俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

文字の大きさ
上 下
30 / 39

29.祖

しおりを挟む

 雪が触れて濡れていた薪は、燃えるとき温度差で爆ぜて大きく音を立てる。
 それなのに、すべての音が消えたかのような錯覚がして、肌が粟立った。

 少しでも指を緩めれば、言葉よりも速く飛ぶほど狩弓を引き絞る。その構えを解かないまま、アタシは誰もいないはずの村の奥をひたと見据えた。

(なんかいるね。……大物だ)

 今まで凪いでいた雪と風が、不自然に渦をまき集まっていく。帽子からはみ出た髪が、渦に持っていかれる向きで靡いた。
 懐のアミュレットがじんじんと熱を持ちはじめる。
 きし、と狩弓がさらにしなった。
 渦の中で、段々と存在感が増していく。
 人でも魔獣の類でもなさそうだが、正体はなんだろうか。
 不思議とあまり敵意を抱けない、けれど警戒しないままでもいられない。そんな初めての気配に固唾をのんで身構え続ける。

 寒さ由来ではなく、ぞわぞわと心臓を撫でられるような悪寒に震えた。うなじがひりつくような緊張感に体の動かし方を忘れてしまいそうになる。

 この感情の正体が「畏れ」だと認識しはじめたとき。
 びゅう、とひと際強い風が吹いて、瞬き程度の刹那だが、アタシはついに目を閉じた。

「……ああ、戻ってきたのか? 人の子よ」

 耳に届いた歌うような声に、ハッと目を開く。
 そこには、木々と雪に歓迎されるような空気を纏った、高貴な生き物が君臨していた。

 久しく見ていない太陽の色を集めた、金色の瞳。

 慌てて狩弓を地面に置き、膝をつけて頭を下げる。
 両手の手のひらを空に向ける形で前に突き出して、無抵抗の意思表示をした。

「森の貴人、神の愛し子。貴方様の気配を認識できず、武器を向けてしまったことをお許しください」

 柳耳に色素の薄い髪。エルフだ。
 それも金の目を持った、古の種の。

 アミュレットがエルフの祖の魔力に共鳴して、星が瞬くように、そして脈打つように光る。

 ギルドに置いてあった文献と、ティアナがぼやいていた内容でしか知らないが、普通のエルフよりはるかに気位が高く力を持った存在だと聞いている。
 この世界が始まるときから存在する原種の生命。
 百年そこらで生まれ死んでいく人間など、アタシらで言う虫のような存在でしかないだろう。
 分からなかったとはいえ、武器を向けてしまったのは失態だ。
 低く低く低頭し、これ以上機嫌を損ねないようにいのるしかない。対峙してわかるその強大さ。軽く膝が笑うように震えていた。

「……この地の者では無かったか……同胞の気配がしたのだが。ふむ……顔をあげよ」

 つい、と顎先を指で掬われるような感覚がした。それには逆らわず、相手の口元に視線を留める範囲で顔を上げる。
 魔力が籠った瞳は、直接見ると骨抜きにされるとティアナが言っていたからだ。

は怒ってはおらぬ。そう怖がらずとも良い」

 二、三歩先の距離で、子供にするように膝を折ってくれている。纏う空気も柔らかい。というか、実際に頬を暖かい風が撫ぜた。
 不可解な現象に、困惑が顔に出たのだろう。
 目の前のハイエルフは僅かに口角をあげると、事も無げに「春の祝福を分けてあげよう」と言った。
 相当高度な魔法を、無詠唱で興している。
 その技術の高さに寒気がした。もう、種族の違う生き物という垣根を越えて、神様に近い何かにしか思えない。
 身じろぎせずに静止していると、機嫌良さそうに彼は口を開いた。

「お前はどうしてここに来たんだい。近頃、この村の人間は居なくなっただろう」
「……墓参りに、来ました。この村は冷夏により猛った熊に襲われ滅びていますので」

 事実をそっと声に載せる。

 ほとんど表情を変えないが、僅かに空気が変わるのを肌で感じる。恐らく、彼の高すぎる魔力がその場に作用するのだろう。

 どうやら目の前のハイエルフはこの村と親交があったようだ。

「……なるほど。そうだったか」

 静かに目を閉じて、想いを馳せているのか。
 まるで絵画のようなその姿に、アタシは息を潜めた。

 一体どんなやり取りがこの村と彼との間にあったのだろう。
 思った以上に心を置いているその様子を不思議に思いつつも、なにも声をかけられないまま、その顔をじっと見つめていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...