俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

文字の大きさ
上 下
32 / 39

31.一難去ってまた

しおりを挟む

「ちょっと! 真名を大きな声で言わないで。いきなりどうしたの?」

 向こうの発話が始まると、薄緑色の光がちろちろとスクロールを焼いていく。
 軍部御用達と謳われている魔道具屋で買った値の張る通話用のスクロールなだけあり、すぐ側で会話しているような通りの良さだ。といっても、常用ではなく緊急用として低ランクのものを購入したから、盗聴防止はかかっていないし、時間の持ちも短い。
 燃え尽きるまでに会話を終わらせなければ。

「まさかと思ったけど、やっぱりあれは本物のハイエルフだったんだね……ティアナ。単刀直入に言うよ」
「んもう……ふう、いいわ。緊急なのね。わかった。話してちょうだい」
「リュシリュエールが熊の魔石を欲しがってる。まだ手元にあるかい?」
「リュ、リュシエルさまに会ったの!?」

 ガタン! バサバサと、いかなり立ち上がったのか何かが落ちる音が聞こえる。
 リュシリュエールは通称リュシエルというのか。

「ああ。タルンの村で会った。知り合いなら話は早いね」
「……あの村はリュシエル様の直系の血が混じっていたものね……知り合い、というか……そうね。ものすごく遠いけど一応血が繋がっているわ」
「なら、わかるだろう? 言われた通りに魔石を渡さないとまずい気がするんだ」
「そうね……ああでも、魔石は、もう提出したわ」

 あいにく、一歩遅かったようだ。
 アタシは苦笑した。顔は見えないけれど、ティアナが額に手を当てて嘆く様子も目に浮かぶ。
 いつも仕事の速いティアナに感謝していたけれど……。今日ばかりは二人して沈黙してしまった。

「どこに提出したんだ? もし、主催なら……」
「ええ、ノースブルグの領主よ。……急いで、手紙を書かなくちゃ」

 ああ、でもなんて書こう。貴族相手に献上した魔石を返してくださいだなんて、自殺行為もいいところだわ。と、人間社会に慣れきったティアナが揺れる声で独りごちる。その言葉を聞きながら、耳に引っかかった単語を繰り返した。

「直接領主に送ったのかい? どこか、熊狩りの運営経由とかではなく?」
「そうなのよ。辺境伯宛にそのまま贈ったの。ちょうどこの街に居るのがわかったから、使者の形で謁見をとってね。前に運営が中抜きする不正があったんだけど……スカーレットの唯一の獲物だったし、引っこ抜かれたときの損が多いと思って……」

 やっぱりティアナは仕事が出来る。
 光明が差した気持ちで、念押しで確認した。

「シュバルツ・フォン・ノースブルグ?」
「え? ええ、そうよ」
「はあ……良かった、そこまで堅っ苦しい手紙は必要無さそうだよ。ティアナ」

 どうして? と、翡翠色の目を瞬いている表情が目に浮かぶ。
 けれど手にしていたスクロールはもうほぼ燃え尽きようとしていた。

「ちょっとした貸しがあるというか、これから出来るというか……まあ、伝手さ。理由は戻り次第話すよ。とりあえず、面会の先触れだけお願い出来るかい? アタシの名前で」
「スカーレット、貴女また……!」
「心配するようなことはないから大丈夫だよ。じゃあ明日の夜か、明後日の早いうちに戻るから」

 言い終わったかどうかのところで、ぶつりと音の繋がりが途切れる。スクロールは手のひらの上で最後に明るく燃え上がったあと、音もなく消えた。

 今から夜通し戻れば明日の昼には戻れるかも知れないが、弔いを無碍にしてもあのハイエルフは喜ばないだろう。
 ギルドの伝票にあった薬草類も道すがら見ておきたい。冬に流行る病の薬にもなるし、それに。

「辺境伯との交渉のカードを増やさないと」

 薪を火に追加し、途中だった兎の調理に取り掛かる。と言っても、塩と香草を使って焼くだけだが。

「明日も忙しくなりそうだね。何はともあれ、なんか腹に入れとこう」

 下手したら肉は自分で狩らないとしばらく食べられなくなるかも知れないから、味わっていただかなければ。
 薬草の採取にかかる時間が不透明だから、遅くなればまた帰還のスクロールに手を出すことになりそうだ。そうすると、高価なスクロール二枚に、魔石分の金貨の損失になる。
 熊狩りで儲けられたとほくほくしていた分、痛い出費だが……まあ、こんな事には慣れている。
 ハイエルフと対峙するなんて天災のようなもの。
 むしろ悪どい人間を相手にするより納得出来る理不尽さだ。

「最悪、妾でも構わないって頼み込むしかないか」

 あの人閣下は、そういうのを喜ぶタイプには見えないけれど。そう独りごちて、細く息を吐いた。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...