俺の子を産んでくれないかって言われたから快諾してみた

キシマニア

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6.傭兵の処世術

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「いってらっしゃーい!」

 ころんころん。
 軽い鈴の音と、私の引退を知らないグレンの声を背中に受けながら、ギルドの外へ出た。
 ティアナ曰く「使い物にならなくなるから終業後に伝えるわ」とのこと。
 もうあたりは薄っすらと暗くなっている。
 討伐の森からギルドにスクロールで戻ってきたのは昼過ぎだったから、まあまあ長居してしまったようだ。

「さ、せっかくだ。門出を祝して旨いもんでも食いに行こうかね」

 ちゃり、といい音を立てる革袋を服の上から叩いて、雪の残る石畳を歩く。
 しばらく歩いてみて、歩き方に気を付ければ、足首は痛まないことに内心安堵した。これなら、全力の戦闘は難しくとも簡単な採取くらいのフィールドワークなら問題ないだろう。
 こんな辺鄙なところにある街でも、ギルドや宿屋があるのはこの辺りでしか採れない森の資源があるからだ。

 今日はティアナが魔法で運営へ討伐証明の通知を済ませてくれたおかげで、熊の買い取り金を受け取ることができたが、今後に全く不安が無かったわけではない。現状の自分でもこなせそうな仕事があって、一気に気が楽になった。

「先立つものはあるに越したことはないし、職の当ても大事ってね」

 余談だが、討伐はこれから十日ほど続けられる。
 名を売りたい奴らは、パフォーマンスのために最終日まで獲物をアイテムボックスに隠し、最終日にお披露目したりなんかするのだ。そのせいで、討伐が終わるまで金が手元に入らなかったりすることも多いのだが、ティアナが気を利かせてくれたのだろう。
 彼女曰く、討伐期間中に狩った獲物の数や貢献度に合わせて、最終日あたりに運営から別途褒賞が贈られるらしい。
 今回、アタシは数が一頭だけだし、すぐに戦線離脱したもんだからそちらはあまり期待していない。
 ティアナは「あの熊ならいい線いくと思うけれど」と言ってくれていたが、熊の素材買い取り代でだいぶ色をつけてくれたから、報奨金が無くともしばらくは大丈夫だろう。

 食事処が連なる通りへ向かう前に、脇道へそれて住宅街へと入った。
 井戸のあたりに目的の人物を見つける。

「やあ、久方ぶりだね。三日後までに頼めるかい?」

 笑顔に気を付けて、大銀貨一枚と汚れたマントや装備を街の洗濯女に託す。
 いつもより多く握らせたからだろう。不思議そうにこちらを見る馴染みのその子に、こっそりと引退の話を告げると驚いていた。
 まわりの洗濯女たちが、世間話をやめ耳をそばだてている。よしよし。

 それに気づいていながらも、目の前の子に向かってだけ話すように「内緒だよ」と言って森であったことをかいつまんで話しておく。
 熊の討伐に出たこと。
 討伐した熊の特徴と恐ろしさ。
 それからの同業を助けての引退だから、名誉のあることをしたのだと。
 こうすれば、あの赤鼻の男がなにか私に不利なことを言いふらそうとも、この街での噂はアタシのほうが早く伝わる分、信憑性で勝てるだろう。
 まだここで奴を見かけていないから、討伐の最寄りの大きなギルドを拠点にしているのかもしれないけれど。念のため。

「これからもよろしく頼むね」
「はあい! ありがとうございます!」

 とどめにギルドの受付で買ったティアナの花茶を渡す。保温魔法の効いた東の国の竹筒を数本渡し、「寒いだろう? みんなで飲みなよ」と言って離れれば、背後からさざめきのような女の声が聞こえてきた。

「わあ! 花茶だわ。いい香り!」
「まだあったかい~嬉しい~」
「タルンの村を襲った熊を狩ったですって?」
「なのにその男のせいで治療が遅れたらしいわ」
「ああ、いいお客さんだったのに」
「同性だから頼りにしてたのよね」
「でもこの街にまだいらっしゃるのでしょう?」
「これからもよろしくって言ってらしたわ」

 大きくない声なのに、姦しく話す彼女たち。
 きっと余り時間のかからないうちに、うまいこと噂が回るだろう。

「ふふ、頼もしいねぇ。さ、今度こそ夕餉にしようかね!」

 見上げた空には黄金色の大きな星。
 あの時見上げた雪雲は、この街へは来なかったらしい。澄んだ星空は美しいけれど、雲がない今夜はきっと強く冷え込むだろう。

 何か温まるものを食べようとあたりをつけて、煮込みの美味い穴熊亭へと行先を決めた。

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