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17.首元のエトワール

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 夜も更けた冬の街。
 店の外に出るとチラチラと雪が舞っていた。
 街灯の灯りが揺れて瞬いている。王都ではトーチ魔石の街灯が普及しているが、この街はまだ昔ながらの火を使ったものだ。
 しばらく歩くと、ときおり消えてしまっているものもあるから、店にいる間、天気は少々荒れていたのだろう。
 昼間よりずっと気温が下がっている。
 洗濯女に防寒着を預けたこともあり、風の冷たさに肩をすくめた。

「うう、冷えるね」

 ほうと吐いた息は真っ白に染まる。
 軍人さんはそんなアタシの仕草をを見ると、自身の隊服についていたケープコートをアタシに着せた。内張うちばりが上質な天鵞絨ビロードで、風が通らず暖かい。

 さっきまでいた店の匂いと、甘い木材のような、初めて嗅ぐ香りがした。

「……良いのかい? 大事な一張羅に見えるけど」
「貴女の体の方が大事だろう」

 さらりと耳に届いた言葉に面食らう。
 貴族の男はみな、女に対してこのようにせっするのだろうか。
 お互いにきょとんと顔を見合わせて、一拍してから、先にアタシが笑った。

「ふふ、くすぐったいね」

 こういうのは慣れてないから、つい頬をかく。
 いい年した女のウブな反応をどう思ったのやら。
 ありがとう。と礼を口にする間も、どこか不思議なものを見るような視線を感じた。

「……どこへ送ればいいだろうか」

 生真面目な声が問いかけてくる。

「ええとね、この街の宿はいつも、実はこの店穴熊の上を借りてるんだ。カッコつけて出てきたから、少し時間を潰して上がるよ」
「そうか……」

 ちら、と頭ひとつ分上にある顔を見ると、軍人さんはしばらく考えを巡らせた。

「もし貴女がよければ茶を馳走したいのだが、どうだろうか? 俺の宿泊先になるが、人も付ける。ただ今後のことを話したい」

 夜遅くに、男が泊まっている宿に行く。
 文字におこすと、なかなかパンチのある展開だ。
 ただ軍人さんは、自分と二人きりにはならないよう気を利かせてくれるらしい。

 多分お付きの人や侍従を抱えているのだろう。一人で外出してるのが不思議だったけれど、相当腕が立つもしくは抜け出してきているのか。
 その辺の答え合わせもこれから出来るはずだ。

「そうさね……わかった。じゃあ、案内しておくれよ」
「ああ。こちらへ」

 そう言いながら、さっと差し出された腕。
 随分と久方ぶりに淑女に対する作法に触れる。ぎこちなくその腕を取ると、軍人はゆっくりと歩き出した。

「ふふ、こちとら遠出も出来るブーツだよ。もっと速く歩いても平気だ」
「……だが、足を負傷しているだろう?」
「なんだ、わかるのかい?」

 首肯する軍人さんに思わず感嘆の声をあげる。

「すごいねえ。でも本当に大丈夫だ。そっちも冷えちまうよ。急ごう」

 そう言って、あえて大股で歩きだす。
 軍人さんの歩幅はそれでもまだ余裕があるようで、ときおりアタシの足元を確認しながら歩みを進めていた。
 キャラじゃないと思いつつ、火照る頬をケープに埋める。

 襟元に留められた襟章が、街灯の灯りをいくつも反射させ鈍色に光っていた。

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