俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

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11.招かれざる客

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 ハンナが、アタシにだけ残念そうな顔を見せた。

「いらっしゃいませ! ……スカーレットさん、また後で」
「あいよ。まだ居るから、がんばっておいで」

 でも一瞬で笑顔に変え、新たな客たちを迎え入れる。
 一丁前になったもんだ。
 商売人の心構えを見せられて、手を上げてその背中を見送った。

 一気に騒がしさを増した店内。
 亭主もちらりと客層を見て、酒器の棚の前にスタンバイしている。
 アタシは煮込みのビーツを口に入れながら、入店してきた団体客を眺めていた。

 装備の質や種類、佇まいや歩き方を見て危険度を判断し、覚える。何か事が起こったときにすぐ動けるようにするために。
 こうして同じ空間にいる人物を把握するのは、職業病のようなものだ。

 全員が男。
 十人の大所帯。
 かと思いきや二、三人のグループが集まってたまたま一緒に入ってきたようだ。

 入ってきた順に、仕事を終えた冒険者、旅人、軍人だろうか。足音と個人が纏う雰囲気でアタリを付ける。

 その中に見知った顔をひとり見つけて、しずかにミードを口に運んだ。
 最後に入ってきた、軍人っぽい只者ではなさそうな大男も気になったが、それよりも。
 以前冒険者ギルドを出禁になった、女癖の悪い男の挙動をそれとなく注視することにした。

 人の気配のざわめきとは別に、うなじを刺激するヒリついた空気。
 ハンナを舐めるように見る視線や、男が連れと目配せしている意味に、これまでの経験則がやはり碌でもない展開を予感させてくれる。
 あえて他の客を先に行かせ、ハンナが長く自分たちを接客をするように仕向けるつもりなのだろう。
 席もカウンターの亭主から離れていて、かつ死角になるような場所をそれとなくキープしていた。

 何をするつもりなんだか。下心を隠す様子もないそれに、こめかみの血管がびきりと浮き出す。

「アタシの妹分にいい度胸じゃないか。……親父さん」
「……なんだ」
「ちいと躾けるよ」
「悪いな。怪我すんなよ」

「誰に言ってんだい」と言いながら、ゆっくりと席を立つ。亭主もホールに出るつもりだったようだが、アタシに譲ってくれた。手にしていた平鍋をそっと元に戻している。
 アタシはカウンターから水の入ったワイン瓶を手に取ると、さっそくハンナを揶揄い始めた男の元へと歩みを進めた。

「お客さん、やめてください」
「なんだよ。酌ぐらいいいじゃあねえか」
「怒った顔もイイねえ」

 むわりと鼻に届く、ぬるい酒の匂い。
 すでに相当酒が入っているらしい。会話の内容が聞こえる程度の距離でこの臭さだ。嫌悪感に鼻筋に皺が寄る。
 奴らはこの短い時間のうちに、冒険者らしく爪の先に土が入った汚れた手で、ハンナの細い肩を抱き寄せようとしていた。

 ダァン!!

「やあ、良い夜だね」

 ハンナと男の間の壁に、ワインボトルを叩き込む形で割り込む。
 男の指先をワインボトルの底が掠った。

 ハンナは気丈に振舞っていたが、アタシの顔を見てホッとした表情を浮かべている。
 その潤んだ瞳を見て、すぐ動いた自分の行動を褒め、かつ男達への嫌悪感が増した。

 チッ。運のいいやつめ。
 爪の一つくらい割ってやりたかったのに。

「腐っても冒険者ってことかい」

「なんだァ?」

 ぽそりと呟いた声は、奴らの脳には届かなかったらしい。手振りでハンナをカウンターへと移動させ、酔っ払い達に対峙した。

「おう、お前が酌してくれるのか? 赤鹿」
「聞いたぜ、お前傭兵辞めるんだろ?」
「転職先は花売り売春婦ってかあ!」

 アタシの顔は知っているらしい。
 ガハハハ! と下卑た顔で詰め寄ってくる。
 酒のせいにして人の尊厳を無視し、ガキのように囃し立てるそのやり口に辟易した。
 そのくせに、噂話だけはきちんと仕入れている辺り、ある意味見事というかなんというか。

 傭兵という肩書きが無くなったら、抵抗しないとでも思っているのだろうか。

 男は気安く肩を組んで席に着かせようとしてくる。連れのやつも便乗して尻を触ってきたもんだから、重ためのため息が口から漏れた。

 さっきは躾だとか言ったけども。

「面倒くさいねえ」
「は?」

 機嫌のいい男の後頭部を、髪を鷲掴みしながら後ろに引く。
 派手に倒れた男に、呆気に取られている尻に手を置いていた奴の手も、何も考えずに手刀で払った。


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