花屋のエルム〜触手と男の危険な香り〜

金盞花

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8.エルフの魔力(前編)

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 案の定俺は触手との淫らな生活を続けていた。
 どれだけ何もしないと心に決めていても、ベッドに潜り込むと身体が疼いて仕方が無かった。自分の手で処理しようにも強い刺激に晒された身体は満足出来ず、仕方無く触手に身を委ねるのだった。
 日中の疲労感はいよいよ強まっていたが、働かなくては食費も稼げない。幸い客達にはまだ気付かれていないようだったが、常連には「何か疲れてる?」と訊かれることもあり、その度に何度も誤魔化していた。

(はぁ……どうしよう……)

 俺は公衆浴場の湯に浸かりながらぼんやりと考えていた。
 ここは魔術で大量の湯を沸かし、自由に使えるようになっている。正直今の自分の身体を曝け出すのは恥ずかしいが身体を洗わない訳にもいかない。幸い多種族が集まる街だ、珍しい見た目の奴と隣り合わせになることもある。そこから世間話はしても揉め事は無い、個人的には快適な場所だった。

 だがそれはただの偶然だったのか。俺は先日から、もうひとつ気になっていることがあった。
 というのも、見られている。俺が浴場に入った時からずっと。まさに今も、大きな風呂の端っこの方からチラチラと向けられる視線に気付いていた。
 だがこれは偶然だ。毎日同じ時間に来る客など珍しくもない。向こうだって大切な癒しの時間を邪魔されたくないだろう。それにもし気にされているというのが俺の気の所為だった場合、声を掛けようものなら非常に恥ずかしいことになってしまう。だから偶然時間が被っているだけと自分に言い聞かせた。

「あの……」

 だがそれも、数日で瓦解した。俺が広い湯に浸かっていると、おずおずと青年が声を掛けて来た。
 俺よりは少し若い見た目をしているが信用出来ない。彼の耳は横に真っ直ぐ伸びて先が尖っている。非常に整った、美しいと言っていい顔立ちに白い肌、均衡の取れた長い手足。一目でそれと分かるエルフだった。

「な、なんですか」
「出た後……ちょっとお話ししてもいいですか?」

 彼は少しウェーブの入った美しい金髪と、晴れた空のように澄んだ蒼色の瞳をしていた。種族としてはメジャーな方だし、街中でもよく見かける。
 しかし元々森で生きていた彼らの中には植物を売り物とする花屋に生理的な嫌悪感を持つ者も多く居て、俺自身がエルフと接したことは殆ど無かった。
 それ自体は文化や生態上仕方の無いことなのでどうとも思っていないのだが、そんな生業も脱ぎ捨てた公衆浴場という場だからこそ会話に至ったのかと思うと何とも複雑な気分だ。

 いや、もっと正直に言うと初めて至近距離で見るエルフに俺はどうも緊張していた。
 まるで巨匠の彫刻のように華奢だがしなやかな強さも秘めた身体をしていたのだ。これに比べたら俺は子供が泥で作った人形のようなものだろう。

「……ダメ、ですか?」
「い、いや、大丈夫です」
「良かった。じゃあ僕は先に出て待ってますね。どうぞごゆっくり」

 彼もまた緊張していたのか、そこでようやく笑みを浮かべた。そして湯から立ち上がるとそそくさと脱衣所の方へ出て行く。
 尻もまた見事な形をしている、と思ってしまった俺は慌ててその発想を頭の中から追い出した。
 外部からの熱によるものなのだろうか、不思議とこの場所ではそこまで興奮しないのは助かった。粗野な男達が見せ付けるように大股開きで歩いているような場所だ、触手に乱れさせられたままの俺では勃起が全く治らなかっただろう。
 落ち着く為に最後に水に近い湯を被ってから俺も脱衣所に出た。先程のエルフは既に服を着るベンチに座って待っていた。俺も慌てて身体を拭き、服を着る。

「お待たせしました」
「いや、いいんですよ。……とりあえず、出ましょうか」

 見目麗しいエルフの青年と連れ立って歩くのは、流石にこの場所ということも踏まえると意味深に感じてしまう。そんなんじゃないのにと誰にでもなく心の中で言い訳していると、彼がまた口を開いた。

「あ、申し遅れました。僕はアンビスと言います。冒険者で、弓師をやってます。旅の途中でこの街に滞在してます」
「エルムです。その……花屋をしてます」
「そうですか……」

 やっぱりエルフには評判が悪いのだろう。アンビスは驚いたように少しだけ眼を丸くした後、考え込むような顔をした。

「あの……ご用件は何でしょう」
「あ、すみません。エルムさん、貴方、ご自分の状態は把握してますか?」
「え?」
「魔力が妙に減ってるんです。それに、変な草の匂いがして……いや、これは僕の気の所為かもしれないんですけど……」

