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19.苦労人かくありき
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「俺はシュバルツ・フォン・ノースブルグ。この地の領主だ」
その言葉を聞いて、急ぎ立ち上がり腰を折る。
女性なら通常カーティシーをするのだが、顔を隠すために武人がとる最敬礼をえらんだ。
なんてこったい。と、内心毒づく。
思ったよりもはるかに大物だった。まさか辺境領地持ちの貴族だなんて。
「ご無礼をお許しください。辺境伯閣下」
「……いや、隠していたのはこちらだ。楽にしてくれ。直答も許す」
温情痛み入ります。そう言いつつ顔を上げる。
さあて。ここからは言葉を慎重に選ばないと。
「一先ず、椅子にかけてくれ」
素直に指示に従う。
アタシがカウチに腰掛けるのを見届けてから、ノースブルグ辺境伯閣下は両手を緩く組み、言葉を選ぶように話し始めた。
「辺境伯などと大層な位にいるが、つい先日まで一介の軍人にすぎなかった身でな。今後の話をするにあたって、無作法があるだろうが容赦いただきたい」
特に女性に対しては、と言いながら、侍従が持ってきた小さな小道具を起動させている。
同時に目配せをして、使用人たちが部屋を出ていった。入れ替わりに、白髪の若い男が書類を携えて閣下の横に立つ。
「これは認識阻害の魔道具だ。以降の会話は部屋の外に漏れないから安心して欲しい」
頷きながら、カウチに浅く座り姿勢を正すアタシを見て、部下らしい白髪の男は片方の眉を上げた。
おおかた、傭兵らしい粗暴な身なりのアタシが作法を知っていることを意外に思っているのだろう。過去にも貴族の護衛などで対面した際には似たような表情を目にしたことがある。
だてに場数は踏んでないのさ。と内心ため息を吐いた。
「この者はザイルという。軍部に居た頃から身の回りを任せている者だ」
「ザイル・ストーンズです。よろしくお願いいたします」
慇懃に礼をする彼に、微笑をもって応える。
「彼女はスカーレット殿。ザイル、粗相のないように。俺の妻になる方だからな」
「は!?」
閣下の言葉に、ザイルもアタシも目を剥いた。
アタシは妻という言葉に。ザイルは婚姻の話から何から初めて耳にするのだろう。閣下の言葉、そしてしれっとした態度。その全部に驚いていたようだ。
手にしていた羊皮紙を落とさなかっただけ上等だと思う。
ザイルは閣下の顔を見て、それ以上何も読み取れないとわかると助けを求めるようにこちらを見てきた。
おうおう、可哀想に。
アイスブルーの瞳に焦りと困惑が浮かんでいる。
だがアタシも、閣下の事情や今後の展望がわからないせいで何も話せない。
肩をすくめると、ザイルはまた閣下へ向き直った。
その言葉を聞いて、急ぎ立ち上がり腰を折る。
女性なら通常カーティシーをするのだが、顔を隠すために武人がとる最敬礼をえらんだ。
なんてこったい。と、内心毒づく。
思ったよりもはるかに大物だった。まさか辺境領地持ちの貴族だなんて。
「ご無礼をお許しください。辺境伯閣下」
「……いや、隠していたのはこちらだ。楽にしてくれ。直答も許す」
温情痛み入ります。そう言いつつ顔を上げる。
さあて。ここからは言葉を慎重に選ばないと。
「一先ず、椅子にかけてくれ」
素直に指示に従う。
アタシがカウチに腰掛けるのを見届けてから、ノースブルグ辺境伯閣下は両手を緩く組み、言葉を選ぶように話し始めた。
「辺境伯などと大層な位にいるが、つい先日まで一介の軍人にすぎなかった身でな。今後の話をするにあたって、無作法があるだろうが容赦いただきたい」
特に女性に対しては、と言いながら、侍従が持ってきた小さな小道具を起動させている。
同時に目配せをして、使用人たちが部屋を出ていった。入れ替わりに、白髪の若い男が書類を携えて閣下の横に立つ。
「これは認識阻害の魔道具だ。以降の会話は部屋の外に漏れないから安心して欲しい」
頷きながら、カウチに浅く座り姿勢を正すアタシを見て、部下らしい白髪の男は片方の眉を上げた。
おおかた、傭兵らしい粗暴な身なりのアタシが作法を知っていることを意外に思っているのだろう。過去にも貴族の護衛などで対面した際には似たような表情を目にしたことがある。
だてに場数は踏んでないのさ。と内心ため息を吐いた。
「この者はザイルという。軍部に居た頃から身の回りを任せている者だ」
「ザイル・ストーンズです。よろしくお願いいたします」
慇懃に礼をする彼に、微笑をもって応える。
「彼女はスカーレット殿。ザイル、粗相のないように。俺の妻になる方だからな」
「は!?」
閣下の言葉に、ザイルもアタシも目を剥いた。
アタシは妻という言葉に。ザイルは婚姻の話から何から初めて耳にするのだろう。閣下の言葉、そしてしれっとした態度。その全部に驚いていたようだ。
手にしていた羊皮紙を落とさなかっただけ上等だと思う。
ザイルは閣下の顔を見て、それ以上何も読み取れないとわかると助けを求めるようにこちらを見てきた。
おうおう、可哀想に。
アイスブルーの瞳に焦りと困惑が浮かんでいる。
だがアタシも、閣下の事情や今後の展望がわからないせいで何も話せない。
肩をすくめると、ザイルはまた閣下へ向き直った。
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