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5.これからのこと
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「スカーレット……」
キラリと、ティアナの夜光貝の耳飾りが光を弾く。
奥歯を噛み締めたのか、綺麗な柳耳がわずかに上下に揺れた。
「ふ、そんな顔しなさんな。アタシももう二十八だ。もうやめとけって思し召しさね。五体満足で引退できる傭兵なんて恵まれてる方だよ」
「そう、ね。貴女がそう言うのなら、そうなのだわ」
結い上げた金糸の髪を、そっと耳にかけ直すティアナ。
それを見てくすりと笑いがこぼれた。
ティアナはいつもきっちりしているから、髪が崩れたところなんて見たことがない。
今日だってそうだ。
まったくほつれていない髪を直すその仕草は、繕いきれなかった感情が表に出ている珍しいものだった。
「それで……どうするの? これから」
「そうさねえ、しばらくはこの熊のお金で過ごしながら考えるさ」
少ないが預けた金もあるし、金貨十枚もあれば、この辺りなら半年は余裕を持って暮らせる。
使わなかったナイフや、装備も最低限を残して売り払えばいい金になるだろう。
今回のために用意した火蜥蜴の装備一式なんて王都なら金貨二十でやり取りされる。地方だし、女物だから多少額が下がるかも知れないが。自分で狩ってきた素材だったから、元手は加工賃しか掛かっていない。黒字だ。
ポーションで一応治ってはいるものの、無理くり治した分の体力の疲弊や長い傭兵稼業の気疲れもあるし、少々休憩してみるのも悪くない。
なんにせよ生活ががらりと変わるのだ。これまで計画も目標も無く暮らしていたから、農家や商い人達のように未来を見据える生活の仕方を覚える必要もあった。
「あちこち出ていってたものね」
あまり悲観していない私の様子を見て、ティアナは徐々に力を抜く。
「ああ。まあ、アタシでこなせる仕事がありそうだったら呼んどくれ。落ち着いたら手伝うから」
「しばらくはこの辺りにいるのね。わかったわ」
こっちから仕事をもらいにくる可能性だってある。
このギルドの職員はティアナとグレン、それから滅多に姿を見せないギルドマスターだけだ。
解体屋は毎日出番がある訳ではないことから、正規の雇用では無く、傭兵のように決まった期間の雇い入れをしているらしい。
ティアナがマスターだと誤解している冒険者達もいるくらいだ。そんなわけで、人手が必要なときは運営を手伝うときも、過去にはあった。
ティアナが茶器をテーブルに置く。
「……買い取りの額には、少し色をつけておくわ」
「いいのかい? 大事な稼ぎだろ」
「馬鹿ね。小さいギルドだからって心配しないでちょうだい」
従業員が少ない分、人件費が浮いているのよ。そう言って唇を尖らせるティアナ。
この気安いやりとりがアタシ等の常だ。単なるポーズであるそれを揶揄うように笑いあって、そしてすぐに穏やかな沈黙が訪れた。
ティアナが小さな声で呪文を唱えた。エルフが使う歌うような文言に合わせて、部屋の空気がさらりと変わる。
盗聴防止用のまじないをかけていてくれたらしい。
「長い間お疲れ様。スカーレット」
「……ありがとう。おかげで楽しかったよ」
「こちらこそ」
たくさんの古傷が残る、戦う者の荒れた手を、白魚のような手がそっと包み込んだ。
キラリと、ティアナの夜光貝の耳飾りが光を弾く。
奥歯を噛み締めたのか、綺麗な柳耳がわずかに上下に揺れた。
「ふ、そんな顔しなさんな。アタシももう二十八だ。もうやめとけって思し召しさね。五体満足で引退できる傭兵なんて恵まれてる方だよ」
「そう、ね。貴女がそう言うのなら、そうなのだわ」
結い上げた金糸の髪を、そっと耳にかけ直すティアナ。
それを見てくすりと笑いがこぼれた。
ティアナはいつもきっちりしているから、髪が崩れたところなんて見たことがない。
今日だってそうだ。
まったくほつれていない髪を直すその仕草は、繕いきれなかった感情が表に出ている珍しいものだった。
「それで……どうするの? これから」
「そうさねえ、しばらくはこの熊のお金で過ごしながら考えるさ」
少ないが預けた金もあるし、金貨十枚もあれば、この辺りなら半年は余裕を持って暮らせる。
使わなかったナイフや、装備も最低限を残して売り払えばいい金になるだろう。
今回のために用意した火蜥蜴の装備一式なんて王都なら金貨二十でやり取りされる。地方だし、女物だから多少額が下がるかも知れないが。自分で狩ってきた素材だったから、元手は加工賃しか掛かっていない。黒字だ。
ポーションで一応治ってはいるものの、無理くり治した分の体力の疲弊や長い傭兵稼業の気疲れもあるし、少々休憩してみるのも悪くない。
なんにせよ生活ががらりと変わるのだ。これまで計画も目標も無く暮らしていたから、農家や商い人達のように未来を見据える生活の仕方を覚える必要もあった。
「あちこち出ていってたものね」
あまり悲観していない私の様子を見て、ティアナは徐々に力を抜く。
「ああ。まあ、アタシでこなせる仕事がありそうだったら呼んどくれ。落ち着いたら手伝うから」
「しばらくはこの辺りにいるのね。わかったわ」
こっちから仕事をもらいにくる可能性だってある。
このギルドの職員はティアナとグレン、それから滅多に姿を見せないギルドマスターだけだ。
解体屋は毎日出番がある訳ではないことから、正規の雇用では無く、傭兵のように決まった期間の雇い入れをしているらしい。
ティアナがマスターだと誤解している冒険者達もいるくらいだ。そんなわけで、人手が必要なときは運営を手伝うときも、過去にはあった。
ティアナが茶器をテーブルに置く。
「……買い取りの額には、少し色をつけておくわ」
「いいのかい? 大事な稼ぎだろ」
「馬鹿ね。小さいギルドだからって心配しないでちょうだい」
従業員が少ない分、人件費が浮いているのよ。そう言って唇を尖らせるティアナ。
この気安いやりとりがアタシ等の常だ。単なるポーズであるそれを揶揄うように笑いあって、そしてすぐに穏やかな沈黙が訪れた。
ティアナが小さな声で呪文を唱えた。エルフが使う歌うような文言に合わせて、部屋の空気がさらりと変わる。
盗聴防止用のまじないをかけていてくれたらしい。
「長い間お疲れ様。スカーレット」
「……ありがとう。おかげで楽しかったよ」
「こちらこそ」
たくさんの古傷が残る、戦う者の荒れた手を、白魚のような手がそっと包み込んだ。
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