 俺は心臓が跳ね上がった。そんなに直接的に俺の体調について訊かれたのは初めてだったからだ。
 だが魔力と言われてもピンと来ない。

「魔力って……魔術を使う為に消費するやつですよね。俺、日常生活でほとんど使わない……というか使えないんですけど」
「え、そうなんですか?」

 この世界において、自然現象や超常現象を人為的に引き起こすのが魔術や魔法と言われるものだ。魔術師が使う属性魔術、神官が使う神聖魔術、召喚士が使う召喚魔法など、理論や効果によって様々に分類されるがそのほとんどは修行が必要だ。
 庶民用にマッチ程度の火を一瞬点けるとか手を洗う程度の水を出すなどのごく小規模な魔術を教える講座もあるが、俺はそっちの才能がからっきしで、使える術は何も無い。
 魔力は魔術や魔法を使う時に消耗するエネルギーであり、全ての物質の中に多かれ少なかれ含まれている。だが魔術を使わない人間ならば日々の吸収・排出はどちらも微量で、身体が貯蔵している魔力量はほぼ一定の筈だ。
 なのにそれが減っているというのはおかしな話だ。

「何か病気や怪我をされているとか?」
「いや、それも無いですね……」

 魔力は実は生命維持にも必要らしく、完全に枯渇すると死に至るらしい。なので俺は知らぬ内に死に掛けていた可能性がある。どういうことだとゾッとした。

「ふむ、それは不思議ですね……自覚症状も無かったんですか?」
「普段魔力なんて全然使わないもんで……最近疲れやすいかなとは思ってたんですけど……」
「ああ、魔術を使わない方はそうかもしれませんね。応急処置と魔力の感覚を意識しやすいように、少し僕の魔力をお分けしましょうか」
「え、いいんですか!? というかそんなこと出来るんですか!?」
「エルフ族に伝わる一般的な技術のひとつです。人間にもお渡し出来るのは実証済みですのでご安心を。ただ、なるべく早く病院へ行ってくださいね。消耗の原因も探らなくてはいけませんから」

 そう言ってアンビスは片手を差し出した。俺は半信半疑でそこに手を乗せる。魔力の受け渡しとはこんな簡単に出来るものなのだろうか。
 そう思った瞬間、触れ合う指先から何かが入って来た感覚があった。あくまで感覚的なものなのだが、自分とは違う何らかの熱が血管を伝い心臓へ流れ、全身へと運ばれるイメージが勝手に沸き起こる。

「……ッ!」
「どうです? 気分が悪かったら言ってくださいね」
「い、いいえ……これ、凄い……」

 こんな感覚は初めてだった。彼の熱が全身を駆け巡ると共に、俺の中に眠っていた熱の塊にも気付く。それはアンビスのものに比べると随分と小さく、か細いように思えた。
 これが俺の魔力なのだろう。これまで全く意識したことが無かったし、思ったよりも弱っているようで驚いた。

 だがもうひとつ問題がある。変に生命力が高まった所為か、俺は急に淫らな欲求が湧き上がりつつあった。
 それにあろうことか、知らず知らずの内に渇いていた身体は彼の魔力を欲していた。俺がその顔を窺うと、アンビスは真面目な表情で俺を見返した。

「……どうです? 楽になりましたか?」
「ええ、ありがとうございます。あの……お礼がしたいので、こっちに来て頂いていいですか?」
「いや、お礼なんて。寧ろお風呂で急に変なことを言ってすみません」
「いえいえ、ある意味命の恩人みたいなものですから」

 俺は申し訳無く思いつつも、彼の手を強く握り直すと半ば無理矢理引いてある場所へと歩みを進めた。
 話しながら歩いていたこともあって、もう俺の店の裏手まで来ていた。住居である2階に続く階段はあるが、植物について詳しいエルフをドラゴンウィスカーもどきの近くに連れて行くのはリスクが高い。
 よって俺は、1階の倉庫の中へ鍵を開けて入る。だが流石に違和感があったのか、その手前でアンビスは手を離して退こうとした。

「本当に大丈夫なので……!」
「……すいませんね」

 いけないと思いつつも力を込めて彼の手を引いた。不意を突いたこともあるが、華奢なエルフの身体は軽く、つんのめるように倉庫の中へと入る。
 扉を閉め、彼を壁に押し付けるとそのまま唇を重ねる。手を重ね合うだけでは足りない。もっと深く繋がり合って魔力を吸い上げたかった。

