31 / 39
30.リュシリュエール
しおりを挟む彼が現れたときに吹いていた冷たい風が、春の祝福とやらの隙間を縫うように再び肩に吹き付ける。
むしろ強くなったような気もするが、辛抱強くこらえた。
髪が風に遊ばれて無規則にはためく。
「……ああ、いけないね」
視界の端をちらつく赤髪に気付いた彼が、意識をこちらに戻した。少し温度の戻った声で何かを唱え、指先を軽く揺らしただけで、耳を掠めていた冷気がまた遠ざかっていく。
「墓参り、と言ったね」
「はい」
「この時期に人間たちが外に出るのは、稀有なことだろう? 吾の子らがそう言っていた覚えがあるが。時の流れと共に変わったのか」
後半は独り言のように声量を落としつつ、優美に首を傾げている。吾の子と言っていた事実に衝撃を受けたが、一先ずは返答することにした。
「はい。おっしゃる通り、通常は冬場に外出はしません」
「ほう、では……尚更不思議だ……」
「森の貴人である貴方様の気分を害するやも知れませんが……」
アイテムボックスから、討伐した熊の革を取り出す。
「熊の革です。先日、この村の仇を討ちましたので。報告を兼ねて、再度弔いをと」
「……そうか」
ハイエルフは熊の革をじっと見つめている。
すうっと目を細めたかと思えば、革から赤い魔力が粒子となって立ち昇った。
ぴくりと革を持つ手が揺れる。
だが「おお……」とか言っているハイエルフの手前、驚きを必死に隠し通した。
「確かに、これは子らの魔力の残渣だ……こやつの魔石はどうした?」
「この地を管轄する、人の長に提出しました……」
「ふむ……譲ってもらうことは?」
質問されているが、これはアレだ。絶対渡さないと大変なことになる。
嵐のような力を持っているハイエルフが、人間の都合を考えてくれることの方が稀だ。こうして優しく聞いてくれるうちに動いた方がいい。
ティアナがどう処理を進めているのかわからないが、急いで話をつけなければ。
「叶うなら、数日お時間をいただきたく存じます」
「良かろう。吾の名はリュシリュエール」
びゅう、とまた強い風が吹き始めた。
「その護符の子にエルフの呼び唄を聞くがいい。ティティアーナならば知っていよう」
ざざざあと、何処からか湧いた新緑の葉が、彼の姿を覆い隠していく。魔力の葉は瞬く間に増えて、洪水のように辺りの景色を飲み込んでいった。
しゃらしゃらしゃらと、石英の膜を耳元で鳴らしたような音が、だんだん強くなる。
緋色の子よ。頼んだぞ。
葉の音が一層強くなったと同時に、頭に直接響く声を残して、ハイエルフのリュシリュエールは姿を消した。
「……さて、大事になった」
とりあえず、ティアナに連絡をとろう。
麻袋をまさぐり、スクロールの束の中から伝書鳩を模した封蝋のついたものを探し当てると、勢いよく引き裂いた。
虫の羽音のような空気のブレが耳元で展開される。
ティアナが応答の返事で口を開くよりも速く、アタシは彼女に問いかけた。
「ああ、ティアナかい? アンタ、ティティアーナが本名で合ってるか?」
10
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。


蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる