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フォートシュウロフ防衛戦

電脳暴君は夢の中(2)

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 よし、このまま行けば倒せる! 鎧は砕け、身体中からダメージエフェクトを光らせるキングゴブリンが一際大きな咆哮を上げる。

「なんっ」

 キングゴブリンのモーションが急に変化した。二本あった大剣が変形して組み合わさり、一本の戦斧になる。

「ゴルルルルゥゥゥアアァァァァァァアアアアア!!!!!」

「避けて!」

 キングゴブリンが私達の攻撃を無視して戦斧を横薙ぎ振るう。今までの2倍の質量、2倍の筋力で振るわれるそれは弾丸の様な速度で放たれた。

「ガッ……」

 まずい、タイミングが最悪すぎる。ヨイニは次の攻撃に備えて前に出た瞬間だったし、シマーズさんも居合切りの直後だ。私もジャンプ中で身動きが取れない。

「うっそ……」

 一瞬で状況が一変してしまった。

 シマーズさんは上半身と下半身が泣き別れ、ヨイニは首チョンパ、後ろの何とかって人は衝撃で吹き飛ばされ、後方に追い付いてきたゴブリンにタコ殴り。

 後ろのゴブリンが迫っているって事はシュクレ達の部隊はもう全滅したって事だ。残された時間は少ない。

「もう、終わりなの……?」

 私は低身長が幸いし、ぎりぎりで斬撃が頭上をかすめただけ。被弾面積を抑えるキャラメイクをした私、ナイス。

 だけど、私の冷静な部分がささやいている。残された時間、今の戦力、相手の残りHP、総合的に考えて、今の状況は……。

 私の中の冷静な部分が状況を分析する。残された時間、今の戦力、相手の残りHP、総合的に考えて……。

「――かて、ない……!」

 このゲームには私の他にも沢山のプレイヤーがいるし、NPCやエネミーも忖度そんたくなんてしてくれない。だからこそ楽しい。

 だけど私にとってこの世界は唯一、本当の私で居られる夢の様な世界なんだ。こんな願いは子供の我儘わがままだと自覚している。それでも、私の心はそれを拒むことができない。

 こんな所で負けたくない。

「あきらめるな!」

 眼前に半透明なウィンドウが表示され、そこにはヨイニの言葉が表示された。クランポイントを消費する全体チャットだ。

「アニーちゃん、大丈夫か!?」

「アニーちゃんならできるぞ!」

「いけ! いけぇぇぇええ!!!」

 次々と、イベントに参加していたであろう名前も知らないプレイヤーから全体チャットで応援のメッセージが飛んでくる。

「な、なんで……」

 これは明らかに今の状況を見てのチャットだ。周囲を見渡すと、上半身だけになったシマーズさんが親指を立てる。

「シマーズ改め、ゲーム実況系you○uberトヨキンTV、よろしく!」

「おーまーえーかー!」

 くそうくそう。やられた。

 なーんか会話が誘導的で説明的だったり、ツッコミが激しいと思ったんだよなぁぁあああ! そうこうしている間にも、全体チャットで私への応援のコメントが次々と流れていく。

