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23.諦念と執心

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 部屋を満たしていく神妙な雰囲気。それを追い払うようにからりと笑って、アタシは続ける。

「貴族の結婚ならば、きっと調査が入るだろう? だから先に答えを言っておくよ。父親がアタシを追い出した後、どう話を持っていったのかは噂でしか聞いてないけれど、あまり碌でもない内容になってるはずさ」

 そのあとどう判断するのかは、そちらに任せるよ。と残った茶を呷ってつけ加えた。
 わかりやすく顔色を変えるザイル殿がいてくれて助かった。
 この婚姻の話は高い割合で無くなるだろうと、心の決心がついたから。
 荷物を手にとって、すっと立ち上がる。

「社交場に出ると、きっとあの家と顔を合わせることもあるだろうからね。どちらに転んでも、ちゃあんと生きていける身の上だ。あまり気負いせず考えておくれ」
「スカーレット殿」

 それじゃ、と上げかけた手が行き場をなくす。
 声の主に顔を向けると、意外に強い光を宿した目と視線が合った。

「その後の連絡は、如何様いかように?」
「おや」

 思わず、眉があがる。
 ザイル殿はこちらというより、アタシの髪色を見ていた。実父から継いだ、今は少し疎ましく思えてしまう、長い赤髪を。

「そうさね……四日ほど、この街を空けるよ。さっき言ってた墓参りがあるからね。五日後の夜、またあの店に来てくれるかい? 誰も、何も来ない時はこの話は無かったもんだと思っておくよ」
「委細承知した」

 肩をすくめながらそう答える。
 ドアノブに手をかけて、ああそうだ。ともう一度振り返った

「閣下、最後にひとつ」
「……なにか」
「熊狩りの報酬条件はとても良かったよ。やる気が出たし、おかげで春先も豊かに暮らせそうだ」

 またこれからも、太っ腹な催しを企画して欲しくて笑いかける。
 今の話を聞いてしまった以上、アタシはこの領地を出ることは叶わないだろう。メインの領都は熊の赤鼻の男の噂が出回っていれば暮らしにくいだろうし、穴熊亭があるここに根を下ろしたい。

「それでは、御前を失礼いたします。辺境伯閣下」

 何年も前に身につけたカーティシーをして、背を向けた。

 この先、隣国が荒れるならば、物価が上がったりもする可能性は十分にあり得る。関税も上がるし、戦に割かれる食料や武器、建物の資材なんかも品薄になるはずだ。
 確実に領地運営は難局を迎える。
 一領民として、領主にエールを送れたらと思っての発言だった。

「スカーレット殿、俺は、これを最後にするつもりは毛頭ない」

 背中に投げかけられた言葉に、一瞬固まる。
 それでも、振り返ることはしなかった。
 重厚なデザインのドアが上品な音を立てて閉まる間際。

「また相まみえよう」

 低いテノールが紡ぐその言葉が、やけに耳に残った。


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