「んっ……!?」

 アンビスは必死に唇を閉ざし、俺の身体を押し除けようとする。だが花屋の腕力を甘く見てもらっては困るし、抗えない欲求が俺に更なる力をくれているようだった。
 俺は丹念に彼の唇を舌で舐めた。天井近くの細い明かり取りの窓から辛うじて月光が入り朧げに顔が見える。整った眉根を寄せ、戸惑ったように視線を泳がせる美貌に俺はあろうことか嗜虐心を掻き立てられてしまった。俺は遮二無二アンビスの唇を割り、舌を侵入させた。

「……ッ! ……っ……!」

 彼の舌に自分のそれを絡ませる。だがアンビスは抵抗を止めない。俺は彼の両手を壁に縫い付けるように押さえ付け、更に深く口付けた。

「ん……ッ!」
 クチュッ……ヌチッ……

 すると彼は鼻から抜けるような吐息を漏らし、身体を震わせた。その反応に気を良くした俺は、そのまま彼の口内を貪った。
 歯列をなぞり上顎を擦る。そして逃げる舌を追いかけ、また絡め取る。唾液が混ざり合う音が俺の脳内を掻き乱し、より情欲を煽った。
 予想通り、魔力が唾液越しに伝わって来る。こんなにも美味いのかと俺は感動し、もっともっとと彼の口内を蹂躙していった。
 暫く絡め続けていればその内身体から力が抜けたのか、俺が手を放してもアンビスはもう抵抗しなかった。俺は彼に身体を摺り寄せ、更に深く唇を貪った。そして空いた手で彼の腰や脇を撫で回す。

「んっ……んんッ……」

 すると彼は鼻に掛かった声を漏らしながら身体をくねらせた。どうやら感じやすいらしい。
 俺は彼の腹や胸を掌で撫で回しつつ、足の合間に太腿を入れる。そして探りを入れるようにゆっくりとそれを上げていった。

「んぅ……っ!」

 彼はビクリと身体を跳ねさせ、俺の太腿を手で押し退けようとした。だが俺はそれを意に介さず彼の股間を押し上げていく。すると彼はまたビクビクと身体を跳ねさせ、俺の腕を掴んだ。
 その反応に気をよくした俺は、更に強く太腿を押し付けた。そして亀頭の辺りをぐりぐりと刺激する。

「んッ! ……ふ、ぅ……っ」

 アンビスは必死に声を抑えようとしているようだったが、鼻に掛かった吐息までは隠しきれていなかった。
 俺はそれに気を大きくして彼の唇を解放してやる。アンビスは涙を浮かべつつ俺を睨み付けた。

「な、何するんですか! いきなりこんなの!」

 だが言葉とは裏腹に彼の陰茎は快楽を拾ってしまったようで、そこは既に段々と膨れ上がりつつあり、俺に触られる度にびくびくと震えていた。
 気丈なエルフを手篭めにする興奮が俺を突き動かしていた。その長い耳に唇を寄せて舌を這わせると、アンビスはまたビクリと身体を震わせた。

「やっ……やめろぉ……!」
「エルフって反応しやすいのか? キスだけでこんなんになるなんて」
「そ、そんなことはありません。寧ろ寿命が長い分、基本的には淡白で……こんなことで、反応する訳が……ひゃんっ!」

 耳に舌を差し込めば彼は耳の先まで真っ赤になり悶える。その姿に背徳感がつのり、益々己の欲求を昂らせていくのを感じた。俺はそれに逆うことなく行為を進めていった。

 チュプッ……クチュッ……
「ふ……っひ、んっ……♡」

 下からなぞるように動かす舌の感触にアンビスは身体を震わせた。その反応からしてこれが初体験なのだということは想像に難くなく、さっきまであんな真面目な顔で俺を助けてくれた奴がこれだけ乱れているという状況が面白くて仕方がなかった。
 そのエルフの象徴のひとつである細く尖った耳の先端を咥え、甘噛みしながらしゃぶる。アンビスは顔を背けて屈辱に震えていたが、その頬も耳も真っ赤に染まっていた。

「な、なんでこんな……おかしい……っ。この匂い、変な草を……んっ、んっ……♡」

 アンビスは自分で自分の口を手で覆った。そうでもしなければ喘ぎ声が出てしまうのだろう。俺は嬉々として唇と舌、そして太腿を動かす。

 チュパッ、ジュルッ、コリコリ……
「んッ……ふ、ふぅっ……♡」

 どんなに堪えようとしても鼻から抜ける吐息が漏れてしまう。俺はそれが嬉しくて更に強く刺激した。すると彼は身体を仰け反らせて身悶えた。

「あッ!♡……や、やめ……っ♡」

 アンビスは俺の腕を掴み引き剥がそうとするが力が入っていない。逃げようとしたのだろう、腰をくねらせるが後ろは壁で、結果的に自分から太腿に股間を擦り付けるような動きもしてしまう。
 その無自覚の厭らし過ぎる動きに、俺は自分自身も段々と熱くなってくるのを感じた。
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