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36.ショートカット
しおりを挟むたどり着いた滝の裏。
えぐれるように削られた岩壁には小柄なひと一人が通れそうな幅があった。
ところどころ途切れているそこを極力濡れないように移動する。が、如何せん身幅があるゆえに、すぐに片足に水がしみてきた。採り終わり次第、すぐに乾いたものと取り換えたほうがいいだろう。
寒い土地で濡れたままにしておくと、ひどい時は血の通りが悪くなりすぎて最悪数日後にもげてしまう。
「普通の女だったなら、普通に通れるんだろうけどねえ」
普通の女がこんなところに来るわけもないか。そう独り言ちながら、肩にかかった水を犬のようにふるい落とす。油紙のおかげで肩は濡れておらず、無事だ。
凍った苔で滑りやすい足元に注意しながら飛び跳ねるように進み、目当ての場所へとたどり着く。
比較的足場の広いそこには、石壁に松明を立てかける台座が打ち込まれている。足元も木材で足場が組まれた跡があり、タルン村の者が採取につかっていたのだと察した。
採る者が居ないせいか、氷草はたくさん生えている。
タルン村が滅びたから。とは書いていないものの、依頼書には今年の流通量がだいぶ落ち込んでいることが理由として記載されていた。
これだけの量が卸されていないとなると、実際に影響も及んでいるのだろう。煎じると嵩が減るから、根こそぎではないにしろ多くとって帰りたい。
孤児院のチビ達の顔を思い浮かべつつ、アイテムボックスから空の酒甕や持ち出し食の入れ物だった瓶をいくつか取り出す。サイズこそ不揃いだが、根本から葉先まで入れられるものが多いに越したことはないだろう。
領主との交渉材料にするかもしれないし、品質は高い方がいい。
あまりに小さいものを除いて、手のひらより大きくひざ下より小さいものを狙ってツルハシで割り取っていく。
ツルハシが水面の氷に刺さるたび、氷草が揺れてあの澄んだ音がこだました。
割り取った氷から慎重に氷草をキリでさらに細かく分けて、入れ物へ。あらかじめ雪を採取しておけばよかったと悪態つきながらも作業すること、また一刻。持ってきた入れ物ほとんどに氷草を採取することができた。割る際誤って葉を落としたものも油紙回収しつつ、滝の裏から抜け出す。
「竹筒に水も補給できたし、上々だ」
時刻はちょうど昼餉時。同封する柔らかい雪を集めていると、近くの岩場に陽が射してきた。これ幸いと腰を下ろし、木の実の携帯食料と花茶、塩を舐めてひと心地つく。
続けて大きな音を出したので、一般的な動物は近寄ってこないだろうが、辺りの警戒を続けつつ視線を巡らせた。
「牛蒡も水辺の日当たりのいい場所にあると書いてあるんだが、今年は不作なのかね」
ぱらぱらと図鑑を眺めていると、注釈があることに気が付いた。
牛蒡の葉の形ばかりに気を取られ、同様の緑の植物を探していたが、この雪牛蒡の葉色はなんと白いらしい。
「光合成ではなく、地面から魔素を取り込み成長する。葉は凍結しないよう日光の熱を集めるもので、根部分は常に低い温度でなければ活性化しない。か、いやはや。見落とすとこだったよ」
不思議な植物もあるもんだ。
地上に出ている部分を探すにあたって、緑色をずっと探していた。
見れば雪林檎も色合いが白に近い黄色をしているらしい。市場にあるものは赤く色づいていたから気づかなかった。採取後、追熟すると赤く染まっていくのだとか。
「このまま沢を登っていくと、雪下牛蒡の採取地があるのか」
雪林檎は沢から少し外れた森の中とも書いてある。
また目を細めて滝を見やる。明日の早朝、タルン村を発つにしてもあと半日しかない。
まだ夜の時間の方が長い時分だ。往路で一刻もかかったことを踏まえると、ぎりぎりまで粘ったとしてもあと四刻ほどで森を出る必要があるだろう。
雪林檎も雪下牛蒡も、それぞれ薬酒をつくるのに必要だ。
雪林檎は貴族向けの美容目的の薬酒になるし、雪牛蒡は今もスキットルに入っている体を温める酒に使われる。要はこの領では需要が高い。
「仕方ない」
気合を入れた短い息を吐く。
アイテムボックスから縄を取り出して、凍った滝に向き合った。
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