魔女の棲む森

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運命の欠片

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森から城までは馬車でおよそ2時間。長い距離ではないが短くもない距離だ。
とはいえ馬車で行った場合の話であるため歩きならその倍、馬ならその四分の三程度の時間がかかる。

馬車でも用意されているのだろうと思いながら彼らについて森の出口近くまで歩いて行くと、この森わ住処とする馬とは違う馬の気配を感じた。彼らが連れてきた馬なのだろう。ジャリジャリと足を鳴らす音の数から考えてそこにいるのは三頭。対して今現在ここにいる人間の数は四人。

さて、本当にここにいる馬が彼らの相棒なのだとしたらどうやって城へ向かうつもりなのか。

「そこに馬がいるようだけど、あなた達の?」

「そうだが何か?」

「馬の数がおかしいわよね。私は歩いて城まで向かうのかしら?」

「さすがにそこまで鬼畜じゃないぞ」

「じゃあ誰かと相乗り?」

誰かに抱えられて馬に乗るなど御免だ。それだけは避けたいクランは訊ねた。

「そのまさかだが、何か問題でも?」

「大有よ!!なんで私がっ…」

誰かと相乗りしなくちゃなんないのよ!!

そう続けようとした所で今日同行していた側近の一人____確かウィルと言っていた____がクランの口を塞ぎ後ろから羽交い締めにした。

曲がりなりにも王の側近である。
彼の腕はビクともしなかった。

「魔女よ、王に対しそんな砕けた口をきくだけでも不敬だがそれに加えてその態度はなんだ。いくらなんでも目に余る。立場をわきまえよ」
 
何が立場よ!!
こっちは頼まれたからついて行くって言うのに!!

抑える手がなくなった瞬間噛みつきそうな彼女を見てジークフリートは腹を抱えて笑っている。
そんな中、なんとも間の抜けた声が響いた。

「まぁまぁお偉いさん方、一先ずうちの魔女さんを離しちゃくれねぇか」

クランを抑えているウィルとは別のもう一人の側近、エイブラムスが腰にいた剣を振り向きざまに抜きはなち、ジークフリートを庇うように前に出た。
その視線の先にいるのは、クランと同じ銀色の長髪を後ろで束ねた青年だ。先程の間の抜けた声の主が本当にこの青年なのか疑いたくなるような鋭利な空気を纏ったその見た目は、街を歩けば誰もが振り向くであろう美しさ。
その姿に、クラン以外の三人は見とれた。

そのせいでクランを抑える手が緩み、気がついた彼女は体重を思いっきり後ろにかけるとウィルをよろめかせてその腕から逃げ出した。
青年の方へ駆けよりその後ろから顔だけ覗かせている。

「……っ、おい!!その魔女をこちらへ渡せ!」

事態を飲み込んだウィルが青年を怒鳴りつけた。

怒鳴りつけられた青年はと言うと、ウィルの声が大きすぎてうるさかったらしく両耳を手で塞いでいる。

「渡すも何もないでしょう?大体、客人迎えにきたくせに馬車も用意しないとかどんだけ今の王様は気が効かないんだ」

その言葉に更に何か言葉を投げようとしたウィルをジークフリートが止めた。

「確かに気が効かなかったことは認めよう。だが、名を名乗らずに言いたいことだけ言うのはマナー違反では?」

「俺はギン、と呼ばれている。このクランにな。」

「ほぅ…この森に人間はクラン一人だと聞いていたのだがな。寂しさに負けて等々男を連れ込んだのか?」

「はぁ!?違うわよ!!
これはキツネ!!銀狐!!よくキツネに化かされるって言うでしょう!?」

クランは興奮気味に言うと、ギンの体をペタペタと触りつつ後ろで束ねられた彼のその髪の毛を見つけると思いきり引っぱった。すると、ボンッという音とともに銀髪の美青年ではなく銀色の毛並みのキツネが現れた。

