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25.長いものに巻かれにいく
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「……閣下……」
スカーレット嬢が辞したドアを見つめ、指を膝にトントンと叩き続ける上司に、恐る恐る声をかける。
青を集めて黒に染めたような色合いの瞳が、きろりとこちらを見てきて肩が揺れた。
「……ザイル。三日以内でルミナリス家の動向を洗ってくれ。ざっくりでいい。そうだな……三十年分ほど」
「さんっ、……!」
「ああ。それから養女を貰ってくれそうな家もだ。出来ればルミナリス家と対峙している派閥がいい。リストは作っておくから併せて履歴調査を頼む」
あそこは以前、貸しがあったな。いやしかし、脅すような形では彼女が心地良く過ごすことが出来なくなるか……。など、独り言のように未来を組み立て始めている。
宙を見るようで、何も見ていない横顔。
正確には、頭の中に思い描いた今後の道筋を緻密に読んでいる、戦場でもよく見た顔つきだった。
これは、大事だぞ……。と、内心冷や汗をかく。
シュバルツ・フォン・ノースブルグ辺境伯
齢三十で国境の難しい領土を継いだ。王都では知らぬもののいない有名な軍師。
十五に立志式を終え、貴族ゆえに少尉として戦場に立ってからすぐに戦果を挙げたと、過去にも名を轟かせた事がある稀有な人だ。
外見は北の国の血を祖先に持つゆえに、透き通るような薄い色の肌をしている。それとは逆に髪も目も暗い色を持って産まれた彼は、金髪碧眼が多いこの国貴族の中で、ひときわ異彩を放っていた。
シュバルツの名の通り、戦場の闇夜が似合う男として。
そのおかげで、彼の国から亡命して来た流民には、自分達と同じ色を持つ最後の守護者と呼ばれていた。ただし、閣下の領地で暴徒と化した場合は容赦なく切り捨てる冷徹漢であるという噂もあったようだ。
体格はこちらの国の遺伝が出ており、軍人の自分から見ても恵まれた体格をしている。
しかしながら、軍師の役職は飾りではない。初陣の少尉の階級からスタートし、たったの十五年でその座に就けるほど、緻密な戦略考察に長けていた。閣下を除いて、歴代の軍師達がみな齢五十を過ぎて就任していることからも、その凄さがわかる。
そんな彼が勝ち筋を作るために頭を巡らせ始めたとなれば、この縁談は、間違いなく速やかに結ばれるだろう。
土地を継いだばかりの若い有能な領主に、元貴族の女傭兵、しかも教会付属の騎士ゆかりの出身の令嬢が嫁ぐだなんて。
さらにそれが民衆に人気のある赤鹿だとは。
ただでさえこれから簡単には解決しない厄介ごとが控えているというのに。
正直、いらぬ火種を熾しすぎる。
この国は水に富み、大陸でも平和で、自らが他国を侵略する事はないけれども外から狙われる事は多い。
特に北方にある国々からは歴史的にも禍根が多かった。それを解消すべく、ときおり両国の貴族を婚姻させる事で和平を取り持つなどしてきたが、それでも戦は無くならず、絶妙な関係性をもって現在に至る。
閣下の祖母が北の国出身であるのも、戦をきっかけに彼の国の公爵令嬢を婚姻により迎え入れたためだ。
ただ先先代の領主は人格者で、娶った公爵令嬢を人質としてではなくきちんと妻として大切にした。そのおかげで、今日まで北の国とは歴史の中でも比較的良好な関係を築けていると聞く。
公爵令嬢の付き人たちや、先先代の統治以降から亡命してきた民たちがこの地に根付き、この辺境伯では北の国に対する偏見はほぼほぼ薄れた。
それでも、王都はそうはいかない。
領地を持たない王宮務めの貴族や、北の国との縁が薄い家に嫁がされたなら。北の姫はきっと苦労するだろう。
閣下には悪いけれど、もし第三王子が姫君を迎え入れることが難しいのならば、閣下に嫁いだ方が良いのではないかと、自分も思っている。
新領主の箔付けにも最適だし、後継者も必要だ。
それなのに、先ほどの言いよう。
柵とか戦略、お家の約束事などでは無く、単純に姫君とは全くタイプの異なる赤鹿が好みだからプロポーズした。だなんて……そんな感情論を出されたら、どんな説得も無駄でしかない。
「閣下……本当にあの方を見染められたのですか……?」
「本心だ」
きっぱりと言う彼に、ため息がぐっと喉に突っかかる。
ああ。もうこれは、諦めて閣下の策に巻き込まれる方が楽だ。
経験則から肩の力を抜いて、ジト目で上司を睨みつけた。
「お手当て、期待してますからね」
「ああ。彼女を妻に据えることが出来た暁には、ひと月の有給もくれてやろう」
「それ単に蜜月を満喫したいだけじゃないですか……」
ぼやくような呟きが聞こえていたのか、意味深に笑う閣下の横顔。
珍しくご機嫌なそれを横目に、持っていたスクロールに婚姻誓約書の文字を認め始めた。
