俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

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21.大型犬

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 全く、烏滸がましいことだが。
 そう付け加えて、閣下は小さくため息をついた。

 おやまあ。

 何と声をかけていいか悩むザイル殿を尻目に、閣下の憂げな顔を眺める。

 三十歳の辺境伯と、十六のお姫様。
 まあ一回り以上歳が離れているが、貴族の結婚としては珍しいものでもない。
 アタシの実父と義母もそんな歳の差だったし。

「王都にのぼれば、やつらはすぐに接触してくるだろう。おそらく狙いは俺の失脚と、同盟を結んだ上での彼の国との摩擦の激化だ。辺境に姫君を嫁がせれば、いくらでもいちゃもんを付けることができると踏んでいるらしい」
「そんな、無茶苦茶ですね」
「実際、今回の決起の主導はとある豪農だと聞く。一介の民相手ならば、やりようによってはある程度は情報操作で操ることもできるだろう」

 穏便に済ますには、話を振られるまえに婚姻を結んでおくのがいいということか。
 そう理解したところで、閣下がちらりと視線を寄越した。

「こちらの事情としては、おおまかにそんなところだ。不躾にすまない。気を悪くされただろうか」
「いえ。光栄なことと思っております」
「ありがとう……その、なんだ。可能なら、先ほどまでの口調に戻してはもらえまいか。長い付き合いになる。貴女にはただでさえ窮屈な思いをさせるのだから」

 まあ確かに、そのうちボロが出るだろう。ありがたい申し出ではあるが、無用なトラブルを呼び込むことも避けたい。
 しばし考えを巡らせ、アタシは頷いた。

「こういった非公式の場だけなら」

 そう前置きして、話を続ける。

「こっちは気にしなくていいよ。てっきり後継ぎが欲しいだけかと思っていたが、妻としての社交もお求めってことでいいかい?」
「ああ。最低限、北の姫君が落ち着くまでは」

 ザイルがぎょっとしている。
 小声で、「一体何をどう言うふうに頼んだんです?」と閣下に問いかけていた。
 閣下が隠すでもなく、事実をそのままに伝えると、絶句し空を仰いでいる。

「ザイル殿。私の方は納得してるので、お気になさらず」

 そう微笑みかけると、彼が泣きそうな顔でこちらを見た。
 戦闘時はお強いし、仕事はできる方なんですと、なぜかザイル殿が言い訳するようにアタシに言い募る。
 了解の気持ちを込めて笑って頷くと、切なげに大きなため息をついた。

「良い方じゃないですか……! こんなことに巻き込んで可哀想ですよ!」

 しかも急にお決めになるなんて! と、ザイル殿は閣下に詰め寄る。
 閣下は年下の補佐官に詰られて、無言で小言を傾聴していた。
 それにしても、この二人は仲がいい。ザイル殿の態度を許す閣下の懐が大きいのか。もしくはザイル殿の位が高いのか。
 上司。それも貴族に対して気兼ねなく意見が言えるなんて。大物だなと暢気に構えていた。
 ぬるくなった茶を一口すする。

「情報が入ってきたのが遅かったこともあるが……まあ、ザイルも察する通り言い訳だな。白状すると、単純に、好みだ」
「は?」

 ごふっと、お茶が気管に入り込んで咽せる。
 今この男なんて言った? と顔を上げると、またとんでもない言葉が飛んできた。

「スカーレット殿に惚れたんだ。強く、それでいて優しさを兼ね備えた女性を前にして焦ってしまった自覚はある」

 再び絶句するザイル殿に「精一杯口説いたつもりだ」と、生真面目な顔で報告している。

 何か事情があり、契約的に話が進む方がまだ現実味がある。アタシは自分のことなのに、なぜか全く実感のないままその様子を眺めていた。
 庭師が育てた庭に大きな穴を掘って、それを正直に飼い主に伝える犬のような。領主に対してうっかりそんな印象を受けてしまったけれど。
 もしこの場に他に人が居たなら、きっと分かってくれるに違いない。

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