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12.助太刀
しおりを挟む躾っていうものは、相手に愛情がないとできないものだ。
まあ、そもそも手が出ちまっているから、ただの暴力になってしまっているのだけれども。
「お触り分の駄賃は貰わないとね」
「ガァっ!」
「痛ってえ!」
ガタガタと椅子を倒しながら、大袈裟なほどの痛がり方を見せる男達。
思わず眉が上がる。
「つい力が入りすぎちまったみたいだ。悪いね」
片手しか使ってなかったのに。と、内心首を捻る。
懐に忍ばせていたアミュレットが熱を帯びているのに気づいて、怪力が発動していることに思い至った。
ティアナが作ってくれた御守りは、アタシの危機を察知すると時々こうして勝手に働くことがある。
過保護なエルフの顔が浮かんでつい顔が緩んだ。
背後ではアタシよりも先に店にいた若い冒険者達が「よわ」と溢している。決して大きくはない声量だったのだが、その声はよく通った。
男達が一拍動きを止める。
つい口から出たのを誤魔化すためか、冒険者の子らはその仲間の口を塞ぎ、また別の子はゲフンゲフンと空咳をしていた。
「ふ」
「何笑ってやがんだ! 畜生、舐めやがって」
酒とは別の理由で顔を赤らめた男の手元で、ぎらりと鈍色が光った。
ハンナの息を呑む音が聞こえる。
腰に下げていたらしいナイフを手に、激昂し、低く突進してくる男。
「救いようがないね」
「スカーレットさん!!」
刺そうと伸ばされた男の手を内側から払う。人間は力を入れていた方向から垂直に、もしくは体の内側から外に向かって力をかけられると、容易に体勢が崩れる。
奴も体勢を崩し、たたらを踏んでいた。
酩酊しているせいであっけなく膝をつくその利き手を、遠慮なく踏む。
「ぐっ」
店内に鈍い音が響いた。
民間の店で刃物を持ち出す手なんぞ、折ってやろうと思っていたのだが、不発におわる。
昼の怪我のせいでいまいち力が入りきらなかったようだ。
それでも痛みで床を転がっている男に、もう終わりかと内心舌打ちしていると、すぐ背後で、もう一つ人間が倒れる音が聞こえた。
「おや」
「……すまない。勝手をした」
背後から、尻を触ってきた男がとびかかってきていたらしい。
先ほどのハンナの叫び声はこっちだったか。
最後に入店してきていた軍人の大男が、助太刀してくれたようだった。
「いいや、助かったよ。ありがとう」
軍人はそれ用の拘束具で床に転がる男を縛り上げる。
羽交い絞めにされたとしても抜け出す知識はあったが、店の中でこれ以上暴れるのもよくなかっただろう。
素直に軍人に笑顔を向けて礼をいうと、なぜか拍子抜けしたような顔でこちらを見ていた。
威圧感のある貌立ちなのに、少しあどけなくも見える今の表情が意外で、何となく可愛く見えてしまう。
「……見事だった」
「そうかい? 助けてもらった身だから締まらないが、武人からの賛辞は嬉しいよ」
「いいや、貴女は、」
「スカーレットさん! ごめんなさい、私のせいで」
ハンナがこちらに駆け寄ってくる。
抱きとめた小さな体はまだ小刻みに震えていた。
「怖かっただろう? すまなかったね。目の前で」
「無事で良かったです、あり、ありがとうございました!」
「いいんだよ。可愛いハンナを護った仕事がアタシの最後の傭兵仕事だね。殺人熊の討伐よりずっと格好いいだろう?」
アタシの名前を呼びながら、胸元に頭を擦り寄せてくるハンナの背をポンポンと叩いて宥める。
軍人が何か言いかけていたのを視線で詫びる。彼は緩く首を振って応えてくれた。
小さなころから変わらない泣き顔。本格的に泣き始めたハンナを膝に乗せる。
とっ散らかった店の後始末をしてくれている若い冒険者たちと世間話をしていると、亭主が呼んだ街の衛兵が、拘束された男たちを引き取っていった。
「お客人方、騒がせた詫びだ。この樽は俺からご馳走させてくれ」
「おお!」
ドン! と店の中央に赤ワインの樽が運びこまれる。自分の身の丈程もある大樽を豪快に開けて、亭主はゴブレットを配り始めた。
この頃にはハンナも持ち直して、またひらひらとつまみのチーズを客にふるまっている。
チーズもワインも、年代物のお高いやつでとても美味い。
先ほどの乱闘が嘘のように、店にまた穏やかな空気が戻ってきた。
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