俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

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27.獣道

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 朝二番のギルドでは、出立前の冒険者達が依頼の伝票を精査して混み合っていた。
 といっても、枕詞に「このギルドでは」がつく。入れ替わりがあるが、片手で数えることができる程度のパーティ数だった。遠出するパーティはもう朝暗いうちに出発したのだろう。
 今いる集まりはこの街の近辺か、街の中のお使いのような依頼を受ける、いわゆる駆け出し低ランクの子らばかりだった。

 領都だともっと人が多いこともザラだったから、余り驚きはない。
 長く待つこともなく、受付のグレンに声をかけることができた。

「おはようさん。グレン」
「あっ! おはようございます! 俺、昨日びっくりしましたよ、もうこちらには来られないのかと……!」
「街の近くでは活動するって言ったんだが。聞いてないかい?」
「聞いてないです……! ああ、よかった……!」

 ティアナには伝えていたのだが。
 必要最低限は共有したからと省略してしまったのか、それともわざとなのか。後者のような気もするが、いずれにせよグレンには伝わっていなかったようだ。
 縁が途切れないことをよろこぶ彼を嬉しく思いながら、依頼を口にした。

「今日はこれから出かけるから、いくつか買い物をしにきたんだ。ポーションは一揃い用意できるかい?」
「はい! ございます!」
「いいね。頼むよ」

 気を取り直した。といった様子で、カウンター内の戸棚を漁るグレンの背中を眺める。
 ティアナのポーションと、水に食料、花茶や嗜好品。それから火熾しに使う枝なんかを数本補充した。全部で銀貨二枚ほど。
 熊狩りのために用意した荷物がそのまま使えるおかげで、今回の補充は少なくすんだ。

 カウンターに背を預ける。グレンが揃えてくれているうちに、依頼伝票の掲示を冒険者達の背中越しに見つめた。遠視のスキルが発動するとき特有の、瞳孔がぎゅっと開く感覚。ギルド内くらいの明るさならあまり負担はない。晴れた雪原や真夏の日が高い時間にこれを使うと、眼が明るさに灼けてしまうのだ。
 タルンの村の近くには、冬しか採れない薬草がいくつかある。依頼の中で需要があるものは何かを読んで、頭に叩き込んだ。

「スカーレットさん、用意できました!」
「ああ、ありがとうよ。今度は三日くらいで戻るからね」
「はい! いってらっしゃい」

 片手を上げ、ギルドを出た。
 耳慣れたドア飾りの鳴り子の音を背に受けて、北東に向かって歩き始める。
 街の中は商いをする者たちで、冬にしてはまあまあ賑わっていた。
 工房を持つ職人を除いて、住民達は普段なら冬ごもりをすることが常なのだが、今日の天気を無駄にしないようにするためだろう。
 朝市の通りに並べられた品物が鮮やかだ。家の中や店の中で創った毛織物の品ぞろえは、一年を通しても一番いいように見受けられた。

 街の門の衛兵に昨日の捕物の礼を渡し、街を出る手続きをする。
 そして、この街に入るときはスクロールでの移動だったから、その言付けと共に多めに寄付金を渡しておいた。
 外出の理由として、タルンの村に行く旨とその理由を耳にした衛兵の筆が一瞬止まったから、もしかしたらゆかりの者なのかもしれない。

 門を抜けると、道の片隅に積まれた雪が固まって、大きな氷の壁のようになっていた。それに沿ってしばらく歩く。門の影を抜けて、日の当たる部分はビチャリビチャリと足音が水気の多いものが多くなっていく。
 今日は往来が多かったのか、人や馬に踏まれ溶けた雪がひどい悪路をつくっていた。
 途中で靴の中敷きや靴下を変えたほうが良さそうだ。
 休憩場所のアタリをつけながら、人の作った轍から離れ、獣道への分帰路へ入っていく。

 もうすっかり人の気配のなくなった、タルンの村への道。

 行先を示す案内板が「旧タルン村」に変えられているのが、なんとも物悲しかった。
 

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