しばらく通常業務から外れますからね。と、通常時の仕事の分配を約束させながら、今度こそ溜め息を吐き出した。
スカーレット嬢が辞したドアを見つめ、指を膝にトントンと叩き続ける上司に、恐る恐る声をかける。
青を集めて黒に染めたような色合いの瞳が、きろりとこちらを見てきて肩が揺れた。
「……ザイル。三日以内でルミナリス家の動向を洗ってくれ。ざっくりでいい。そうだな……三十年分ほど」
「さんっ、……!」
「ああ。それから養女を貰ってくれそうな家もだ。出来ればルミナリス家と対峙している派閥がいい。リストは作っておくから併せて履歴調査を頼む」
あそこは以前、貸しがあったな。いやしかし、脅すような形では彼女が心地良く過ごすことが出来なくなるか……。など、独り言のように未来を組み立て始めている。
宙を見るようで、何も見ていない横顔。
正確には、頭の中に思い描いた今後の道筋を緻密に読んでいる、戦場でもよく見た顔つきだった。
これは、大事だぞ……。と、内心冷や汗をかく。
シュバルツ・フォン・ノースブルグ辺境伯
齢三十で国境の難しい領土を継いだ。王都では知らぬもののいない有名な軍師。
十五に立志式を終え、貴族ゆえに少尉として戦場に立ってからすぐに戦果を挙げたと、過去にも名を轟かせた事がある稀有な人だ。
外見は北の国の血を祖先に持つゆえに、透き通るような薄い色の肌をしている。それとは逆に髪も目も暗い色を持って産まれた彼は、金髪碧眼が多いこの国貴族の中で、ひときわ異彩を放っていた。
シュバルツの名の通り、戦場の闇夜が似合う男として。
そのおかげで、彼の国から亡命して来た流民には、自分達と同じ色を持つ最後の守護者と呼ばれていた。ただし、閣下の領地で暴徒と化した場合は容赦なく切り捨てる冷徹漢であるという噂もあったようだ。
体格はこちらの国の遺伝が出ており、軍人の自分から見ても恵まれた体格をしている。
しかしながら、軍師の役職は飾りではない。初陣の少尉の階級からスタートし、たったの十五年でその座に就けるほど、緻密な戦略考察に長けていた。閣下を除いて、歴代の軍師達がみな齢五十を過ぎて就任していることからも、その凄さがわかる。
そんな彼が勝ち筋を作るために頭を巡らせ始めたとなれば、この縁談は、間違いなく速やかに結ばれるだろう。
土地を継いだばかりの若い有能な領主に、元貴族の女傭兵、しかも教会付属の騎士ゆかりの出身の令嬢が嫁ぐだなんて。
さらにそれが民衆に人気のある赤鹿だとは。
ただでさえこれから簡単には解決しない厄介ごとが控えているというのに。
正直、いらぬ火種を熾しすぎる。
この国は水に富み、大陸でも平和で、自らが他国を侵略する事はないけれども外から狙われる事は多い。
特に北方にある国々からは歴史的にも禍根が多かった。それを解消すべく、ときおり両国の貴族を婚姻させる事で和平を取り持つなどしてきたが、それでも戦は無くならず、絶妙な関係性をもって現在に至る。
閣下の祖母が北の国出身であるのも、戦をきっかけに彼の国の公爵令嬢を婚姻により迎え入れたためだ。
ただ先先代の領主は人格者で、娶った公爵令嬢を人質としてではなくきちんと妻として大切にした。そのおかげで、今日まで北の国とは歴史の中でも比較的良好な関係を築けていると聞く。
公爵令嬢の付き人たちや、先先代の統治以降から亡命してきた民たちがこの地に根付き、この辺境伯では北の国に対する偏見はほぼほぼ薄れた。
それでも、王都はそうはいかない。
領地を持たない王宮務めの貴族や、北の国との縁が薄い家に嫁がされたなら。北の姫はきっと苦労するだろう。
閣下には悪いけれど、もし第三王子が姫君を迎え入れることが難しいのならば、閣下に嫁いだ方が良いのではないかと、自分も思っている。
新領主の箔付けにも最適だし、後継者も必要だ。
それなのに、先ほどの言いよう。
柵とか戦略、お家の約束事などでは無く、単純に姫君とは全くタイプの異なる赤鹿が好みだからプロポーズした。だなんて……そんな感情論を出されたら、どんな説得も無駄でしかない。
「閣下……本当にあの方を見染められたのですか……?」
「本心だ」
きっぱりと言う彼に、ため息がぐっと喉に突っかかる。
ああ。もうこれは、諦めて閣下の策に巻き込まれる方が楽だ。
経験則から肩の力を抜いて、ジト目で上司を睨みつけた。
「お手当て、期待してますからね」
「ああ。彼女を妻に据えることが出来た暁には、ひと月の有給もくれてやろう」
「それ単に蜜月を満喫したいだけじゃないですか……」
ぼやくような呟きが聞こえていたのか、意味深に笑う閣下の横顔。
珍しくご機嫌なそれを横目に、持っていたスクロールに婚姻誓約書の文字を認め始めた。
しばらく通常業務から外れますからね。と、通常時の仕事の分配を約束させながら、今度こそ溜め息を吐き出した。
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