俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

13.軍人

「俺、こんなに良いワイン初めて飲んだ」
「俺も」
「ちょっと喉がびりびりする」
「お若ぇの、こいつは良い酒だぞ。ご相伴に預かれて運がいい」

　修道院のエールとは比べ物にならないなあと、冒険者の子達がゴブレットをちまちまと口にしていた。
　澱おりも少なく、変な酸っぱさの無い、どっしりとしたすごく良い質のものなのだが、彼らの口にはまだ早かったらしい。
　若い子らを揶揄うのが好きらしい旅人達に薦められて飲んだはいいものの「これは美味いのか？」と首を捻っていた。

「ふふ、いつかこのワインの味を思い出すだろうさ。しっかり覚えときなよ」
「はい！！」

　さっきはありがとうとお礼を言いがてら酒を注ぎ、今日で引退するからとナイフを一本ずつ渡す。

「俺たち何にもしてねえのに」
「いいや、あんた達のおかげで相手の気を削げたのさ。持ち合わせで悪いけど、もらっておくれ。さっきの奴らみたいな使い方はするんじゃないよ」
「もちろんっす！」
「大事にします」
「ずっと尊敬していました！　家宝にします」

　わあ！　とナイフの柄や鞘をみて盛り上がっている。過去のこの子達のことは思い出せなくて申し訳ないけれど、ありがたいことだ。
　ナイフは売ったらそれぞれ金貨一枚くらいにはなるだろうが、それよりもずっと有意義な昇華の仕方が出来て良かった。

「そのナイフが、あんた達のこれからの悪い縁を断ってくれるように願ってるよ」

　ぽそりと口の中でまじないをかける。
　そうして一人満足してから、元のカウンター席へと戻った。
　旅人がリュートを持ち出し、さらに盛り上がりをみせたどんちゃん騒ぎの中。その騒がしさを楽しみつつ店内をぐるりと見渡しながらゴブレットを呷る。すると壁にもたれるようにしてひとり静かに酒を飲んでいる軍人と目が合った。
　ひらひらと手を振り、隣の椅子を示す。
　ずっと立ってるのもなんだし、先ほど何かを言いかけていたのをふと思い出したからだ。
　しばらくアタシを見ていたが、腰を上げ、ゴツゴツと重い革靴の音を喧騒に足しながら近づいて来る。

「デカいね」
「ああ、よく言われる」

　父方の血のおかげで、そこらの男より上背のあるアタシでも見上げるほどの長身。軍人らしく鍛えられた体躯も相まって、壁が迫ってくるような威圧感だ。
　椅子に座っても、少し見上げるような形になる。
　洗濯女達がきゃあきゃあと男の上背について語らっていたのを思い出す。あまり想像が出来なかったのだが、なるほど。敵意のない男が相手なら、柔らかい視線で見下ろされると、確かに安心感も覚えるなと感心した。

「ふふ、軍人さんなら頼もしいじゃないか。アタシみたいな女でガタイがいいと……いや、よそうか。せっかくの良い夜だ」

　嫁の貰い手が無くてねぇ。と冗談混じりに口にしようとして、やめた。
　男社会の中で女であることを卑下する悪癖がついてしまったことに苦笑する。浸かりすぎたな、と反省した。

　ゴブレットを軍人さんに向かって掲げる。

「さあ、改めて、先ほどの礼をさせておくれ」
「かまわない。むしろ余計な世話だったろう」
「いいや。おかげでアレに抱き付かれずにすんだよ。ありがとう」

　カチン、と盃が合わさる。
　店にあるだけの器を出したらしく、不揃いの音が小さく鳴った。