俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

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32.捧歌

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 薪で焼いた石をカイロにし、範囲保護の魔道具で結界を張って一夜。

 夜中は少々雪が降ったが、今は止んでいる。
 まだ朝日が昇っていないので辺りは暗いが、風はない。
 昨日と同じような薄曇りの恵まれた天気だった。

「あらためて見ると、切ないね」

 暗さに慣れた目でぐるりと回りを見渡すと、数軒の家々がその様子を露わにしていた。
 今が冬だということもあるのだろうけれど。
 人の手が入らなくなり廃れつつある街独特の、なんとも言えない静謐と侘しさが満ちている。

 統一感のある、石と土で造られた家々。屋根の材質は木材だ。
 ところどころにある小さな段は花壇なのだろう。零れ種で生えたのか、花壇回りにも内側と同じような枯れ花が倒れている。
 家畜小屋だって立派なものだ。雪の積もっていない内側には、散った羽根が見えた。

 それらの隙間から草が伸び、そして枯れ、今は雪をかぶっている。

 火を熾し昨夜焼いた肉を温め、沸かした花茶をすすりながら、人々の生活の跡に思いを馳せた。

 簡単に後片付けをして村をまわる。すると、村の一番東側にある家と、井戸の前にある大きな建物に経年劣化ではない損傷がつけられていることが分かった。

 閂の部分を残して、板を引き剥がすように剥かれたドア。残った部分に引っ掻いた爪の跡が残っている。
 黒く染まった部分は人の脂や血なのだろう。
 中に居る獲物を手でひっかけて引き摺り出したような、そんな色のつき方だ。
 中には防波堤代わりに寄せたらしい家具が山になっている。
 乱雑に片寄られた衣類、そして羊皮紙。
 田舎には珍しい本棚と、数冊の紙の本も散らばっていた。タイトルから察するに、この建物が村の長の棲家だったのだろう。

 窓の近くには脚の折れた椅子が四脚。内側にも外側にもガラスの破片が散っていて、その時の攻防の様子が想像できた。
 リュシエル様の血縁ならば、きっと魔法に長けた者もいたのだろう。風の魔法を使った時特有の、大きな彫刻刀で削ったような跡も見つけられた。

 胸に祈りの紋を切り、その場を後にする。

 雪の足音を共だって足を運んだのは、村の近くにある大きな木の足元だ。
 大きいものから小さなものまで。きちんとした墓標が、おそらく家族ごとにたてられている。

 それらの一つ一つの雪を手で払い、巻きついた蔦の枯れ枝を取り去った。
 綺麗になった墓標全てから見えるよう、数歩離れた場所で火を熾す。
 小さな山を組むようにして、火が大きくなるのをじっと見つめた。

「タルン村の方々よ、急な来訪を許しておくれ。あなた方の仇の熊を討ち取ったから報告にきたよ。悲しみも苦しみもこの火が風に散らしてくれるから、安らかにおやすみ」

 松明用の松脂を熊の皮に少しだけ包み、火の中へと焚べる。
 するとすぐに生き物を焼いたとき独特の匂いがあたりに立ち込めた。

 胸に手を当てて、生家にいるときに習った鎮魂歌を口ずさむ。幼い頃繰り返し練習したし、家を出た戦場でも時折口にしていたおかげか、この歳になっても歌詞が飛ぶことは無かった。
 火の前に、ドワーフの親父さんに貰ってきた神酒を置いたけれど、季節柄供える花もないから、せめてもの捧げ物になることを願う。

 音もない真っ白な雪の世界に、傭兵のしゃがれ声が朗廬と響く。
 大樹の枝から雪が落ちる様子が、まるで涙を流しているようにも見えた。
 時の流れがひどくゆっくりになった気がする。そんな、不思議な感覚がした。

 しばらくそうしていると、墓標近くの雪がゆっくりと、一部分だけ溶け始めた。
 歌を止めれば、頬に感じたのは昨日ぶりの春の風。
 きっとあのハイエルフが、どこからか見ているのだろう。

 少しだけ口角を上げて、そして慈愛を込めて、歌い続けた。

 生家では、声が低く、美しくないとダメ出しされた歌声で申し訳ないが。どうか輪廻の先で、穏やかで幸せな生に恵まれますように。と、祈った。

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