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22.昔話
しおりを挟む「ふっ、ふふ」
真面目な顔で話す閣下と、対照的に頭を抱えるザイル殿を見ているうちに、なぜだか面白くなってきてしまって、アタシは笑った。
それはなかなか治まらない。一応声は殺したが、訝しげな顔でザイル殿が頭を上げたのを見ても、肩が揺れるのを止められなかった。そうして一、二分ほどたっぷり酸素を消費してから、一つ大きく息を吸う。
「はあ、いや失礼。嬉しいよ、閣下。アタシも閣下をいい男だなって思っていたから」
目尻に浮かんだ涙を指で拭う。
ロマンチックのカケラもない……!と巷のレディ達なら憤りそうだ。現にザイル殿はそう呟いているし。
「ザイル殿が持ってるのは魔法制約のためのスクロールだろう? それを作る前に、一つだけ確認させておくれ」
「ああ。聞こう」
笑いが完全に収まったところで、居住いを正す。
話す内容は重いものなのだけれど、笑ったせいか閣下の態度のおかげか、口はさらりと言葉を紡いだ。
「アタシは、元々は子爵の姓があったんだ。今は勘当されてるんだけどね。それを聞いても、なお妻に望んでくれるなら、精一杯社交も務めるよ」
閣下がゆっくりと頷く姿を見て、アタシは慣れた諦念と共に笑みを浮かべる。
「アタシはスカーレット。二つ名は赤鹿。けれどね、傭兵になる前はスカーレット・ルミナリスと名乗っていた」
「……ふむ」
「え、あの、ルミナリス家ですか?」
「そうさ。教会騎士団のルミナリス家だよ」
閣下は思案気に、ザイル殿は「え? しかも赤鹿?」と驚きを隠さず表情に載せている。
この国の教会に付属する騎士団。
代々続くその騎士を輩出する武家のひとつとして、古くから続いた家の名前を、幼いアタシは誇らしく思っていた。
いつか聖堂の二階から見下ろした、聖人生誕日の祝賀パレード。そこには、父と分家の従兄弟が参列していた。
彼らが纏う鈍色の鎧と白いマントは朝の光を浴びて眩しく輝き、司祭達と聖女を護る守護の剣を、アタシもいつか賜われたら。と、そう志して幼いながらも訓練に励んだ日々が脳裏に蘇る。
手のひらの豆も、擦りむいた膝も。
徐々に重みを増していく木剣や、訓練で汚れた服だって、全てが誇らしかった。
稽古だけではなく、騎士の作法や聖典の勉強もあって、今思えばあまり子どもらしい生活は送れていなかった気がする。
それでも構わないと、熱心に研鑽して過ごしていた。そんな毎日。
まあ、今では全て無駄に終わってしまったけれど。
いつからか……何が原因だったのかはわからない。
初めから計画されていたのかもしれないし、立志したばかりの従兄弟に剣の稽古で勝ってしまってからかもしれないし、母が病床についてから屋敷に現れた妾……義母の存在のせいかもしれない。
とにかく、母親の命日からアタシはただのスカーレットになった。
もうルミナリスの姓を名乗ってはいけないという誓約書にサインさせられたあの日。
興味を失った父の目。喪服のまま手にしていた百合の白。握りしめ続けてぬるくなったその茎の手触りだとか。
目前で閉められた聖堂の門の引き攣るような金属音も、その時降っていた雨の冷たささえ。
今でも思い出す。
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