「でも……やっぱりなんで? 私、皆のこと散々 PKしてきたし、凄い恨まれてるのに」

 私の問いに、まだロストしていないシマーズさんが答える。

 なんか、こんなこと言っちゃダメなんだけど……上半身だけでこんなに元気なの、すごく不気味だよね。

「ヨイニも言っていたけど、ゲームでの話だしな。そりゃ恨み節を言う奴はいるけど、ガチでヘイト向ける奴の方がちょっと変だろ」

「そう、なんだ……」

 現実では絶対に許されない様な私の欲求も、この世界では受け入れられる。心が温かい物で満たされていく。

「それにさ、俺達は自慢したいんだよ」

「へ?」

「まだアニーちゃんのヤバさを知らない奴らに"どうだ! 俺達が戦っていた暴君はこんなに凄いんだぞ!"ってな」

 シマーズさんはそう言うと、キラーンと歯を輝かせる。

「……ん」

 恥ずかしくなって顔を逸らしつつ、アイテムボックスからアイテムを取り出してシマーズさんに手渡す。

「何これ?」

「HP回復効果のある激甘ナッシージュース。ちょっとは延命になるでしょ?」

 口を付けた先から歯の溶ける感覚がすると、タンク系プレイヤーの皆に大評判だ。

「ああ、これが噂の……これも生産元はアニーちゃんだったんだ。で、これからどうするんだ?」

「もちろん、あの筋肉ダルマをぶっとばーす」

 この世界で、アニーを信じているのは奏音だけじゃ無かった。それなら私が勝手に諦める訳にはいかない。皆が信じるアニーを私も最後まで信じる。

「キヒヒヒッ……」

 この状況で逆転勝利なんてしちゃったら、どんなに気持ち良いことだろう。私は再びキングゴブリンへ走り出す。

「ゴルゥグァ!」

 キングゴブリンが無造作に戦斧を振るう。
 風間流裏秘技其乃二かざまりゅううらひぎそのに空蝉返しうつせみがえし

「キハッ!」

 戦斧から発せられる不可視の斬撃の勢いに乗って大きく上空へと打ち上げられる。

「アトラクトボール」

 空中で逆さまになった状態から、真下にいるキングゴブリンに対して"アトラクトボール"というダメージは0だけど、吸い寄せとスタン効果を持つ魔法スキルを放った。

「メテオ」

 キングゴブリンの巨体が、私へ吸い寄せられて地面から離れた。それに合わせて私も落下していき、右手を大きく振りかぶる。

「「「パイルバンカァー!」」」

 "多重発声"によって、私の右腕に3本の魔力でできたパイルが準備される。自分の位置エネルギーと、吸い寄せられるキングゴブリンの相対速度を利用して、3連続パイルバンカーを叩き込む。

「トンズラ!」

 そのまま地面へ向かってトンズラを発動する。

 トンズラは高速移動が可能になる反面、到着した瞬間にそれまでの運動エネルギーを全て失うという特性がある。

 この仕様を利用して、完璧に着地地点を調整すれば高速で地面に辿り着ける上、落下時のエネルギーを無効化できた。

「「「パイルバンカー!!」」」

 高速で落下してくるキングゴブリンの胸に、もう一度、3連続パイルバンカーを叩き込む。

「トンズラ!」

 再び吹っ飛んでいくキングゴブリンにトンズラで回り込みながら追いついて、再び右腕を構える。

「パイルバンカー! トンズラ!」

 パイルバンカーとアトラクトボール、トンズラの即興コンビネーションでキングゴブリンを地面へ落とさずボコボコにする。視界の端に、後続のゴブリン達が迫ってきているのが分かった。

 ここでキングゴブリンを着地させてしまえば、残りのリソース的に勝ち目がなくなってしまう。だけれど……精神論だけでは、私の冷静な部分が出した結論を覆せない。

「(あと1回しかパイルバンカーが打てない)」

 この戦法はMP消費が激しすぎる。私のMPとキングゴブリンのHP、多かったのは後者だ。

「いけ! いけるぞ!」

「頑張れぇええ!」

 最後の猛攻に全体チャットは沸き立つ興奮で埋まった。

「――このままじゃ!」

 でも、ごめんね。

 頑張ったけど、このままではキングゴブリンに勝てない。私はまた、期待に応えられなかった。結局、現実でもゲームでも、私が誰かの期待に応えるなんて……。

「条件を満たしました。称号”最後の希望”を入手しました」

 機械的なシステム音声が耳にひびいた。

「へ?」

 戦闘中で高速化した意識の中で視界の端を流れる情報に目を通す。

【最後の希望】
取得条件:大規模レイドイベントにおいて、レイドボスとの戦闘が可能な最後の1人になる。また、非常に多くの応援を受け取る。
取得効果:応援ポイントを消費する事で強力な一撃を放つ事ができる。

 ーーコレなら、まだ希望はある!!

「へへへ」

 吹き飛んでいるキングゴブリンへ走り出す。

 スキルを発動し、私は光に包まれ、変わっていく。私の髪と翼が真っ白に変化する。服装も、一瞬にして蛮族的な装飾から白い布をメインとした戦乙女のような格好に変わった。

 そして、頭上には光り輝く王冠が現れた。

「オメガ」

 さあ、教えてやるよ蛮族。
 
「パイル」

 これが、この電脳世界の暴君。
 アニー・キャノンだ!

「バンカァァァァァァァァアアア!!!」

 皆の期待が、1つ1つが私の心を満たし、力をくれる。最後の一撃は、キングゴブリンの胴体に風穴を空け、私はそこを通り抜ける。

 翼を広げて減速、両足で着地した。

「グルゥォォォォォオオオオオオオオオ!!!」

 キングゴブリンが断末魔の悲鳴を上げて全身からダメージエフェクトを迸らせて……消滅する。スキル効果が終わるのと同時に、私の姿も元に戻った。

 ゴブリンの大群が、嘘の様に静まり返る。
 ……数秒間の沈黙。
 私は大きく右腕を振り上げる。

「いえーい!」

 声を上げた瞬間、チャット欄がメッセージで埋め尽くされる。

「うおー!」

「やったぜー!!」

「流石は暴君!!」

「俺のレアドロップぐらいくれてやらぁー!」

「おめでとうーーー!!」

 はるか後方、防壁の方からも勝どきの声が聞こえる。そろそろ最初に全滅したプレイヤー達が復活した頃だろう。ゴブリン達は目に見えて動揺し、今までの組織だった行動は取れそうもない。

「さぁて、もうひと暴れしようかな!」

 ここはゲームの世界、だからこそ……この世界は現実では受け入れられない私の願望を受け止めてくれる。
 この世界で私はもう、ひとりぼっちでもなければ、落ちこぼれでもない。ここには私の居場所がある!

 ゲーム夢の世界はまだまだ終わらない。
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