずかしい話だけど…。おれ、未だに海で泳いだ事ってないんだよな。ってか、ちゃんとした海を見るのもこれが初めて。いや、東京湾くらいは見た事あるよ」
「そうなんだ。別に、恥ずかしくは無くない?うちも海無し県だから、海で泳いだ事無いって子が結構いるよ。蛍兄さんの時代には、小学校で臨海学校もあったんだけど…。今はもう、無くなったからね。そうだ。夏になったら、うちの家族と海水浴に行かない?たぶん新潟方面じゃなくて、横浜の海になるんだけどね」
「あぁ、いいな。楽しみ。今日ももうちょい寒くなけりゃ、海辺に足くらいつけて歩きたいけどな。何だっけ?『蟹と遊ぶくらいしか、やる事ねぇ』みたいな」
「『われ泣きぬれて、蟹とたわむる』ね。石川啄木。ちなみに啄木はあぁ見えて結構なクズ男なんで、うかつに同情しちゃ駄目ですよ」
「マジかよ、啄木最悪だな。それじゃ、あれは?その…『鳥が染まるとか、染まらねぇとか』みたいな」
「『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』ね。若山牧水。アル中で、一日に一升の酒を開けてたって人だよ」
「文豪って、どいつもこいつもロクでもねぇ奴らばっかだな。雪兎は小説家になっても、そんな風にはなるなよ…。鳥だって気ままに飛んでんだから、悲しそうとか言われる筋合いもねぇと思うけどな」
「原文はひらがなだから、『愛しい』=『かなしい』って解釈する向きもあるらしいね。文脈的に、あり得ないだろうけど。『白鳥は、誰かを愛おしくないのだろうか』。もしくは、『誰かが、白鳥を愛おしくないのだろうか』。悪くないんじゃない?」
「あぁ…。そうだな、悪くないな。むしろ、そっちの方がいい。広い世界、そんな意味で解釈してる奴らがいてもおかしくないよな」
もしくは…どっちの意味も、そう大して変わらないのかもな。可哀想と好きは、一緒だって言うから。おれも雪兎の事を考える度、好きだって気持ちが湧き上がると同時に何だか無性に切なくなるんだ。
ところで、その雪兎がそろそろ限界だ。薄手のパーカーを羽織らせてやっただけじゃ、やっぱり寒さは凌げなかったか。どうしよう。いい加減に、見切りをつけて帰るべきか。だけど、ちょうどいい頃合いではあるんだよな…。
と思った瞬間、砂浜の向こうから歩いてくる姿が見えた。そして、おれの姿を認めて目を見張ってこう言った。
「あお君!?どうして、こんな所にいるの?…って、私に会いに来たんでしょうけど」
おれの、母親…。一ノ瀬美登里さん、その人だった。これが、はるばる新潟の海までやって来た目的だよ。
え?彼女こそが、この作品におけるラスボスなのかって?知らないけど、多分そうじゃない?
すごく幼い頃に、一度だけ軽井沢の避暑地に行った事があるんだ。親父の会社の、保有施設だってさ。空気がいいから、由香里姉ちゃんの療養にもなるしね。
ある晩、その別荘に大きな虫が現れたんだ。カブトムシかクワガタかと思って、近づいて採ろうとしたら…。思いっ切り指噛まれて、泣きそうになった。ってか、実際に大泣きした。すごくでっかい、カミキリムシだったんだ。
何が言いたいかって言うと、つい何時間か前に「人前で泣いた記憶がない」とかドヤってたよね。スマン、ありゃ嘘だった。だって、仕方ないじゃん。子供心に、地獄みたいな痛さだったんだよ。
姉ちゃんも最初のうちは「あお君、大丈夫!?」とか心配してたけど、途中からそんなおれの姿を見て爆笑しやがったんだよな。つられて、親父も母さんも大笑いし始めた。人が苦しんでるのに、何がおかしいねんって思ってたけど…。
楽しかったよな、あの頃は。
みなさんこんにちは。一ノ瀬蒼12歳、ホモです。電車の旅を終えて、新潟県は柏崎の海までやって来ました。有名な海水浴場ではあるけど、まだまだ海開きには遠くて泳げるような状態ではありません。今日は特に気温も低いし、水着も持ってきていないし。ってかまぁ、泳ぐのが目的で来た訳じゃありませんけどね。
可哀想に、雪兎はこの場にそぐわぬ薄着のため少し震えています。重ね重ね、急に思い立っての逃避行でしたからね。大して変わりゃしないけど、おれの上着を羽織らせてあげました。元々、季節の変わり目とかに風邪引きやすいって聞いてたから。おれは、いいんだ。生まれてこの方、風邪なんて引いた事ないし。
「ところで、恥ずかしい話だけど…。おれ、未だに海で泳いだ事ってないんだよな。ってか、ちゃんとした海を見るのもこれが初めて。いや、東京湾くらいは見た事あるよ」
「そうなんだ。別に、恥ずかしくは無くない?うちも海無し県だから、海で泳いだ事無いって子が結構いるよ。蛍兄さんの時代には、小学校で臨海学校もあったんだけど…。今はもう、無くなったからね。そうだ。夏になったら、うちの家族と海水浴に行かない?たぶん新潟方面じゃなくて、横浜の海になるんだけどね」
「あぁ、いいな。楽しみ。今日ももうちょい寒くなけりゃ、海辺に足くらいつけて歩きたいけどな。何だっけ?『蟹と遊ぶくらいしか、やる事ねぇ』みたいな」
「『われ泣きぬれて、蟹とたわむる』ね。石川啄木。ちなみに啄木はあぁ見えて結構なクズ男なんで、うかつに同情しちゃ駄目ですよ」
「マジかよ、啄木最悪だな。それじゃ、あれは?その…『鳥が染まるとか、染まらねぇとか』みたいな」
「『白鳥は かなしからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ』ね。若山牧水。アル中で、一日に一升の酒を開けてたって人だよ」
「文豪って、どいつもこいつもロクでもねぇ奴らばっかだな。雪兎は小説家になっても、そんな風にはなるなよ…。鳥だって気ままに飛んでんだから、悲しそうとか言われる筋合いもねぇと思うけどな」
「原文はひらがなだから、『愛しい』=『かなしい』って解釈する向きもあるらしいね。文脈的に、あり得ないだろうけど。『白鳥は、誰かを愛おしくないのだろうか』。もしくは、『誰かが、白鳥を愛おしくないのだろうか』。悪くないんじゃない?」
「あぁ…。そうだな、悪くないな。むしろ、そっちの方がいい。広い世界、そんな意味で解釈してる奴らがいてもおかしくないよな」
もしくは…どっちの意味も、そう大して変わらないのかもな。可哀想と好きは、一緒だって言うから。おれも雪兎の事を考える度、好きだって気持ちが湧き上がると同時に何だか無性に切なくなるんだ。
ところで、その雪兎がそろそろ限界だ。薄手のパーカーを羽織らせてやっただけじゃ、やっぱり寒さは凌げなかったか。どうしよう。いい加減に、見切りをつけて帰るべきか。だけど、ちょうどいい頃合いではあるんだよな…。
と思った瞬間、砂浜の向こうから歩いてくる姿が見えた。そして、おれの姿を認めて目を見張ってこう言った。
「あお君!?どうして、こんな所にいるの?…って、私に会いに来たんでしょうけど」
おれの、母親…。一ノ瀬美登里さん、その人だった。これが、はるばる新潟の海までやって来た目的だよ。
え?彼女こそが、この作品におけるラスボスなのかって?知らないけど、多分そうじゃない?
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