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ドジっ子薬師、触手に捕まる

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「っ、あ。どうしよう」

 変な向きに固定された手脚。
 力の限りもがくけれども、拘束された位置が悪いのと、恐怖のせいで力がちゃんと入らない。

 私の必死の抵抗なんて全く効果が無いのだろう。私の挙動を受けて、一応繋いどくか。みたいなノリで産毛の生えた蔓がさらに絡みついてくる。
 すこしちくちくするそれが、ただでさえ怖気立っていた私の肌をさらに粟立あわだたせた。

「はあっ、っあ、嫌だ、誰かぁっ!」

 首を絞めにきた蔦が一本。首を一周し、そのまま服の中へ先端が潜り込んでいく。
 それとは別に、古着のシャツの中を、ぬめる雄しべの様な先端をした一本が入りこんでは、私の体をまさぐっていた。

「やあっ」

 ぎしりと強張る体。
 怖気立つほど気持ち悪いのに、性感帯を刺激するそれ自体は快感を感じさせるもので。
 感情とその感覚の非相関性に嫌悪感が増し増しで募っていく。

 ああ、一体、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 とうとう目元から溢れた涙を拭うことも出来ないまま、私はこの厄日を悔い振り返った。


 ことの始まりは数時間前、早朝。

 昨日は雨が降ったおかげで、暑くなってきたこの時分でも薬草が元気に伸びているだろう。と、私はうきうきで森へと出かけた。

 お師匠から一人前として認めてもらい、薬師として暖簾分けしてからもう半年。

「そろそろ慣れた頃だろ。油断すんなよ」

 こういう時期が一番危ねえからよ。と、師匠からは、きちんとそう言われていたのに。

 コモンタイムを採って、セージを摘んで。
 水気に弱いラベンダーは少し枝の間引きをしなければと忙しくしていると、むしむしとした暑さについ薬師のローブを脱いでしまった。
 師匠が餞別にとくれた薬師のローブには、いくつかの魔除けのまじないがかけてあることを、知っていたはずなのに。
 汗が引くまでの少しの時間だけ。
 そう思って休憩していたのだけれど。
 持ってきた水を飲んだ視界の端に、白い何かが写った。

「わあ珍しい、まだ萎れてない月下美人だなんて!」

 湖のほとりにあったのは、夜の間に咲いて萎んでしまう珍しい花。
 これをドワーフ火酒だとか、酒精の強いお酒にじっくりと漬けると、香りが移っていい薬酒になる。
 薬効がある上に見栄えも良いことから、近隣の領土の貴族達も好んでいて、ギルドに売ればいいお金で買い取ってもらえるのだ。

 欲に目が眩んだ私は、うきうきで腰からナイフを取り出す。
 これで夜は少しいいものを食べよう。
 そんなことばかり考えていたから、私は気付かなかった。
 半日陰で育つはずの月下美人が、直射日光のあたる湖のほとりにポツンと生えていたこと。
 月下美人の茎や葉の形が、通常のものと異なっていたことに。

 そうして、冒頭の通り。

 私はシャツと短パンという軽装のまま、私は人をも捕食する好色植物に、採取用の短刀で挑むことになる。


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