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31.一難去ってまた
しおりを挟む「ちょっと! 真名を大きな声で言わないで。いきなりどうしたの?」
向こうの発話が始まると、薄緑色の光がちろちろとスクロールを焼いていく。
軍部御用達と謳われている魔道具屋で買った値の張る通話用のスクロールなだけあり、すぐ側で会話しているような通りの良さだ。といっても、常用ではなく緊急用として低ランクのものを購入したから、盗聴防止はかかっていないし、時間の持ちも短い。
燃え尽きるまでに会話を終わらせなければ。
「まさかと思ったけど、やっぱりあれは本物のハイエルフだったんだね……ティアナ。単刀直入に言うよ」
「んもう……ふう、いいわ。緊急なのね。わかった。話してちょうだい」
「リュシリュエールが熊の魔石を欲しがってる。まだ手元にあるかい?」
「リュ、リュシエルさまに会ったの!?」
ガタン! バサバサと、いかなり立ち上がったのか何かが落ちる音が聞こえる。
リュシリュエールは通称リュシエルというのか。
「ああ。タルンの村で会った。知り合いなら話は早いね」
「……あの村はリュシエル様の直系の血が混じっていたものね……知り合い、というか……そうね。ものすごく遠いけど一応血が繋がっているわ」
「なら、わかるだろう? 言われた通りに魔石を渡さないとまずい気がするんだ」
「そうね……ああでも、魔石は、もう提出したわ」
あいにく、一歩遅かったようだ。
アタシは苦笑した。顔は見えないけれど、ティアナが額に手を当てて嘆く様子も目に浮かぶ。
いつも仕事の速いティアナに感謝していたけれど……。今日ばかりは二人して沈黙してしまった。
「どこに提出したんだ? もし、主催なら……」
「ええ、ノースブルグの領主よ。……急いで、手紙を書かなくちゃ」
ああ、でもなんて書こう。貴族相手に献上した魔石を返してくださいだなんて、自殺行為もいいところだわ。と、人間社会に慣れきったティアナが揺れる声で独りごちる。その言葉を聞きながら、耳に引っかかった単語を繰り返した。
「直接領主に送ったのかい? どこか、熊狩りの運営経由とかではなく?」
「そうなのよ。辺境伯宛にそのまま贈ったの。ちょうどこの街に居るのがわかったから、使者の形で謁見をとってね。前に運営が中抜きする不正があったんだけど……スカーレットの唯一の獲物だったし、引っこ抜かれたときの損が多いと思って……」
やっぱりティアナは仕事が出来る。
光明が差した気持ちで、念押しで確認した。
「シュバルツ・フォン・ノースブルグ?」
「え? ええ、そうよ」
「はあ……良かった、そこまで堅っ苦しい手紙は必要無さそうだよ。ティアナ」
どうして? と、翡翠色の目を瞬いている表情が目に浮かぶ。
けれど手にしていたスクロールはもうほぼ燃え尽きようとしていた。
「ちょっとした貸しがあるというか、これから出来るというか……まあ、伝手さ。理由は戻り次第話すよ。とりあえず、面会の先触れだけお願い出来るかい? アタシの名前で」
「スカーレット、貴女また……!」
「心配するようなことはないから大丈夫だよ。じゃあ明日の夜か、明後日の早いうちに戻るから」
言い終わったかどうかのところで、ぶつりと音の繋がりが途切れる。スクロールは手のひらの上で最後に明るく燃え上がったあと、音もなく消えた。
今から夜通し戻れば明日の昼には戻れるかも知れないが、弔いを無碍にしてもあのハイエルフは喜ばないだろう。
ギルドの伝票にあった薬草類も道すがら見ておきたい。冬に流行る病の薬にもなるし、それに。
「辺境伯との交渉のカードを増やさないと」
薪を火に追加し、途中だった兎の調理に取り掛かる。と言っても、塩と香草を使って焼くだけだが。
「明日も忙しくなりそうだね。何はともあれ、なんか腹に入れとこう」
下手したら肉は自分で狩らないとしばらく食べられなくなるかも知れないから、味わっていただかなければ。
薬草の採取にかかる時間が不透明だから、遅くなればまた帰還のスクロールに手を出すことになりそうだ。そうすると、高価なスクロール二枚に、魔石分の金貨の損失になる。
熊狩りで儲けられたとほくほくしていた分、痛い出費だが……まあ、こんな事には慣れている。
ハイエルフと対峙するなんて天災のようなもの。
むしろ悪どい人間を相手にするより納得出来る理不尽さだ。
「最悪、妾でも構わないって頼み込むしかないか」
あの人は、そういうのを喜ぶタイプには見えないけれど。そう独りごちて、細く息を吐いた。
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