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14.泡沫に夢を見る
しおりを挟む旅人のリュートを聴きながら、時折思い出したかのようにぽつりぽつりと会話を楽しんだ。
体術を身に付けた方法や、お互いの扱える武器についてなど。全く色気のない会話だが、これがなかなか楽しい。
終いには今日戦った熊のことで盛り上がった。
「では、単身で人喰いを仕留めたと?」
「結果的にはそうさね。元々体力はあったんだが、今日は特に運が味方してくれたよ。偶々だが、ちょいと因縁のあるヤツでね。ああ…と、持ってきてたかな。……ほら、近くの村の仇が討てたんだ」
荷物から取り出したのは、熊の皮の一部を切り取ったもの。タルンの村で負った古傷の部分の皮だ。ギルドで簡単に血の処理をしてもらったものを、軍人さんに見せる。
「これは傷の部分で、売りもんにならないからね。もらってきた。近々、墓参りに行った時、報告がてら焚き上げしてやろうと思って」
「……魔石は」
「うん、真っ赤だったよ。まあまあ大きかったが、もうギルドに卸しちまったから持ってないんだ。悪いね」
まあ、あんなもん見ても胸糞悪いだろうよ。と言い捨ててチーズをひとかけ口に放り込む。
兎も角、人の味を覚えた熊を一体でも屠れたのは大きい。熊は一度でも味を覚えるとしつこいからだ。
撃退しても、生きてれば何度でも餌を求めてやって来る。
ねっとりと濃厚な乳の味を堪能し、咀嚼しながら追いかけるようにワインを喉に流した。
「ああ、良い酒だね」
「……同感だ」
カウンターに片肘をつき、足を組んで赤ワインをかたむける。思案気に、軍人さんは問いかけてきた。
「気に障らなければ……聞きたい。先ほど耳にしたのだが、引退後はどうするつもりだ?」
「これからかい? 全く決まってないよ。しばらくは装備を売った金と、熊の素材と討伐代でのんびりやるさ。気前の良い領主様様さね。……ああ、でも」
今夜は流れに身を任せてしこたま飲むってのは決めてる。そう言ってにかりと笑うと、軍人さんはつられた様に小さく笑った。
「その、なんだい。軍人さん、笑うとえらい男前じゃないか」
「……女性にそう言われたのは、初めてかも知れん」
照れ隠しにバシバシ肩を叩きながら言うと、真顔でそう返された。酔ってて結構加減が出来ていなかったと思うが、彼は全くブレない。体幹が強いなあと更に感心する。
「じゃあアタシが初めてかい? はは! 光栄さね。笑わずともそれだけ整ってりゃ、引く手数多だろうに」
「……いや、」
ぐい、とゴブレットを空けた。高い酒を飲みすぎたかなと、辛うじて残っている理性が頭の片隅で忠告してくる。しかしまだ皿には肴が残っていた。
「親父さん、すまないがミードをおくれ」
「あいよ」
とここで、リュートの音が軽やかな調子のものに変わった。見ればハンナと若い冒険者が腕を交差させ、くるりくるりと回るように踊っている。
「ほお、親父さん、冬を飛び越えて春が来たみたいだねえ」
「……あん? アイツにゃまだ早えよ」
「ふふ! 男親は心配だあね」
カウンター越しにジョッキを亭主に手渡して、すぐおかわりを貰った。
涙の名残か。少々目元が赤くなってしまっているが、可愛らしい笑顔でハンナが笑っている。良かった。引きずってはいないようだね。と、胸を撫で下ろした。
「スカーレット。お前さんは居ないのかい、良い奴は」
「居ないねえ。みんなアタシを見上げては、古い木でも見てるような目で話してくるよ」
「勿体ねえな。傭兵ってのは見る目が無え」
「ふふ! ありがとうよ」
ばちりと再度投げられるウインクに笑う。
亭主はそう言ってくれるけれども、華奢で嫋やかな令嬢が人気な世論では、大柄で粗暴なアタシは例外中の例外だ。
「あちこち傷が残ってる女なんぞ、お払い箱だろうさ」
ジョッキの端にくっついているミードの少ない泡を見ながら、過去、婚姻や家庭を持つことを夢見た自分をそこに映した。
話を聞いてくれる夫と、恵まれれば子どもと。裕福じゃなくていいからそこそこの穏やかな生活が送れたら、どんなに幸せなことだろう。
母が亡くなったと同時に家を出された時、もう叶わないと諦めたはずの光景が、酒の回った頭によぎって、かぶりを振った。
小さな小さな泡は、ぱちんと呆気なく弾けていく。
「まあでも、伴侶はともかく、いつかハンナみたいな子供は欲しいね。……落ち着いたら、孤児院にでも行こうかねえ」
用心棒がてら、母親の真似事でもできたら上々だ、なんて。
全く、いやだねえ。
いつものアタシなら言わないような事を口走ってしまう。
ああ、これで何杯目だったろうか。
今夜は酒が美味しいのがいけない。
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