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20.北の国より
しおりを挟む「どうなっているんです? 閣下、説明を……!」
辺境伯閣下はゆっくりと頷く。
「ザイル。お前も知っての通り、熊狩りが終わったら王都に行く必要がある。定例の議会が始まるからな。ただ今回は通常と異なり、特別な議題として婚姻の話があがるだろう。北の国の姫君との」
トン、と膝の上で指が動いた。
酒場でも、時折目にした仕草だ。
彼の話を整理するときに出る癖かなんかだろうか。
「彼の国の掌中の珠。御歳十六の末の姫だ。……彼の国に潜む草達から、冬を迎え来季の収穫期まで持ち堪えられない民たちが集まっているとの情報が入った。恐らく、春あたりに大きな決起が起こる。まだ身動きのとれる姫君を、国内が荒れる前に外に出したいのだろう」
熊狩りのきっかけにもなったとおり、今年は昨年に比べて、夏の気温が低かった。
ブナの実りの傾向からも察するに、芋を主食とする向こうでは、昨年増えた人口分の食料を賄えていないのだろう。
北の国では決起自体は珍しいものではないけれど、つい数年前にもあったばかりだ。姫を他国に逃がすということならば、その時の疲弊が癒えてないか、単純に今回は集まった人の数が多いのではなかろうか。
黙って耳を傾けつつ、そう推測する。
「彼の国は婚姻を足がかりに、我が国との同盟を望んでいる。我が国は何を要求するのかは……まあ、これは憶測だ。追って話すとしよう」
閣下はもう一度指で膝を叩いた。
「婚姻自体については……姫君は我が国の第三王子を見初めたらしい。第三王子も歳が合うからか、もしくは元々彼女を知っていたのか。特に忌避感はないそうだ。むしろ乗り気だと聞いている」
そりゃ朗報だ。
政略結婚でも情が持てる相手じゃないとお互い地獄でしかない。
普通他国の王族を娶るなら、理由がない限り公爵以上が推奨される。嫁いでくる人物に相応しい位の者をあてがわないと、その国を蔑ろにしていると受け取られかねないからだ。
でも稀に、本当にどうしようも無い場合はその限りではない。公爵家にいい歳の男がいなかったり、そもそも男が産まれていなかったりする場合は、侯爵以下に嫁ぐこともあるのだ。
それでも、ある程度は相手の事情を汲んだ人選がなされる。
元の国と土地が近いとか、援助して欲しい事業を担う領地のうち、一番位が高いところ、とかね。
今回はあちらさんの食料が不足しているから、国内でも大きな穀倉地帯を持つ侯爵家なんかも候補にあがっているだろう。
話を聞きながらそう考えを巡らせていたが、第三王子の名前が聞こえたところで、ふと思い出した。
どこかで耳にしたけれど、第三王子は王太子が即位した後、公爵家を興す形で領土をもらうと噂になっていたな。
いつ聞いたっけなと記憶の箱をひっぱり出していると、国が管理する領土のうち、穀倉地帯がある場所か港が近くにある領土を得る運びになると閣下は言う。
なるほど、それなら特に体裁上は問題なさそうだ。
「……上手くまとまりそうですが、どこに問題があるのです?」
「ああ……厄介なことに、婚姻相手として俺を推す一派がいるのだ」
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