「おいクラン!!痛いだろうが!」

「うるさい。あんたのこと口で説明したところで信じる人間がどれだけいると思ってんのよ」

キツネに対して叫ぶ一人の人間とその人間に対して鳴く一匹のキツネを見て、ジークフリートたち三人はあんぐりと口を開けている。

「どう?これがキツネだって信じる気になったかしら?」

「…ああ。信じるしかないだろうな。」

ジークフリートがそう言った瞬間、またもやボンッという音がしたかと思うと、目の前には人型をとったギンがいた。

「まぁ信じたんならそれでいいさ。で、取り敢えずお願いなんだけど、俺も一緒に連れてってくれよ。馬も連れてきたからさ」

ギンは道を逸れて森の中へ入ると、すぐに一頭の馬を連れて戻った。ジークフリートたちが連れてきた馬たちに負けずとも劣らずの立派な白馬だ。

「その馬は?」

「リリーと言って、生まれてすぐに親を亡くしたからクランに育てられたんだ。普段は森の奥に暮らしてるが、クラン母親の一大事と聞いてすっ飛んできたものの間に合わなかったらしい。拗ねてたから連れてきた」

クランは「リリー!」と言って嬉しそうにその顔を優しく撫でた。彼女自身、リリーと会うのは久しぶりだったからだ。

「ギンはともかく、私の移動手段は必要なのだからリリーは連れて行くわよ」

これだけは絶対に譲らない、そんな意思が感じられたのだろう。
ジークフリートは仕方ない、というふうに首を横に振った。

「そこのキツネもいっしょに連れてくるがいい。ただし、城の中ではキツネの方は常に人型を取れ。キツネが城内を歩いていたとなればすぐに追い出されるからな。ウィル、エイブラムスお前たちもわかったな。」

「「…御意」」

本当は嫌です、という気持ちを隠しもしない二人を横目に、ジークフリートは今度こそ森の出口へ向かった。
森と人々が生活する場の境目であるこの場所には、道の両端に結界石が置かれている。これはこの森を封ずる意味とここから先へ人が立ち入ってはならないことを示す意味があり森唯一の出入り口であるこの場所以外にも四ヶ所に同じように石が置かれている。ただし、そこから人が入ることは出来たとしても出口として利用することは出来ないのだが。

ジークフリートは、森とその先の境界線上に配置されている石の片方へ近づくと短剣を取り出し手のひらにその切っ先を押し付けた。
離せばそこからつぅーっと血が流れ出し、彼は結界石に描かれる方陣の中央にその手の平を指が真上に向くように押し付けそのままゆっくりと右側へ傾けた。

そしてすぐに、正面からこの森のものとは違う空気が流れ込んでくるのをクランは感じた。樹木に浄化された綺麗な空気ではない、少しだけ淀んだ、人間の生活を感じる空気だ。

リリーとギンを横に従えて、ゆっくりと出口へ向かう。あと一歩で森の外だという所で、クランは恐る恐る手を伸ばした。普段のように結界がそこにあれば、バチバチッと電流が流れたように光が走り結界に触れた場所が軽く焦げるのだが今回はそんなことはなくすんなりと手は森の外へとでた。それを確認した彼女はそのまま最後の一歩を踏み出し、完全に森の外へとでた。

スーっと大きく息を吸って空を見上げる。どこまでも広がる青い空に手を伸ばした。色や景色は同じでも、空気が違うと全てが違って思えるから不思議だ。

クランのあとからウィル、エイブラムスがそれぞれ自分の馬を引いて森の外へと出ると、最後にジークフリートがやってきて、クランの隣に立った。

「どうだ、久しぶりの外の空気は」

「森と比べて草木が少ないせいなのでしょうね。少し淀んでいるけれど、最高だわ」

空を見上げたまま答えた彼女の表情は、まさに"花が咲いたよう"という形容の似合うものだった。


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誤字脱字が目立ったので少し書き直させてもらいました。






 
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