俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

文字の大きさ
上 下
24 / 39

23.諦念と執心

しおりを挟む

 部屋を満たしていく神妙な雰囲気。それを追い払うようにからりと笑って、アタシは続ける。

「貴族の結婚ならば、きっと調査が入るだろう? だから先に答えを言っておくよ。父親がアタシを追い出した後、どう話を持っていったのかは噂でしか聞いてないけれど、あまり碌でもない内容になってるはずさ」

 そのあとどう判断するのかは、そちらに任せるよ。と残った茶を呷ってつけ加えた。
 わかりやすく顔色を変えるザイル殿がいてくれて助かった。
 この婚姻の話は高い割合で無くなるだろうと、心の決心がついたから。
 荷物を手にとって、すっと立ち上がる。

「社交場に出ると、きっとあの家と顔を合わせることもあるだろうからね。父がどんな手続きをとったのかはわからないが、幼少期に貴族籍を抜くなんてまあまあ外聞が悪いことをするとも思えない。きっと死んだことになってるだろうさ。良くて留学だのなんだので、私が望んで外に出て帰ってこないとかね。噂では悪事の末、勘当されて平民落ちと聞いたが……。まあ要するに、アタシ自身は今後貴族でも平民でも、どちらに転んでも、ちゃあんと生きていける術は持ってるから。あまり気負いせず考えておくれ」
「スカーレット殿」

 それじゃ、と上げかけた手が行き場をなくす。
 声の主に顔を向けると、意外に強い光を宿した目と視線が合った。

「その後の連絡は、如何様いかように?」
「おや」

 思わず、眉があがる。
 ザイル殿はこちらというより、アタシの髪色を見ていた。実父から継いだ、今は少し疎ましく思えてしまう、長い赤髪を。

「そうさね……四日ほど、この街を空けるよ。さっき言ってた墓参りがあるからね。五日後の夜、またあの店に来てくれるかい? 誰も、何も来ない時はこの話は無かったもんだと思っておくよ」
「委細承知した」

 肩をすくめながらそう答える。
 ドアノブに手をかけて、ああそうだ。ともう一度振り返った

「閣下、最後にひとつ」
「……なにか」
「熊狩りの報酬条件はとても良かったよ。やる気が出たし、おかげで春先も豊かに暮らせそうだ」

 またこれからも、太っ腹な催しを企画して欲しくて笑いかける。
 今の話を聞いてしまった以上、アタシはこの領地を出ることは叶わないだろう。メインの領都は熊の赤鼻の男の噂が出回っていれば暮らしにくいだろうし、穴熊亭があるここに根を下ろしたい。

「それでは、御前を失礼いたします。辺境伯閣下」

 何年も前に身につけたカーティシーをして、背を向けた。

 この先、隣国が荒れるならば、物価が上がったりもする可能性は十分にあり得る。関税も上がるし、戦に割かれる食料や武器、建物の資材なんかも品薄になるはずだ。
 確実に領地運営は難局を迎える。
 一領民として、領主にエールを送れたらと思っての発言だった。

「スカーレット殿、俺は、これを最後にするつもりは毛頭ない」

 背中に投げかけられた言葉に、一瞬固まる。
 それでも、振り返ることはしなかった。
 重厚なデザインのドアが上品な音を立てて閉まる間際。

「また相まみえよう」

 低いテノールが紡ぐその言葉が、やけに耳に残った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

処理中です...