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38.気配と予感

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 アタシの背丈で三人分とちょっとの高さの滝を登りきる。
 薄い曇天の下、吹き付ける風は冷たいものの、この季節にしては弱く穏やかだ。全身運動で温まった頬には心地いいくらいくらいだった。

 氷ではない乾いた破損音を耳にして足元を見れば、ブーツの先につけた魔獣の爪や牙がお釈迦になっている。
 くくりつけるために編んだ革紐自体は無事だが、大きくひびが入っている以上、もう使えないだろう。牙の中には売れば高いものもあったが、長さが揃ったものが無くやむを得なかった。安全には代えられない。
 爪先だけでは無く、負傷した足首は手厚く守る必要があった。腱を補助するために巻いた沼地蛙ビッグフロッグの革が寒さにやられてないことを確認し、短く息を吐く。
 指先が細かく震えている。数十分ずっと力を込めていたからだろう。この滝はこの地方ここいらのなかでは低い部類に入るのだが、いかんせん凍っている場所も多いため普段より神経をつかった。
 岩の上に薄く張った氷に体重をかけると、滝壺まで滑り落ちる羽目になってしまう。
 もう少しうまくやれたら良かったのだが。こればかりは経験が足りてないから仕方がない。

 ブーツから欠けたりしている爪を外していると、妙な気配に気がついた。
 一拍、気配を絶って辺りを窺う。
 耳をすましても、くぐもった水の音や遠くで雪が落ちている音くらいしか聞こえない。
 気のせい……ではないにしろ、こちらへの敵意はなさそうか。と、何もいないことを確認しながら、体に結びつけていた縄の処理をした。

「ふうむ……大丈夫かね。今のところは、って感じだが」

 キンとすんだ冬の森の空気。それに加えてピンと張った感覚を覚える。
 滝を境に何かが変わっているのか、どことなく様相が変わっているようだ。
 説明しがたい、空気とでも言おうか。冷たくひりつくような視線を感じ、ツルハシの柄をぎゅっと握り直した。

 沢の両側に転がる岩も、滝の下に比べて大きいものが目立つように思える。
 ここは水辺で、さらに雪山だから居ないはずだが、火蜥蜴サラマンダーの生息地にとてもよく似ていた。

 ざわざわと心臓の底が落ち着かない。
 得体の知れないこの感覚は、無視しないほうがいいことを経験則から知っている。
 眼下の滝をちらりと見やり、しばし逡巡したあと、丹田に力を込めた。

「ここからは気合いを入れた方が良さそうだね」

 まだ、魔物や魔獣の姿は見えないが。少々危険だが、ナタの保護具を外し、刃先の向きに気をつけて腰に据えた。狩弓の矢筒の蓋を取り、背中に背負い直す。いつでも使えるようにするために。

 ツルハシは仕方ないにせよ、もう片腕は極力空けておかねばならない。
 つまりは、道中これまでのように薬草辞典を開きながら進む余裕はなさそうだ。
 先ほど読んだ内容をぶつぶつと反芻しながら、ゆっくりと足を進めた。


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